Extra4.悪魔に届け
「本条」
「ひっ」
鹿島笑理が物陰からぬっと顔を出してきたものだから、本条一仁は驚いた。
「な、なんだ。ざくろ様ですか。どうしたんですか、そんなところで」
「……」
「あの?」
「いいから、ちょっとこっちに来なさい」
「え? ――わわわ!」
胸元をぐいっと引っ張られて、物陰にまで連れ込まれる。
「く、苦しいですよ」
「ご、ごめん」
「いや、別にいいですけど……それで、何の用件でしょうか?」
「……」
「ざくろ様?」
もごもごと口を動かす笑理。
そして、
「……あ、あんたさぁ、前はよくもやってくれたわね」
「前?」
「前って言えば、決まってるでしょ」
「え? ……あ、もしかして、あれですか」
「そ、そうよ。それよ」
「すみませんでした。ざくろ様は怖くなんかないです。むしろ女神さまのようです。だからコンプライアンスNGになるような真似は勘弁してくださいませんでしょうか」
「……待って、あんた何の話をしてるの?」
「えっ、この前の白羽すばるさんとのコラボ配信中に、ざくろ様を『恐ろしい』って言った件で怒ってるんじゃないんですか?」
「全然違うけど」
「そうでしたか……」
「……まぁ、でもたしかに、それはそれとしてって感じはするわね」
「え?」
そう言うなり、笑理は本条の胸のあたりをぎゅっとつねる。
「い、いたっ! いたたたたたた!」
「ふふっ、うふふふふっ! 相変わらずいい声で鳴くわねぇ……!」
「は、離して、離してぇ!!」
「こうしている時だけはあんたがスイカちゃんと同じくらい可愛く見えるわ……!!」
「嬉しくない! まったく嬉しくない!」
本条はあまりの痛みに飛び離れると、ようやくその地獄から解放された。
「お、俺の乳首……ちゃんとついてますかねぇ、これ」
「二つもあるんだから一つくらいいじゃない」
「そんなお菓子取り分けるような感覚で乳首とられたらたまったもんじゃないんですが」
「あと乳首みたいなセンシティブワードはBANの可能性があるから、それもまたお仕置きの対象ね」
「そっちが先につねってきたんですよね……!?」
また「ふふふふふ!」とこらえきらずに吹き出す笑理を見て、本条は多少の恐怖を覚えつつも「まぁざくろ様が楽しそうならそれでいいか……」という気分になった。精神的にはもう、奴隷のそれだった。
「で、結局なんの用なんですか?」
「……え?」
「いや、用があったからここに連れてきたんでしょう?」
「ま、まぁ、それはそうだけど」
「それは一体?」
「それは、その……」
「はい」
「だから、えーっと」
やや間をおいて、
「……前にあんたが私のことを勝手に配信に載せたことあるわよね」
「え? ……あ、ああ、例の配信のやつですか」
「そうよ。それのせいで私は『ざくろちゃん』というキャラを捨てざるを得なくなったわ」
「そ、そうですね。それはなんというか、重ね重ね申し訳ございませんとしか言うしかないというか」
「あ、いや、まぁざくろちゃんは捨てることになったんだけど、あれのおかげで私は『ざくろ様』として活動できるようになったわけで、今もこうしてVtuberとして活動出来ているわけで……」
「はぁ」
「だから、だから……」
俯きがちだった顔を上げて、まっすぐに本条の顔を見つめる。
「本条!」
「は、はい!」
「……あ」
「あ?」
「あ、あ、あ、あ」
「ああああ……?」
「あっ……ああっ、あっ……ああああああああああ!!」
バトル漫画の咆哮のような声をあげて、
「――あんぽんたん!!」
と笑理は言った。
「……はい?」
「バカ! ガリガリ! シスコン! 不健康! キモオタ!」
「えっ、ちょっ、なんでそんな急に悪口を――」
「ゲーム実況で女の子のキャラの台詞を読み上げるときの声が不快!!」
「そういうマジで心に来るやつはやめてもらえませんか?」
一応それっぽくモノマネしているのだが、たしかに視聴者からの評判も悪かった。
「う、うううううう……」
「ざ、ざくろ様?」
「……う、うわぁああああああああああ!!」
そうして、笑理は逃げた。
つねられて、罵倒されて、不審者と遭遇したかのように逃げられる。
この僅かなやりとりで、本条は心に深いダメージを負ったのであった。
そんなことがあった夜、本条が配信を終えてふぅと一息つくと、笑理からのRINEが届いた。
笑理:配信お疲れ
本条:見てくださったんですか? ありがとうございます
笑理:ス〇ブラにはまってるみたいね
本条:はい。子どもの頃はやりたくてもあまり出来なかったので
笑理:なんで?
本条:友達いなかったからです
笑理:理由が重い
本条:オンラインなら一人でも出来るので最高ですねぇ……
笑理:今度スイカちゃんとかも誘ってみんなでやろう
本条:いいですね。ボッコボコにしてやんよ ( ・ω・)っ≡つ
笑理:怨
ホラー映画で見るような血文字のスタンプが返ってきた。
こんなのどこで買えるのだろうか、と首を傾げる。
笑理:で
本条:はい
笑理:昼の件
本条:ああ……あれ結局なんだったんですか?
笑理:直接は言えなかった
本条:何故です?
笑理:しぬ
本条:えっと、誰が
笑理:あんたをころしてわたしもしぬ
本条:!?
笑理:また話がややこしくなるからいい加減にして
本条:すみません、まったく意味が分からないんですが
それからやや間をおいて、次に届いたのは。
笑理:動画送るから見て
本条:え、あ、はい
笑理:このことは他言無用で
本条:はぁ
笑理:ノシ
本条:ええ……?
