46話 可哀想なアフィーリア
今回は短いです。が、結構重要かも。
※2019.08.14 加筆しました
「天使達も焦ってるね……」
姿と気配を消す魔術で上空から事の成り行きを見守る一人の男。髪も眉も瞳や瞳を覆う睫毛も銀色の美貌の男。月でさえ劣る絶世の美貌の男は、結界の外に現れた天使の大軍を見やった。
悪魔が大迷惑を被る『悪魔狩り』もそろそろ期限が迫っている。魔王やその側近達が展開した魔界全土を覆う結界のせいで今回は全く成果がなく、まともに悪魔を狩れた天使はいない。運良く結界が展開される前にフライングで魔界に侵入した天使もいたが、全て魔術師団が捕らえ、レオンハルトの玩具となり死んでいる。
「困ったさんだよね、ノワール家の秘蔵っ子も。彼のせいでアフィーリアが魔界中に嫌われる羽目になって……最後は殺されちゃうんだから」
何度も繰り返した悲劇をこれ以上起こす訳にはいかない。前回は、最後の最後で自我を取り戻したアフィーリアはアイリーンを殺そうとした氷の刃で自身の腹部を貫いて死んだ。初めて抗った。今までも何度も抗っていた。アイリーンの為に。
全て無駄に終わったが。
「前々回は夢魔の子に殺されちゃったんだっけ。夢と現実の世界で永遠の強姦を受ける……か。怖いねえ」
クスクス……男は嗤う。
「その前は淫魔の子に、永続的に発情する媚薬を飲まされて囚人達の慰み者にされて。そのまた前の吸血鬼の子には、魔力の強さに目を付けられて標本にされたんだっけ。惨いねえ……全部、アフィーリアの意思でした訳じゃないのにね」
懐かしい昔話を語る口調でアフィーリアがどんな方法で殺されたかを思い出す男は「でも」と零した。
「双子の子等は、あっさりしてたねえ。弟は首を斬って終わり。兄の方は……心臓を握り潰して終わりだったなあ」
可哀想なアフィーリア。好きでもない男を好きだと思わされ、傷付けたくないのに愛する妹を嫉妬に狂って殺そうとした。娘達を愛していたロゼでさえ、すっかりとコーデリアと同じになってしまったアフィーリアを見限って処分しようとした。
「可哀想で可愛い僕のアフィーリア……」
男は全て記憶している。アフィーリアが彼等に殺された回数を。何度やり直しても、アイリーンがユーリじゃない相手を好きになってもアフィーリアはコーデリアになって――最後は殺される。
前回になって、やっとアフィーリアは最後の最後で抵抗した。アフィーリアが自らの命を終わらせた瞬間を狙ってその魂を保護し、全く違う――生まれたばかりの人間の女の子の魂に封印した。
時が来たら、戻って来れる様に。その時、人間の女の子の魂は天国でも地獄でもない――狭間に流される事になるが男にはどうでも良かった。
アフィーリアが無事に、今度こそコーデリアの呪いに打ち勝てるのが大事なのであって安息所の人間の魂が何処へ墜ちようと大した事じゃない。
「頑張ってアフィーリア。今回は君の母親は……天界の姫は君が体を張ったお陰で生きているのだから」
そう。初めてだった。アフィーリアと同じく、何度繰り返してもシェリーもあのお茶会でユーリを庇ってコーデリアに打たれ頭の打ち所が悪くて必ず死んでいた。それが今回だけは違った。アフィーリアがシェリーよりも早くユーリを庇った為にシェリーは無事で済んだ。
空からけたたましい衝撃音が鳴った。一人の熾天使を筆頭に、下級天使が一斉に聖なる光を発動した。悪魔の絶対的な弱点。悪魔の作り出した結界を天使の総力を以て破るつもりなのだ。
下級天使達の小さな光が一つに濃縮され、巨大な槍の形を成した。
「“グングニル”か……」
本来であれば、複数の熾天使が力を合わせて作り出す聖なる槍。天界において熾天使は最高位の天使。『悪魔狩り』程度で普通は降りて来ない筈なのだが、今回は状況が違う様だ。男は自身の予想を言う。
「天界の姫を浚ったあの熾天使の為だね。もう使い物にならなくなっているのに」
