47話 お迎え
ワイバーンを撃退したかと思ったら、今度は天使の大軍の登場に私達は顔を青くした。『悪魔狩り』の期限が間近に迫り、天使達も焦り出したのだとシルヴァ公爵が説明してくれた。父様達が展開した魔界全土を覆う結界によって、今回天使達は全く悪魔を狩れていないのだとか。目を凝らして上空を見ると、以前母様を誘拐した天使と似たようなのがいた。羽が無駄に多いあの天使は熾天使という天界の最高位の天使だった筈。
どうして、と漏らすとシルヴァ公爵がううむ、とどこか納得した声を出した。
「どうも、結界のせいで成果を上げられない下級天使の為に態々最高位の天使が助っ人として降りてきた。という辺りか」
「羽の多いのがそうなの?」
「そうだよベティ。さて、天使達はどうやってあの結界を突破するつもりなのかな」
「突破されちゃうの!?」
「手段もないまま姿を現したら意味がないからね」
シルヴァ公爵の言葉は尤もだ。結界を破る手段があるから、天使達は大軍を率いて姿を現した。よりにもよって私達の上空に。高位魔族を捕らえただけで一気に昇進可能らしく、まだ力の弱い高位魔族の子供を狙っているのだとか。
「じゃあ、私やアイリーン、ユーリやハイネがもし捕まったら?」
「魔王の子供である姫や王子を捕らえたとなると……三階級は昇進出来るんじゃないかな」
「そんなに?……大変だね」
「……何で僕に憐れみの目を向ける!アフィーリアもだろう!」
「……」
「ベルベット?」
ベルベットが人の顔を見つめてくる。アシェリーと同じ紫水晶の瞳と今日の特別な満月の光が合わさって一番綺麗に輝いている。
「フィーや第二王女は、案外捕まっても殺されないかもね」
「どうして?」
「だって、魔王の妃は天界のお姫様なんでしょう?半分悪魔でも、半分は天使の血を引いているんだ。利用価値はあるよ」
「そ、その考えはなかった。うわあ……一番捕まっちゃいけないね」
「皆そうだよ」
天使に捕まれば、待ち受ける末路は“死”だけ。まさか、私とアイリーンだけ別の末路があるなんて絶対嫌だ。仮に天使が魔界に入っても、お城にいるアイリーンが絶対安全。お城には常に父様がいるし、『魔術師団』や『騎士団』もある。
なら、私は?
私の安全はどうするの?
自分で問いかけておきながら、答えを一つも持っていない。
フィー?アフィーリア?
ベルベットとユーリの私を呼ぶ声がしたと同時に凄まじい光が上空を覆った。一斉に空を見上げれば、熾天使を先頭に周囲にいる大勢の天使達が、悪魔を滅する聖なる光を発動していた。熾天使に集まった光は、軈て巨大な槍の形を成した。
「な、何あれ……」
「きゅう……」
光で生成された巨大な槍の矛先が結界に向けられる。聖なる光は悪魔を絶対に殺せる天使だけが使える力。あんなのをぶつけられたら、結界だって無事でいられるか誰にも分からない。熾天使が槍を振り上げ、結界へぶつけた。
けたたましい衝撃音が辺境に響いた。
結界は破られていない。
父様やレオンハルト団長達が作った結界がそう簡単に破られる筈がないんだ!
絶対に破られない――と思った直後。
「あ……!」
何度も巨大な槍で穿たれる内に強固な結界に皹が走った。衝撃が私達に走った。
パキ、パキ、と皹が広がる。このままじゃ、天使達が魔界へ入ってしまう。
「きゅうぅ!」
リボンちゃんが悲痛な鳴き声をポンタくんに発するも、ポンタくんは黙って皹の入った結界を、天使達を見上げている。結界の修正をシルヴァ公爵なら、と微かな希望を抱くも、あれはレオンハルト団長が編み出した結界。結界の維持こそ父様達が担っていたものの、結界そのものの術式はレオンハルト団長しか知らない。修復も不可能。
強烈な不安に襲われ、ユーリを一瞥した。恐怖に染まった面持ちで空から目を離れられず、硬直している。ベルベットも同じ。
……ふと、自分の頭にまたあの術式が浮かんだ。母様を助ける為に使用したあの炎の魔術が。習った覚えがない高度な炎の魔術。部屋にあった本を探しても私が使った魔術が記載された本は何処にもなかった。ゲームでのアフィーリアは、邪魔なアイリーンを殺そうとする度に邪魔をする攻略対象者達と激しい魔術戦を繰り広げるシーンが多々あった。何時会得したと攻略対象者達が口にする程、アフィーリアの魔術は難易度の高い高等魔術ばかり。中にはアフィーリアにしか使えない魔術があった。それを使用すると必ず窮地に立たされる攻略対象者達。
――炎の魔術がそれなの?