唐突に話を打ち切られて疑問に思いつつも「ノシ」と返す。
そして、送られてきた動画を再生した。
そこにあったのは――。
『……えっと、見てる?』
『直接はとても言えなくて、けどRINEでとかじゃ味気ないし……だから動画で』
『例の配信の件だけど……』
『色々問題があったのは確かだとは思うのよ』
『でも、やっぱりあれのおかげで私は助けられたというのもまた事実で』
『その後の配信で、あんたがざくろ様を――私自身を認める言葉をくれたというのも嬉しくて……』
『だから、私はね』
『本条がいてくれたから、私は今も、そしてこれからもVtuberとして活動出来るんだって思ってる』
『だから、だからね。その……』
『――あ、ありがとう!』
『こんな一言すらなかなか口に出せない私だけど、これからもずっと、ずっと、よろしく!』
『……っていうことをね、言いたかったわけで』
『えー、まぁ、うん……』
『以上! ばいばい!』
動画を再生し終えて、これまでのことを思い返して。
本条は胸の奥からあふれ出る何かがこぼれ落ちそうになったので、上を向くのであった。
それからしばらくが過ぎて、夢花火にて、本条と笑理と、それから桑島穂乃花が出くわした。
笑理が真っ先に口を開く。
「なにしてんの?」
「二葉さんとミーティングです」
「あんたいっつもそれね」
「あの人がいないと俺はVtuberとしてやっていけないんで」
「そこまで言う?」
「でも私もざくろちゃんがいないとやっていけないから、気持ち分かるなー」
「それ言われたら私もスイカちゃんがいないと駄目だから、前言撤回しないといけなくなるわね」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
「きゃー♡」と抱きしめ合う豊穣姉妹を見て、本条は「眼福です」と拝んだ。
「お二人はこれから何かなされる感じですか」
「今日はですねぇ、会社の機材借りてオフコラボです!」
「あ、そうなんですか」
「最初はざくろちゃんのお家でやる予定だったんですけど、夢花火に置いてあるゲームでやろうって話になって」
「ほぉ」
「まぁ配信は別としてお泊りはするんですけどね。パジャマパーティーするんですよ!」
「お泊りに、パジャマパーティー」
友達のいない本条にとっては伝説の聖剣くらいに話の中でしか聞かない存在だったので呆けていると、笑理が桑島のことを抱き寄せる。
「ちょっと、今スイカちゃんでへんな想像したんじゃないでしょうね」
「え? ……いや、それは濡れ衣というものですよ」
「どうだか。スケスケのランジェリーでも想像したんじゃないの?」
「もはや逆にざくろ様の脳内がピンク色過ぎて心配になるんですが」
「そうだよ、ざくろちゃん。それに、なんでいつもヒキーさんに厳しいの?」
「だってこの男は無許可で人の裏の姿を配信するような奴よ。今だって盗撮されてるかもしれないわ」
「えっ!?」
「……スイカちゃん、さすがにそれは信じないで欲しいんですが」
「す、すみません。なんか思わず」
思ったよりも信用度が低いのだろうか、と肩を落とす。
「ざくろ様、俺たち仲間じゃないですか。もう少しくらい信頼してくださいよ」
「ビジネスパートナーにそこまで心を開く必要ある?」
「ビジネスパートナー?」
「そうよ。スイカちゃんはともかく、私にとってあんたはそういうもの。同じグループの同期とはいえ、あんまり異性のVtuberと仲良くし過ぎても厄介オタクに目を付けられそうだしね。適切な距離感をもって接してもらいたいものだわ」
「そう、ですか……」
その突き放すような物言いに、以前の本条であれば胸を痛めていだのであろうが、今は違う。
ポケットからスマホを取り出し、とある動画を再生した。
『……えっと、見てる?』
そして、その第一声だけを聞いて、
「ああああああああああ!?」
と笑理が叫んだ。
慌てて本条からスマホをひったくる。
「あ、あ、あ、あんた、なにしてくれてんの……?」
「いえ、その、仕事だけの関係みたいに言われて悲しくなったので、癒しの音楽でも聴こうかなと」
「これは音楽じゃないでしょ!? だ、だって、これは……」
「――ねぇ。今のってざくろちゃんの声? それなぁに?」
「す、スイカちゃん? 気にしないで。これはなんでもないから」
「ええー、気になるよ。なんかいつもと違う感じの声だったよ」
「違うのよ。今のは呪いの動画なの。聞いたら耳から体中が腐っていくわよ」
「ええ……!?」
「ほらもう少し腐って来てる。呪いを解除するためにはすべてを忘れて日常に戻るしかないわよ」
「えええええ……!?」
無茶苦茶なことを言う笑理。
桑島は「どこが腐ってるの!?」と自分の尻尾を追いかける犬のようにくるくる回っている。
その光景をはた目に、本条は別に持っていた配信用のスマホを取り出し、そっちの方で先の動画を再生した。
『直接はとても言えなくて、けどRINEでとかじゃ味気ないし……だから動画で』
そして、やはり同じように笑理が絶叫した。
「くぅそぉ悪魔ぁあああああああ!!」
「ははは……あはははは!」
「殺す! 絶対に、殺す!!」
「とうとうコンプライアンスをガン無視するようになりましたね……!」
鬼の形相で追う笑理と、逃げる本条。
それを見送りつつ、桑島は「やっぱり二人も仲良いんだな!」と場違いな感想を抱くのだった。




