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3.とある応募者の危機回避

「せんぱいたちと一緒に、楽しいVtuber生活、送りたいな!」


 画面上で、赤いジャージを着たおさげ髪の女の子がそう言った。

 録音が再生し終わったことを確認すると、五期生オーディションの応援大使を務めるゆめパズル四期生の方々が口を開く。


「はい、というわけで四番さん、ありがとうございましたー」


「可愛かったね! 可愛かったね!」


「そうね。それに私たちではなく視聴者を『せんぱい』と呼ぶ発想は面白かったわね」


 ヒキー・ニッターが進行を進め、スイカちゃんが楽しそうに体を揺らし、ざくろ様は冷静に語る。

 コメント欄も『今のところはこの人がトップだな』とか『上手い人多いなー』と盛り上がっていた。


 今日は五期生の公開オーディションの第二次審査。書類審査を通った人たちがキャラクター設定に則った上で自分なりの自己紹介動画を作り、それをこの配信上で公開して、人気投票を行うという形式だ。


 そして今、四期生の皆さんの中心に表示されている赤いジャージの女の子こそ、今回公開オーディションが行われている五期生だ。名前を青春(あおはる)ひばなちゃんと言う。設定については「後輩系女子」という一文があるくらいで、その他には特にない。自分なりの自己紹介動画を作るというオーディションの仕様上、ある程度は自由度をもたせたほうがいいという判断なのかもしれない。


 今回の配信では三十個の動画が流れることになっているのだが……実を言うと、私もその三十個の中の一つだったりする。


 だからまぁ。


「うっぷ……おえぇ……」


 私は、吐き気を催していた。

 もちろん、それは緊張からくるものだ。


 こんなに緊張したのはいつ以来だろう。学生時代にやっていた部活の大会の時以来だろうか。下手したらそれすらも軽く超えている。今すぐ配信を切って横になりたいくらい。


「まぁ見ないわけにはいかないけど……」


 こうして第二次審査の三十個に入っただけでも私からすれば奇跡のようなものだ。このゆめパズル五期生オーディションは結構な注目を集めていて、応募者は公表されていないものの結構な数の人間が応募していると予想されている。


 そんな中で私の取り柄と言えば「やる気」と「元気」と「大きな声」くらいのものだった。第一次審査用に送った書類にもそう記入した。よくあれで通ったものだと自分でも思う。ネタ枠として通過したのかもしれないが、だとしたら審査してくれた人には感謝しかない。その人のためにも、私は私のことを最後まで見届けなければ。


「10番さんありがとうございましたー」


 私があれこれ悩んでいる間にもオーディションは進行していて、とうとう三分の一が消化されるところまで来ていた。番号は聞かされていないので、いったいいつ私の動画が再生されるのかが分からない。それがさらに緊張を加速させるというものだ。


「にしても、皆さんそれぞれの個性が出ていて面白いですね」


「ねー? 同じひばなちゃんなのに、みんながみんな違うひばなちゃんなのすごいよね!」


「それぞれがオリジナリティを出そうと努力した結果でしょうね。その中でも王道を貫くか、奇抜さを重視するか、選択するには相応の苦悩があったことでしょう。なんにせよ、なにがなんでもオーディションを合格しようという意気込みが全員から感じられて、私自身も今後の活動への刺激になるわ」


 コメント欄が『めっちゃ早口』という指摘で覆いつくされ、ざくろ様が「別にいいでしょ!?」と恥ずかしそうに怒鳴った。Vtuberというもの自体が大好きなんだろうな、この人は。


「ではでは続きまして11番さん。えー、運営からのコメントでは『唯一無二の個性』と称されていますね」


「えー、ここまでのみんなもすごかったのに。それ以上ってこと……?」


「たしかに気になるわね。なにがそこまで運営に言わせたのかしら」


 コメント欄にも『全裸待機』や『wktk』というコメントが流れ、私が含む全員が期待する中、ヒキー・ニッターの「じゃあ、再生します」という声と共に、11番の自己紹介動画が再生される。


「――ひきぃにったぁさまぁ……聞こえてますかぁ?」


 そして、その語りだしのたった一言で、配信の空気が一変した。


「ゆめパズル五期生の青春ひばなです……。大好きな先輩ともっとずっと一緒にいたくって、Vtuberになりました。その大好きな先輩というのはもちろん――」


 いくらかの間を置いてから彼女は、エコー付きで、甘くとろけるような声で、「ひきぃ、にったぁ、さまぁ♡」と四期生の悪魔の名前を呼んだ。


「好きなものは『ヒキー・ニッター様の全て』で、嫌いなものは『ヒキー・ニッターに近づく女』です。だから、豊穣ざくろと豊穣スイカは嫌いです。この配信には二人もいるみたいですが……あまり調子に乗ってると、八つ裂きにしちゃいますからね?」


