Extra5.俺がモテないのはどう考えても俺が悪い
「本条さん」
「ひぃいいいいい」
桑島穂乃花が物陰からぬっと顔を出してきたものだから、本条一仁はたいへん驚いた。
「驚き過ぎでは……?」
「あ、すいません前世の記憶が」
「前世?」
「もとい、ついこの間も同じようなことがあったせいと言いますか」
「はぁ」
「うう……その時のことを思い出すと胸が痛む……」
「心臓ってことですか」
「いえ、もっと先っちょの部分です」
「先っちょ……?」
「あ、それ以上はちょっと。言及しないで頂けると」
セクハラになりそうだったので急ブレーキをかける。
それから前のように無理やり連れ込まれてはたまらないので、本条は自ら物陰に移動した。
「で、何の用でしょうか?」
「実は相談事がありまして」
「と言いますと」
「今度ですね、私とざくろちゃんと、それから白羽すばるさんでコラボすることになったんです」
「ほぉ。そうなんですか」
「はい。ただ以前に本条さんにはお伝えしたかと思うんですが、私って、その……」
「あぁー、男性がちょっと苦手なんでしたっけ」
「そうですね。苦手……とまでは言わないんですけど、話慣れてなくて」
中高大と女子校だったためにそうなってしまったようだ。
ちなみに本条は実家のペットのイグアナに似てるから割と平気らしい。
「それでいざコラボ配信ってときに迷惑かけてしまったら悪いなぁと思いまして、事前に一度お話をさせてもらう機会を頂いたんです」」
「なるほど、それは名案かと」
「ただ、やっぱり一対一というのは緊張してしまうので……そこで本条さんに同席してもらえないかな、と」
「俺に、ですか?」
「本条さんは私とも白羽さんとも仲良しじゃないですか。だから、うってつけなんじゃないかなって」
駄目でしょうか、と上目遣いで訊く桑島だったのだが。
「――ふふっ」
「本条さん?」
「くくく……あっはっはっはっ」
「あ、あのう?」
本条は一しきり笑った後、「いや、失礼しました」と言う。
「任せてください、スイカちゃん。お二人とも『仲良し』なこの俺が、完璧な架け橋として立ち回ってみせますよ」
「は、はぁ」
「仲良し……仲良し……ふふふふふ」
再び笑い声を抑えられなくなった本条を見て、桑島は「頼む人を間違ったちゃったかな」と一抹の不安を覚えるのであった。
数日後、本条と桑島、そして白羽すばるの中の人の四十万巧が一堂に会した。
「……」
「……」
「……」
全員が無言のまま時が流れる。
桑島がこそっと本条に耳打ちした。
「あの、本条さん」
「はい、なんでしょう」
「こういう時の為に本条さんに来てもらったんですけど」
「え、じゃあ俺はどうすればいいんですか?」
「それはなんかこう……良い感じに取り持って欲しいというか」
「俺なんかに出来るんでしょうか」
「ならなんのためにいるんだって話になってしまいますよ」
「そう言われればそうなんですが……」
「お願いします。頼りにしてるんですから」
こほんと咳をする本条。
「ええー。今回はお二人の仲を深める為にこのような場が設けられた訳なんですが」
「はい」
「はい」
「えーと……お二人のご趣味は?」
「なんですかその質問は?」
「お見合いじゃないんですから」
四十万と桑島が同時に突っ込む。
「まぁ、そうですね……これは流石になかったですね」
「……」
「……」
「うん。てなると、次はですね……」
「……」
「……」
「…………まぁ後は若い二人に任せてということで」
立ち上がったその手をがしっと掴んだのは四十万だった。
そしてそのままひそひそ声で会話する。
「なに逃げようとしてるんです?」
「いや、だって、俺はどちらか言うと大人数でいる時は黙っているタイプですもん。こんな仲人みたいな真似、無理ですって」
「じゃあそもそも引き受けないでくださいよ」
「あの時は嬉しいこと言われてテンション上がっちゃったんですよぅ」
「なに可愛い子ぶってんですか」
「ていうか、すばさんはもっと上手く会話できるでしょう。38人もRINEの連絡先持ってるんですから」
「それ、まだ根に持ってたんですか……僕が初対面の人とやりとりで緊張するというのは、ヒキさんも経験済みでしょうに」
「ああー、そういえば俺と初めて会った時はもっと初々しい感じでしたね」
「でしょう? 僕は自分をさらけ出すのに時間がかかるんです。そこまでのパイプ役、頼みましたよ」
ぽんと背中を押された本条は、今度こそはと咳払いした。