シェリー誘拐の失敗の末路がレオンハルトの遊び場の玩具。男は、あの熾天使はシェリーの天界での婚約者だった筈だと記憶していた。魔王に連れ去られ、一度は取り戻そうと魔界へ上級天使を率いて侵攻するも、行動を読んでいた魔界側の罠に嵌まって自分一人だけがのこのこと天界へ帰った。
「ふふ。姫を連れ戻せば汚名返上だったのにねえラファエル君。先走って犯そうとするから捕まるのさ」
くすくす笑う男の耳に同じ音が。聖なる光と言えど、魔王と側近達が展開した結界をそう簡単に打ち破れると思うのが可笑しい。必死な姿に手助けしてあげたくなる。下には、ワイバーンを倒して安堵していたアフィーリア達。怯えた表情で天使達の行動を見ている。結界は破れないと信じる一方で最悪の予想を抱いている者もいる。
「可愛いなあ……アフィーリア……」
欲しい
アフィーリアが欲しい。
毎回アフィーリアを助けていたのは善意からじゃない。欲しいから助けていた。ロゼの娘を欲しがる日が来るなんて、と嗤い続ける。
「ああ……可愛い……」
妹のアイリーンには物足りなさを感じる。滅茶苦茶で自分を飽きさせないアフィーリアがいい。
パキパキと結界に皹が走った。結界が破られるまでもう一押し。下へ目をやると、不安が恐怖に変わっていた。
結界が破られる。
“月の涙”の花畑にいる皆が、上空で成り行きを見守る男が覚悟を決めた時だった――。
天使達が突然謎の炎に包まれた。
「おや?」
聖なる槍“グングニル”は天使達が焼き尽くされ消滅し、唯一熾天使だけが生き残った。体の半分に大火傷を負い、立っているだけでやっとの重傷だった。
誰が?可能性があるとしたら、シルヴァ家当主のシャルルだが……。男が下を見ると呆然とした視線がアフィーリアに集中していた。
ああ……と男は納得する。
「魂に染み付いた努力は、何度繰り返しても消えない。呪いに打ち勝つ為に君は様々な魔術を会得している。今は身に覚えがなくても危機的状況に陥ると勝手に使えるみたいだ」
アフィーリア本人もどうして使えたか理解が追い付いておらず、動揺を隠しきれていない。
「締めは僕がやってあげよう」
瀕死の熾天使へ左の人差し指を向けた。手を銃に見立て指先から魔力弾を発射した。見えない魔力弾が熾天使の喉元を貫通した。血の噴水を出して呆気なく死んだ熾天使が地へ落ちていく。これもアフィーリアのせいにされているだろうと予想して下を見ると案の定だった。ユーリに責められ、何が何だか理解が追い付かないアフィーリアがベルベットの後ろに隠れた。
男の銀瞳がすう…と細められた。
「末っ子君。君はちゃんとアフィーリアを守れる?」
父にも、周りにも嫌われたアフィーリアを唯一気に掛け、城から連れ出そうとして――失敗してしまった。何度目の出来事だったかを思い出すと手を叩いた。
「回数は忘れたけど、逃亡を淫魔の子に感付かれてアフィーリアは捕まり、君は公爵から酷く叱られた。君がアフィーリアに最後に会えたのは、囚人達に慰み者にされた果ての末路だったね」
誰も足を踏み入れない地下室へ、追手を振り切ってアフィーリアに群がる囚人達を殺して、中心にいたアフィーリアに駆け寄った当時のベルベットの絶望に染まった表情が忘れられない。力無く膝をつき、囚人の欲望漬けとなったアフィーリアだった体を抱き締め――……静かに泣いていた。
「……、……まあ、いいや」
その時の、ベルベットの最後の行動も思い出すも口にするものじゃないと止めた。
可哀想。可哀想なアフィーリア。呪いに蝕まれ、愛してくれていた人達に見捨てられ、最後に手を差し伸べてくれた相手とも強引に引き裂かれ。残酷な死を迎えた。
今回はそうならない。アフィーリア本人に今までの記憶が戻っている訳じゃないが、その片鱗を抱いている。必死に城から、魔界から逃げ出そうとする姿を見て男は確信した。
「僕が君を連れ出してあげるよ」
――でも、今は……
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