 「ふふふ……あははははは!!」と高笑いする11番さん。そのまま映画とかで悪役の笑い声としてアテレコ出来そうなくらいの迫真の演技だ。そして、その高笑いがフェードアウトするようにして、録音の再生が終わった。それと共にヒキー・ニッターが口を開く。


「えー……11番さんありがとうございました。下馬評通り唯一無二の個性ではありましたね。いや、うーん、そうではあったんですが……」


 言い辛そうに口をもごもごとさせた後、「これは個性で片付けて良い話なんですかね?」と首を傾げた。


「怖かったねー。私、八つ裂きにされちゃうんだって」


「らしいですね。あと、これ多分俺もなんやかんや(はらわた)をぶちまけられるやつですね」


「こういうのってヤンデレっていうのかな? なんか独特だったなぁ」


「ですねぇ。……まぁでも、これは流石に……?」


 ヒキー・ニッターと豊穣スイカが困惑しているように、コメント欄も『ヒキー・ニッターガチ恋勢キャラってどういうことだってばよ』とか『癖が強すぎるんじゃ』と11番の自己紹介の内容には正当な評価を下せていないようであった。


 しかし、


「――やるわね」


 そんな中でざくろ様だけは違った様子でぽつりと呟いた。


「ざくろ様?」


「声の演技力も高いし、音声加工まで用いてる。短い動画をちゃんと音声作品として仕上げて来ていたわ、ここに四期生がいるということも分かっていて、それをネタにしてくるだけの度量もある。この人は多分、元々こういうのに慣れてるんじゃないかしら。少なくとも、ずぶの素人ってことは無さそうね」


 そうして語られた見解だったのだが、実のところ私はそれに大きく賛同していた。初めの第一声の時点で『この人はすごい』と思っていたのだ。


 ここまでの自己紹介動画もすべてクオリティは高いと思っていたが、それはどこか付け焼刃感が否めないものであった。初見のキャラクターに自分の考えだけで数十秒の音声を付けろと言われたのだから、そうなるのも致し方ない。しかし、11番は完全に青春ひばなを自分のものにしていた。今はただの立ち絵でしかない青春ひばなに、魂が宿ったような感覚があったのだ。


「ただまぁ、ちょっとニッチなジャンルを狙い過ぎね。合格者が複数いるようなオーディションならこういう変わり種でも問題ないと思うけど、今回の合格者はたった一人だけ。もっと色んな人から票を得られるようなキャラ設定の方が良かったんじゃないのかしら」


 なるほど、とヒキー・ニッターが相槌を打つ。

 しかし、ざくろ様はすぐに思い直したようにして、


「……ごめん、あんまりクオリティが高かったから思わずガチで語っちゃたわ。なんにせよ、素晴らしい出来だったと思います。私からは以上」


 照れ隠しなのか、足早に話をたためたざくろ様。この話を受けて、コメント欄も『たしかにクオリティは高かった』、『演技力は抜群』と考えを改めているようであった。

 また、そんな中でちらほらと『ちゃむうううううう』という謎のコメントが流れているのが目に入る。私はその意味がよく分からず頭を悩ませていたのだが、次の応募者の音声が再生される頃にはどうでもよくなっているのであった。




「25番の方、ありがとうございましたー」


 その後も順調にオーディションは進み、残りはたったの5つ。

 本当に私の音声は再生されるのか、もしかしたら担当の人が間違えて私に合格の連絡してきたんじゃないか、と不安になってきた頃、ヒキー・ニッターが言う。


「次の26番さんですが、運営からは『音量注意! 元気いっぱい爆弾娘!』というキャッチコピーがつけられてますね。ということで皆さんも音量には十分注意してください」


 そんな注意喚起が流れる中、私はこのキャッチコピーの内容に心当たりがあった。私はとにかく大きい声でインパクトを残してやろうと考えていたので、録音の際に喉を枯らした覚えがあったのだ。


 期待と不安が入り混じる中、ヒキー・ニッターの「じゃあ行きますよー」という声と共に、音声が再生された。


「――みなさぁあああああああん!! こん! にち! わぁああああああああああ!!」


 そして、その第一声が再生されると共に、私は思わず耳を塞いだ。

 ちらりとコメント欄を見ると、『うっさ』の弾幕で覆い尽くされている。

 

