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19話 もやもや



 

 母様を浚ったノワール分家当主アルバーズィオの身柄は、磔の部屋と呼ばれる拷問部屋に送られた。熾天使(セラフィム)と名乗った天使の身柄の行方は不明。父様にも、レオンハルト団長にも、リエル叔父様にも、アリス宰相に聞いて回っても教えてもらえず。ちゃっかり知っている筈とアシェリーを訪ねても首を振られた。ならば、と磔の部屋へ行くと決めたらセリカに阻止された。

 

 子供が入っていい場所ではない、と。

 

 ぼりぼりぼりぼり

 

 焼肉のタレをかけた胡瓜を咀嚼する。マヨネーズでも、ドレッシングでもいいのだけど個人的には焼肉のタレが一番。

 

 あれからまだ三日しか経ってない。

 

 アイリーンは母様にべったりくっ付いて離れない代わりに、私とは距離を置いている。あんな暴言吐いた相手が姉だろうと普段通りに接しろと言う方が無理な話である。私はと言えば、母様を助けに行く為でも、部屋の外に出て危ない場所へ行った。なので、まだまだ父様による続・完全監視生活は続行中。納得できない。

 

 胡瓜を焼肉のタレにつけて食べる。つけて食べる。何度か繰り返していれば、当然胡瓜の数も減り、最後の一本を食べ終えると椅子から降りた。父様の部屋には退屈凌ぎが沢山あるけど体を動かしたい。

 

 

「セリカ」

 

 

 私の斜め後ろに控えていたセリカに外で遊びたいと請うも、父様の命令で却下された。ならば、と父様に会いたいとお願いした。直接本人にお願いした方が早いよね。顎に手を当て数秒考えるとセリカは使い魔を送ってくれた。『悪魔狩り』の対応策の一つであり大きな要の結界の維持には、今回の誘拐事件を分家と言えどノワール家が起こした事件なので、魔王である父様と補佐のリエル叔父様は除外され、レオンハルト団長が結界維持に一人残った。魔力の供給源もノワール家が担う。事件が表沙汰にならない為の処置なのだとか。

 

 使い魔の帰りを待っている間、ベッドに寝転んだ。

 

 

「……ねえ、セリカ」

「はい」

「急いでたからってアイリーンに酷い事言っちゃったでしょ」

「そうですね」

「謝りたいんだよ、謝りたいんだけど」

「アイリーンお嬢様に避けられているから話かけ辛いと?」

「うっ、はい、その通りです」

「こればかりは、お嬢様の普段の行いのつけが回ってきたと思うしかないのでは?」

「うぐっ」

 

 

 セリカの容赦のない言葉がグサグサと刺さる。心に結界でも張らないとその内粉々にされそう。

 

 アイリーンもだし、ユーリも最近冷たい。これも当たり前の話なんだけどね。でも、将来の事を考えたらこれで良いのかもしれない。私にアイリーンを苛める気は更々無くても傲慢で我儘な魔王の娘、という生まれ持っての性分は早々に消えない。すらすらとあんな台詞を吐けるのも頷ける。

 

 

「お嬢様。陛下から了承のお返事が届きました。参りましょう」

「はーい」

 

 

 軟禁生活からそろそろ解放してほしいと直談判するべく、執務室にいる父様に会いに行った。セリカ付きで。

 

 執務室には、奥の執務デスクに座って書類と睨めっこしてる父様と傍に控える騎士に書類を託したアリス宰相がいた。

 

 

「失礼致します魔王へ「父様お願いがあります!」……お嬢様、礼儀がなっていません」

 

 

 気が先走ってセリカの小言も右から左に流して父様の膝に飛び乗った。

 

 

「どうした。外に出たい人間界に行きたいは聞かんぞ」

「ぐっ……な、何で分かるのですか」

「お前の言いそうな事はお見通しだ」

「ううっ!せめて庭園だけでも……!」

「駄目だ」

 

 

 ぐぬぬ……手強い。頭撫でられても絆されないよ!

 

 どう説得したら父様を納得させられる?

 

 

「セリカがいます!」

「セリカがいても駄目だ」

「アイリーンは侍女だけを連れて外に出てるのに!」

「アイリーンはアフィの様に悪さをしなければ、城の外に出ようとも思わないからな。それに、お前は目を離すと何をしでかすか分からない」

 

 

 そもそもの発端が人間界永住計画が父様に知られたから。しかし、まだ諦めてない。物語が本格的に始まってしまう前に意地でも人間界に。最悪、城から出て遠い田舎で生活するのも悪くない。東西南北の四つの地方には四家の辺境伯が領地を治めている。何処の領地に行くかはまだ未定だけど、田舎生活は最終手段。

 

 私が目指すのは人間界永住。

 

 

「じゃ、じゃあ、誰と一緒なら父様は許して下さるのですか?アリス宰相?」

「……アフィーリアお嬢様、私を巻き込まないでください」

「アリスだろうがリエルだろうが駄目だ」

「レオンハルト団長?」

「尚更却下だ」

「……」

 

 

 誰の名前を挙げても総否定じゃない!他に父様が納得しそうな相手って誰かいない!?

 

 ……あ、いる。

 

 

「諦めろ」

「……まは?」

「うん?」

「父様は?父様が一緒でも駄目ですか?」

 

 

 これは名案ではないだろうか?