「えーとですね、スイカちゃん。すばさんは本当に頼れる先輩なんですよ」
「そうなんですか?」
「ええ、コラボする時はちゃんとトークデッキ用意してくれたりなんかしますし」
「へぇー!」
「真面目な方ですが、その一方でVtuberとはかくあるべしということを熱く語る一面もあったりして、そこらへんのギャップもまた最高ですね」
「それはすごい!」
「ギャップと言えば、彼には極悪人という一面もあるんですよ。コラボした女の子を泣かせ、引退にまで追い込む。俺の悪魔性なんて霞むほどの生まれ持っての邪悪。それこそがこの白羽すばるという男――」
本条の頭が「ぱこーん」と叩かれた。
「なに言ってるんです?」
「いえ、やっぱり話にはオチをつけないといけないなと思いまして」
「何故急にそんなお笑いかぶれの大学生みたいなことを」
「面白い配信者になるために日々勉強してるんです」
「だとしたら大失敗ですよ。スイカさんも怯えちゃったじゃないですか」
「ちょっと間違えちゃいましたかね」
「ちょっとどころではないんですが……」
あれこれ話してると、本条の袖がくいっと引っ張られる。
見れば案の定、桑島である。
今度はそちらに移動する。
「なんでしょうか?」
「……あの、さっき私が一度本条さんをお呼びしたじゃないですか」
「え? あ、はい」
「で、その後に白羽さんが二度連続でお呼びしましたよね」
「そうですね」
「なら次は私の番じゃないかと思いまして」
「なんのバランスとってるんですか?」
桑島は「だって!」と語感を強めて言う。
「本条さんは私の同期ですよね? それならもっと私の面倒を見るべきじゃないですか?」
「ええ……急に面倒くさいこと言い出しましたね」
「私と白羽さん、どっちが大事なんですか?」
「いや、そんなこと言われても……」
対応に困っていると、四十万が口を挟む。
「やれやれスイカさん、何を言いだしてるんですか」
「そうですよね、すばさん。困っちゃいますよね」
「どっちが大事って、そんなの僕に決まってるじゃないですか」
「おっとー? こっちの人もおかしくなってたかー?」
四十万と桑島は向かい合った。
「白羽さんは私たち四期生の同期の絆というものを舐めてませんか? もっとも貴方には同期がいないから、そこら辺の機微が分からないのかもしれませんが」
「いやいや、こんな僕だからこそ知ってるんですよ。同期の絆なんてものはあっという間に崩れ去るものなんだってね。本当に必要なものは二人で過ごしてきた濃密な時間です。あなたに配信どころかプライベートでもしょっちゅう電話してくるヒキさんの面倒が見られますか?」
「そ、それは……」
「ふっ、男同士の友情に敵うと思ったら大間違いなんですよ」
桑島が「むぐぐ」と唸る。
「……じゃあ白羽さんは本条さんが配信中に『スイカママたまらないばぶー』って言ってたの知ってますか?」
「え? あ、まぁ一応……あのめちゃくちゃ視聴者に叩かれてたやつですよね」
「知ってるなら話は早いです。本条さんが本当に求めているのは『ママ』なんです! 男同士の友情なんてものではないんです!!」
「くっ……いやしかし、僕にだってママになれる可能性はあるでしょう!?」
「それは! ……あるかもしれませんが」
ぎゃあぎゃあと言い争い合う二人。
その光景を見て、本条は一度は言ってみたい台詞ランキング4位を言うチャンスだと思った。
二人の間にばっと割り込んで、叫ぶ。
「――私の為に争うのは止めて!」
そして空気が凍った。
先ほどまでの喧騒が嘘のように静まりあう室内。
やがて、ぽつりと呟くように四十万が言う。
「……あの、スイカさん。なんかすみません。変なことばかり言って」
「あ、いえ、私も言い過ぎました。ごめんなさい」
「なんか大声出してたら気持ちがすっとしたと言うか、落ち着いて話せるような気がしてきました」
「私もです。むしろなんでさっきまであんなに緊張してたんだろって感じで」
「ですよね? いやなんか、この感じならコラボも上手くいくような気がしてきたなぁ」
「ほんとですね! これでざくろちゃんがいるんだから、本番はきっともっと楽しいんだろうなぁ」
笑いあう四十万と桑島。
両手を広げて「私の為に争うのは止めて!」のポーズのまま固まっている本条。
視聴者には知る由もないことなのだが、後に大成功を収めたコラボ配信は、この哀れな一人の男の犠牲のもとに成り立っているのだった。