 ……え、こんなにうるさかったっけ。

 想像の8割増しでうるさい。100メートル先の人間に呼びかけているような大声だ。音量を下げたにも関わらず、それを貫通してくる破壊力がある。


「ゆめパズルぅ……五期生のぉ……青! 春! ひばな! です!! 世界一のVtuber目指して勇往邁進(ゆうおうまいしん)! 粉骨砕身(ふんこつさいしん)の覚悟で頑張る所存ですので! 応援、よろしく、お願いしまぁあああああああああああす!!」


 そうして最後まで叫び続けた私。

 これはもしかしたらやらかしたかもしれない、と背中に冷や汗が流れるのを感じていると、これまでとは違って、ヒキー・ニッターが進行の言葉を発するよりも早く、ざくろ様が「……うるさっ」と言った。


「音割れしてるし、そもそもの音量バランスが悪いし……ちゃんとコンプレッサー使ってるんでしょうね? 耳がキーンってなったわ」

 

 それから「まさかオーディションの場に精神的ブラクラが仕込まれてるなんてね」とも吐き捨てる。

 めっちゃ怒ってらっしゃる……。


「スイカちゃんもそう思うでしょ?」


「え、私? う、うーん……元気いっぱいだなぁーって思ったよ」


 ここまではどんな参加者に対しても比較的肯定的なコメントを残していたスイカちゃんでさえ、絞り出すかのようにそう言うしかないような状態だった。褒めるところがない異性に向かってとりあえず「〇〇君ってやさしいよね」と誤魔化すような感じを彷彿とさせる。


 また、コメント欄でも『鼓膜無いなった』、『なんか急にミュートになったけど、どうしたん?』と大声をネタに小ボケ合戦が始まっていた。もはや私の自己紹介の内容について語っている人は一人もいない。こうして私のVtuberオーディションは終了した。


 ――かと思えたのだが。


「……俺はこの人かなり好きですけどねぇ」


 私にとっては四面楚歌の中、他の誰でもない、ヒキー・ニッターがそう切り出した。

 ざくろ様が尋ねる。


「へぇ、あんたはこういうのが好みなの?」


「好みという言い方はちょっと違う気もしますが、こういう方と一緒だとこっちまで元気がもらえそうだなーって思ったんですよね。それになにより『世界一のVtuberを目指す』っていう意気込みが個人的にはグッドです。俺も登録者100万人を目指してるんで、共に頑張ろうって励まし合いたいですね」


 私の口からは思わず「ひきぃにったぁさまぁ!」と敬意を込めた涙声が飛び出していた。

 今なら11番の気持ちも分かる。この悪魔は最高だ。今までは「ちょっと気持ち悪いかも」なんて考えていてごめんなさい。以後考えを改めます。


 それからヒキー・ニッターは「音量ミスも、自分の時を思い出して責めるに責めれないんですよねぇ……」と言った。


「自分の時って?」


「そりゃもう、俺が夢花火に応募した時ですよ。自分で聞き返すのも恥ずかしいような自己紹介動画を俺は会社に送りつけましたからね。それに比べればこれくらいってなもんですよ」


「ふーん」


 ざくろ様は素知らぬように相槌を打って、「スイカちゃん」と呼びかける。


「あ、うん。……えーと、とゆーわけで、ごよーいしたものが、こちらになります」


「スイカちゃん? なんですかその棒読みは」


「わ、わぁ! なんておもしろそーなどうが! さっそくさいせーしてみますね」


「スイカちゃん? もしもし、スイカちゃん?」


 そうしてジージーとノイズのような音の後に聞こえてきたのは、


『ふっふっふっ……俺しゃまは魔界の悪魔、ヒキー・ニッターだ』


 という、ところどころ裏返った男の声だった。


「――って、俺くんの自己紹介動画じゃないですか!?」


 「なぜこれがここに!?」と慌てふためくヒキー・ニッター。


「マネージャーがくれたの」


「ま、マネージャーが!?」


「ええ。少しでも配信を盛り上がるならばって、断腸の思いで渡してくれたのよ」


「それで断腸するのは俺じゃないですか……!?」


 大慌てのヒキー・ニッターの後ろで、過去の悪魔が『全てを食らいつくせ! エンシェントドラグーンブレス!』と謎の呪文を唱えていた。どういう世界観で自己紹介動画を作成したのだろうか。


 そして、コメント欄では『これに比べたら音量ミスなんてミスの内に入らないな』と言われていた。存在自体が失敗とも言われている悪魔のおかげで、私の失敗は帳消しになるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶりに心にくる良作に出会った。 VTuberの作品漁ってて、百合とか絡みてぇてぇを中心にし過ぎて中身が全然ないのが溢れる中、この作品に出会えたのはほんと良かった。 ちゃんと中身があるし、…
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