答えは誰も返してくれない。だって、私の心の中の声だもの。
……考えてる暇はない。天使達が結界を破る前に倒せば良い。
私は両手を上空へ翳した。
「《――――――》!」
自分が何と紡いだか私自身聞こえなかった。知らない言葉を発したのと同時に、予想していたよりもずっと強い炎が天使達を一気に飲み込んだ。空を覆う天使達の絶叫と悲鳴。燃え上がる炎の海の中で足掻き、苦しみ、絶命していく天使の炭となった死体が落ちていく。
「アフィ……リア……?そんな魔術、何処で……」
「フィー……」
「……」
ユーリとベルベットが何か言っている気がするけど、今の私の耳には届いていない。頭に浮かんだ術式の魔術はこれじゃない。あの時はセリカの放った魔術と融合して大爆発を起こしてしまったけど、今の様に意思を持っているみたいに天使を呑み込み、命を搾り取る魔術じゃない。一瞬であらゆる存在を消し炭にするのがあの魔術。
「きゅう!」とポンタくんが鋭く鳴いた。炎から逃れ、体の半分に大火傷を負った熾天使が忌々しいとばかりに下を――私を睨んでいた。
その刹那、突然熾天使が血を噴いて呆気なく地へ落ちた。明らかに炎じゃない。炎はもう天使達の命を奪って消えた。見えない攻撃によって絶命し、どさりと落ちた熾天使の澱んだ目が天へ向けられている。熾天使が誰に、どんな攻撃を受けたか私にも分からないのにユーリに責められた。説明する言葉もなく、ユーリから逃れようとベルベットの後ろに隠れた。
「アフィーリア!」
「ご、ごめ、でも、私にも」
「分からないって?あんな魔術を使って分からないって言うの?」
「ねえ、人を挟んで怒らないでくれる?フィー、おれの後ろにいてもいいけど答えられる部分は答えて」
「うん……」
ずっとお城で育てられ、アイリーンもユーリもハイネも危険な魔術は教わってないのに私だけが扱えれば、当然疑う。私自身は、アフィーリアになってしまった特典か何かだと思っていたのだけど違うんじゃないかと今思い始めた。なら、彼女は一体何時魔術を習ったのだろう?
“知りたい?”
脳内に父様にも勝る美貌の男性フィロメーノの声がした。え?と声を上げそうになるも静かにと諭され、唇を噛み締めた。また同じ質問をされるけど、どう返事をしたらいいのか。すると、フィロメーノは心の中で返事をしてご覧と優しく告げた。
“こう?”
“そうだよ”
“フィロメーノは、私が高等魔術を扱える理由を知ってるの?”
“知ってるよ。僕は、君の知りたいことは全て知ってる”
“高等魔術を扱える理由?それとも……私がアフィーリアになった理由も?”
“知ってる。……でも、語弊がある。君はアフィーリアになったんじゃない。元々君はアフィーリアだよ”
……。……え?
“待って!意味が分からない!私は元は――”
“お昼寝をしてた女子高生、だっけ?”
“!?”
“ふ……ふふ。可愛い。言葉も出ない、って感じだね。まあ、無理もない。でも、これ以上は教えられない。君がお城にちゃんと戻ったら、また会いに来てあげるよ”
“待って、フィロメーノ”
“ふふ、ごめんね。あんまり長話すると、君を睨んでるタヌキくんにいい加減気付かれそうだ”
“え……”
ぷつりとフィロメーノと会話が終わった。ベルベットの肩越しからポンタくんを探したら、フィロメーノの言った通り私を睨んでた。ずっと睨まれていても違いがどうも分かり辛い。ぷにっとベルベットに頬を掴まれた。
「人の話聞いてる?」
「うえ?あ、ご、ごめん」
「全く」
フィロメーノとの会話に夢中で聞いてなかった……。
「フィーがあんな高等魔術を使えたのは、お城で誰かに教わったから?」
「そんな訳ないだろう。アイリーンや僕達も、危険な魔術はまだ早いって父上の命令で教わってないんだから」
「うん。さっきも言っていたね。でも、フィーなら案外内緒で教わってもらっていたんじゃないの?」
「ご、ごめん、私も何で使えるか全然分からないの。誰にも教わってない」
「教わってないのに使えるレベルの魔術じゃないんだけどな……。まあいいや」
「良くない!」
「うるさいなあ。大体ねえ、王子様。どうしてそこまで、フィーが高等魔術を扱えるのが気に入らないの?」
「そ、そういう訳じゃ」
「なくないよね。じゃなきゃ、しつこく――」
「ベティ。そこまでにしなさい」
段々とヒートアップしていくベルベットとユーリにシルヴァ公爵が待ったを掛けた。
「年下の子を虐めるのは止めなさい」
「どこをどう見たら虐めに見えるの」
「王子が気にするのも無理はない。私も、アフィーリア様があの魔術を使えることに疑問を抱いているのも事実だ。ベティもノワール邸に行っては、勝手に魔術書を持ち帰って読んでいるから知っていると思うが、アフィーリア様の使用したあの魔術は通常なら使えないものだ」
「使えない?」
「ベティはアフィーリア様の詠唱を聞き取れたかい?」
「……ううん」
使用した本人である私も意味が不明なあの詠唱。シルヴァ公爵曰く、あれはイグナイト家に代々伝わる秘術の一つらしく、使用出来るのは現当主のイグナイト公爵様だけ。公爵家の秘術をアフィーリアはどうして覚えたの?誰に教わったの?
