Extra3.デートデートデーモンズーデデデデデストラクション
『岬ちゃん! 動物園行きたくない!?』
本条一仁は満面の笑みで愛すべき妹に声をかけたが、本条岬は眉間に皺を寄せた。
『別に行きたくないけど』
『なんで!? ゾウとかキリンとか……あとゾウとかパンダとかゾウとかいるよ!?』
『お兄ちゃんのゾウを見たいっていう気持ちが前に出すぎてるよ』
『うん! ゾウが見たいぞう!』
『……お休み』
『あ、待って。ごめんって。もうちょっとだけお話させて』
自室に向かおうとする岬の手を引っ張る情けない兄。
『一人で行って来ればいいじゃん』
『それでもいいんだけど、どうせなら岬ちゃんと一緒に行きたいなーって』
『えー……今週の土日は家で映画三昧な気分だったんだけど』
『お昼は動物園で、夜は映画でもいいじゃん』
『うーん』
『それに外に出ないと、お兄ちゃんみたいになるよ?』
「なーんて」とかました渾身のニートギャグだったのだが、目を開けると妹はすでにリビングからいなくなっていた。兄は一人泣いた。
「――っていうことがあったんですよね」
ミーティングが終わった後、本条は丸金二葉にそんなやり取りがあったことを告白した。
「はぁ、そんなことが」
「はい。反抗期というやつなのでしょうか。俺はもう悲しくて悲しくて」
「……妹さんって、おいくつなんでしたっけ」
「17歳です」
「17歳のお嬢さんがたまの休日に兄と二人きりで動物園というのは……反抗期でなくとも断られるのでは?」
「えっ、本当ですか?」
「はい、私は一人っ子なので真意は図りかねますが」
「なるほど……ちなみに水族館なら?」
「場所の問題ではないかと」
即座に否定されて本条は肩を落とした。
「まぁそんなこんなで明日行こうかなと思ってるんですよね。動物園」
「そうなんですか」
「平日なら空いてそうですしね。いやぁ、こういう時、配信者という職業だと得ですね」
「休日は自由に設定できますもんね」
「岬ちゃんと二人ならより楽しかったんだとは思うんですが、まぁ一人でも問題ないでしょう。何故なら動物園にはゾウがいるんですから」
「そのゾウに対する謎の信頼感はなんなんですか?」
それはともかく、二葉は「ふむ」となにかに納得したようにして、
「本条さんは出来れば二人以上で動物園に行きたかったんですね?」
「そうですね。……そうなのかな?」
「そして、日程は明日と」
「はい、その通りです」
「……実は私、明日代休でお休みなんですよね」
「はぁ」
「よければ、私もその動物園、ご一緒させて頂いてもよろしいですか?」
「えっ」
あまりの衝撃に本条の意識は宇宙の果てまで飛んでいった。
「えっ」
だから、次の瞬間には動物園の入り口に立っていた。
「すみません、お待たせしてしまいましたか?」
「えっ」
そして、目の前には二葉が立っていた。
「本条さん?」
「――あ、いやすみません。もう少しで超新星爆発に巻き込まれるところでした」
「はい?」
「いつもの妄言です。気にしないでください」
「なるほど」
それで伝わるのがこの二人が築いてきた絆というものだった。
そして、本条にとってそんなやりとりは正直どうでもよかった。
「二葉さん」
「はい」
「……私服ですね」
「まぁそうですね。休日ですし、スーツというのは場違いでしょうし」
「それはたしかに」
「……あ、もしかして何か変でしたか? 一応、動きやすい格好をしてきたつもりなんですが」
上から下まで自分の姿を見直す二葉。
本条は慌てて首を振った。
「いえいえ! 二葉さんの私服姿を始めて見たので、新鮮だなと思っただけで」
「あ、そうでしたか」
「はい、とても可愛らしくて素敵です」
「えっ」
「えっ」
固まる二人。
「あっ、いや、ごめんなさい。岬ちゃんとお出かけするとき、とりあえず服を褒めないといけないというルールがありまして、その癖が出てしまったというか」
「な、なるほど」
「あ、今のではまるで本当はそう思ってないというような言い方になってしまいましたが、可愛いと思っているのは本当のことで、二葉さんの私服姿はとてもとても素晴らしくて――」
「落ち着いてください、本条さん。周りからも見られてしまっています」
そう言われて周囲を確認すると、生暖かい目線が二人に向けられていた。
二葉の顔も赤く染まっている。
「……とりあえず入園しましょうか」
「そうですね……」
二人は逃げるように動物園の中へ入った。
「――ゾウだぁあああああ!!」
お目当てのものをついに目にした本条は、テンションが上がり切って叫んだ。
それに呼応したのかは知らないが、ゾウは「ぱおーん」と鼻を上げた。
「ふふっ、そんなにゾウが好きなんですか」
「いえ別にそういう訳でもないです」
「……急に真顔になるのやめてくださいよ」
あまりのテンションの落差に二葉はちょっとビクッとしてしまった。
「動物園に来るのなんて小学生の頃以来なんですが、こういう大きな生き物って動物園くらいでしか見れないじゃないですか。だからこう、久々に出会いたかった。出会えて嬉しかったっていうような感動というか」
「ちょっと分かりますね」
「例えるならチ〇ンラーメンを久々に無性に食べたい。でもいざ食べようとすると一口目で満足してしまう……そんな感じですね」
「それはちょっと私には分かりかねます……」
なんとも言えないような表情で首を傾げる二葉。
「ふぅ、俺はゾウが見られたので満足です」