「あの秘術はね、始祖の魔王の暴虐を止められる唯一の魔術なんだ」
「始祖の魔王?」
ユーリが聞き返すと「おや?習っていないのかい?」と首を傾げるが、無理もないかと一人納得された。
「陛下は始祖を毛嫌いしていらっしゃるから、当然か」
「どうしてですか?」
「うむ。アフィーリア様とユーリ様は、陛下とリエル様のお父上が誰かご存知ですかな?」
「知らない」
「僕も」
「お二人のお父上こそ、その始祖の魔王なのです。正確には、始祖の魔王の転生者、ですが」
「転生?」
「そう。始祖の魔王にだけ許された特別な力。あの方は、生きている時代に飽きたらイグナイト家の当主に自分を殺させて次の時代へ転生する悪趣味な御方なんだ」
……代々、始祖の魔王を殺してきた当時のイグナイト家当主に同情します。我儘で暴力的な始祖の魔王の逸話は数多く残っているらしいが、今は関係ないので省略。父様が歴代のどの魔王よりも、強い魔力を持っている理由が始祖の魔王の影響が大きいらしい。下手をすると、始祖の魔王よりも強い力を持っているのだけれど。いざ、争うと勝つのは始祖の魔王になる。力が強くても、生きてきた年数の桁が違い、魔術・秘術・謀略の数は圧倒的に始祖の魔王が勝っている。
「とまあ、始祖の魔王の話はここで終わりにして。アフィーリア様。イグナイト家現当主ガルディオス殿が君にその魔術を教えたとは到底思えない。残る可能性は――始祖の魔王自ら、君にその魔術を教えた、としか考えられない。何処かで、始祖の魔王に会った覚えはあるかい?」
シルヴァ公爵の翡翠色の瞳が私を捉える。嘘を言ってもすぐにバレる。……記憶を辿っても、それらしき人に会った記憶がない。そもそも、見た目の特徴が不明なままで会ったと聞かれても答えようがない。
どんな容姿かを訊ねようとした時だった――
「おやあ~?何やら面白い話をしているなあ?諸君」
こ、この間延びした声は……!!
「あー!!アフィーリアいたあ!!何でベルベットに引っ付いてるのお!!離れてよお!!」
「はいはいアシェリー。今はそれ所じゃないからねえ」
「あ、ホントにいたアフィーリア」
「ユーリ!?お前実はアフィーリアの居場所知ってたんだろう!?」
ぐにゃりと空間が歪み、縦に裂かれると見知った人達。黒と金を基調とした魔術師のローブを纏ったレオンハルト団長。同じくレオンハルト団長に引っ付いていたアシェリーは、私がベルベットに引っ付いてのを見て怒り出すと走って私とベルベットの間に入り、ぎゅうぅっと抱き締めてきた。
く、苦しい……!
ひょっこりと顔を出すソラやネフィ。ネフィに至っては、ユーリがいる事に私の脱走を最初から知っていたんじゃないかと疑いを抱いている。必死に弁解しているユーリの声を聞きつつ、人を抱き潰さんばかりに抱き締めるアシェリーの頭を叩いた。
「痛いよお!」
「私の方が痛いわよ!」
「ぼくはアフィーリアがいなくて退屈で死にそうだったのにい!」
「嘘吐け。普通に『アフィーリア何処行ったんだろうねえ』ってザッハトルテを食ってただろう」
「えへ。バレた?」
「バレたじゃないわよ!早く解放してよ!」
舌をペロッと出しても可愛いだけよムカつくけど!
離せ離さないの攻防をアシェリーと繰り広げている間、シルヴァ公爵とレオンハルト団長がどの様な会話をしていたかなんて、この時の私には気にする余裕もなかった。
「やれやれ。お迎えの時間が早くないかい?」
「興味深い話をしていたからねえ。我輩も、始祖殿についてアフィーリア嬢には聞きたい事があるのだよお。もしかしすると、始祖の魔王だけが持つアレをアフィーリア嬢は持っているのかもしれない」
「あの方が転生以外に持つ力と言えば……」