「本当にゾウだけを目当てに来たんですね」
「キリンとかも見たいと言えば見たいですが……ちなみに二葉さんはなにか見たいものがあったりしないんですか?」
「私ですか? 私はですね……」
そう言いながらパンフレットを取り出し、
「まずパンダですね。これは動物園に来たからには外せません」
「たしかに。今やパンダは動物園の顔と言っても良いでしょう」
「次にゴリラです。最も野生の息吹を感じられる生き物だと私は思っています」
「ふむ、面白い選択です」
「それからウサギやモルモット。これらには直接触れ合うことが出来るらしいんです。となれば行かない手はありませんよね?」
「間違いないですね」
「また、事前に動物園のホームページを見ていた時に知ったんですが、この動物園には爬虫類館というちょっと珍しいようなものもあるらしいんです。これには流石の私も『絶対に行こう』と即断せずにはいられませんでした」
「ほぉ、事前にホームページを……」
それからもパンフレット片手にあれやこれやと今日の予定について語る二葉。そのちょっと鼻息荒い様子を見て、本条は思った。
「二葉さん」
「はい、なんでしょう」
「あの……もしかして、かなり動物園好きですか?」
「……」
しばらく口を閉ざす二葉だったが。
「どうして分かったんですか?」
「いや、分かりますよ。ビックリするくらいテンション高かったですよ」
「……それは本条さんだって一緒じゃないですか。あんな風に叫んでるところ、配信以外では見たことないですよ」
「まぁそれはそうなんですが」
「そうですよ。だから動物園でテンションが上がるのは不思議なことではないんです。私のこれだって、極自然なことなんです」
「はぁ」
必死にまくしたてる二葉と、それを呆然と眺める本条。
二人の間には温度差があることに、二葉自身も気づいた。
「もういいです! 早くパンダ見に行きましょう、パンダ!」
「あっ、ちょっと待ってください」
本条は「これはもう少し泳がせた方がもっと面白い姿を見られたのかもしれないな」と後悔しつつ、足早にゾウのエリアから離れていく二葉の背中を追いかけるのであった。
二葉の望む通りに動物園を歩き回り、とうとう二人は出口にまでたどり着いた。
「満喫しましたね」
「はい、もうこの動物園について俺たちより詳しい人はいないでしょうね」
「ですね」
「……突っ込むところですが?」
「だって、今なら負ける気がしないですもん」
そう冗談っぽく返されて、「本当に今日は色々と珍しいものを見られる日だな」と得をしたような気持ちが胸に湧いた。
「それにしても今日は本当にありがとうございました」
「え?」
「いや、俺が岬ちゃんに誘いを断られて気落ちしてるのを見て、二葉さんは来てくれた訳じゃないですか」
「妹さんに?」
「はい」
「……もしかして本条さんは、私がマネージャーとして、本条さんのメンタルケアのために動物園に一緒したんだと思ってるんですか?」
「違うんですか?」
「うーん」と腕を組む二葉。
「……まぁでも、そうですね。その気持ちが無かったかと言われれば嘘になりますね」
「ですよね」
「でも、それでは30点です」
「えっ?」
「理由は他にもあるんですが、それが分かりますか?」
少し距離を縮めてくる二葉に、本条はたじろいだ。
「えーと……あ、そうか。単純に動物園に来たかった」
「正解です。それで60点」
「まだあるんですか?」
「はい、あとの40点を考えてください」
「うーん……」
「分かりませんか?」
「いや、その、えーと」
「本当に分からない……?」
その上目遣いの視線に、本条の頭の中では「もしや」という想いも浮かんではきたのだが、それを口にするにために必要なパラメータが、もとい人生経験が足りていなかった。
二葉がくるりと背を向ける。
「時間切れです」
「あ……そうですか」
「ちゃんと正解を導き出されば配信者としてのステージもまた一つ上に登れたかもしれませんね」
「そういうものだったんですか?」
「このクイズの意味はつまり、視聴者の気持ちが手に取るように分かるようになれば、配信者は無敵ということですよ」
ただ、と振り返り。
「不足しているところは私が補います。そうやってこれからもやっていきましょう」
「……そうですね。だって俺たちは――」
「二人三脚、ですもんね?」
夕日を背景にする二葉。逆光でその表情は見え辛かったが、しかし薄っすらと見えるだけでも十分すぎるほどに、その笑顔は輝いていた。
後日談である。
土曜日の朝に本条は妹に叩き起こされた。
「お兄ちゃん、朝だよ、起きて!」
「岬ちゃん……? お兄ちゃんね、昨日も夜遅くまで配信してたの。だから眠いの。もうちょっとだけ寝させて……」
「はぁ!? 動物園行くって言ったじゃん。さっさと起きてよ!」
「動物園……?」と本条は飛び起きた。
「えっ、動物園……に行くの? 誰が?」
「誰がって、私とお兄ちゃんがでしょ。なんで自分で誘ったのに忘れてるの?」
「え、だって……。それに、俺はついこの間――」
「ちゃんとお弁当も作ったんだからね! でね、私、アルパカ見たいの、アルパカ! アルカパってすっごいぶちゃかわなんだよ! 撫でるくらいは出来ないかなぁ。エサあげたり出来たら最高なんだけどなぁ……!!」
目をキラキラさせる妹を見ると、兄はとでもじゃないが「実はもう動物園行ってきたんだ」なんて言い出すことは出来ず、一週間の間に二度も動物園へ行く羽目になるのだった。