 

 要は、目に見えない場所にいてほしくないのが本音。父様の部屋にいろと言うのも執務室から父様の部屋は近い。異変があればセリカがすぐに知らせに行ける。なら、父様が一緒なら余計な心配をしないでいい。私も制限はあれど外に出られる。期待を込めた眼差しで父様を見上げれば、とても四人の子供を持つ父親とは思えない非常に麗しい微笑を浮かべ頬に手を添えられた。

 

 

「可愛いなアフィ」

「うう……」

 

 

 丸で愛しい人に愛を囁くかのようにうっとりとする父様の色気に何度やられかけたらいいのやら。顔に体温が集まっていく。真っ赤に染まった顔を見られたくなくて胸に押し付けると薔薇の香水が気分を紛らわせてくれる。陛下、と窘めるアリス宰相の声が降った。

 

 

「まだ陛下の判断が必要な書類が山の様にありますが」

「少しくらいならいいだろう。急ぎの案件は先に片したし、重役との会議も今日はない。お前も偶にはネフィの相手をしてやったらどうだ」

「ちゃんとしていますよ。これでも父親ですから。只、陛下のように親馬鹿の部類に入らない程度には、ですけど」

「お前も娘を持ったら分かる。娘がどれだけ可愛いか」

「はいはい」

 

 

 適当に父様をあしらうアリス宰相って新鮮。公私をしっかりと分けている為、公私の私の部分を見られるのは結構貴重だったりする。私が見ている事に気付いたアリス宰相が頭を撫でてきた。

 

 

「アフィーリアお嬢様。ロゼの親馬鹿が嫌になったら何時でも申して下さい。暇な時間を作れない程に仕事漬けにしてさしあげます」

「おい」

 

 

 黒い。オーラが黒いよ。アリス宰相も強大な魔力を有している証拠に非常に美しい容姿をしている。線が細く、美形というより美人寄りなその顔も黒いオーラが溢れてるせいで怖いよ。私を抱く力が増し、行くぞと言われ頷いた。

 

 久しぶりの外だー!

 

 

 ○●○●○●○




 ゆっくりと歩を進める父様がやって来たのは薔薇が咲き誇る庭園。久し振り……でもないか。誘拐事件の日、瞬間移動で戻ったのが庭園だったしね。魔王の魔力によって咲き誇る多数の薔薇。色は赤が基本なのだけれど、魔界にしか咲かない青い薔薇もある。前でもそうだが、自然界で青い薔薇は咲かない。人間が造り上げた人工的な青い薔薇を除いては。左右薔薇の花壇で埋められた道をゆっくりと歩かれる。自分の足で歩きたくても断固として降ろしてくれないので父様の肩に頬を乗せて過ぎ行く薔薇を眺める。

 

 ゲーム本編が始まるのはアイリーンが16歳になった所から。自分の私室の本棚に隠してある㊙ノートを取りに行きたいな。必要な情報は全てあれに書き残してる。

 

 アイリーンとも何時仲直りしよう……出来るか不明だけど。

 

 

「あ、父上」

 

 

 見知った声が父様を呼んだ。下へ視線をやるとハイネがいた。

 

 

「あれ?アフィーリアもう外に出られるの?」

「父様付きだから出られただけ。ハイネは何してるの?」

「あ、えーと、あはは……」

「?」

 

 

 言いにくそうに、視線を泳がせると笑って誤魔化したハイネを訝しげに見下ろしていると向こう側の花壇に腰を下ろして談笑しているユーリとアイリーンがいた。

 

 私が向こうを見ていると気付いたハイネが気まずそうにした。

 

 

「あ、アフィーリア……えーと……」

「どしたの。何か変だよ」

「アイリーンと喧嘩してるんでしょ。それにユーリも……」

「あー……」

 

 

 例のアレか。

 

 唯一、現場を知らないハイネは断片的な情報しか得られてないみたいで。私とアイリーンが微妙な事もユーリとも只今微妙なせいで出所不明な噂が出回っている。

 

 ――二人の仲に嫉妬している

 と。

 

 アフィーリアがユーリを好きなのは城内にいる者なら誰もが知っている周知の事実。ゲームの記憶がある私も然り。だけど、将来魔界を出る身としては攻略対象に恋愛感情を抱いていられない。アイリーンとユーリの仲の良さを目の当たりにしても、嫉妬も抱かない。温かい気持ちで見守るお姉ちゃんの気持ちしかない。現にお姉ちゃんだし。ぶっちゃけるとユーリとハイネとは異母兄弟。で、歳は私が一つ上。近親相姦は魔界では珍しくない。というのも、強い魔力を持つ者同士から生まれる子供はやはり強い魔力を持っており、血縁が近ければ近い程それは顕著となる。故に、兄妹で結婚させる一族も少なくない。二人が攻略対象なのもその為。私はお断りだが。

 

 

「ハイネは交ざらないの?」

「僕はいいよ。丁度、父上とアフィーリアを見つけたしね」

「なら、ハイネ。お前も来なさい」

「どこへ行くのですか?」

 

 

 親馬鹿とよくレオンハルト団長やリエル叔父様にからかわれる父様の愛情は娘の私達だけでなく、息子であるユーリとハイネにも注がれている。母親の違う二人が仲良く談笑している微笑ましい光景に頬を緩め、ハイネも抱き上げると逆方向へ歩を進め始めた。恥ずかしがって辞退しようとするも私がじいーっと見つめていれば諦めてくれた。歩けない退屈さを味わったらいいわ。

 

 

「あ、あの、父上」

「着いてからのお楽しみだ」

「は、はい」

「なあに、ハイネ。緊張してる?」

「アフィーリアは慣れてるかもしれないけど僕は……」

「嫌だったか?」

「違います!決してそのようなことは……」

 

 

 顔を真っ赤にしつつ、妙に浮かない。父様の肩越しから後方を見ても、仲良く談笑しているアイリーンとユーリの姿がどんどん遠くなるだけ。またハイネを見ても顔は真っ赤だが浮かない顔。というか、落ち着かないのかな。

 

 庭園を抜けた父様はそのまま城に戻ると『騎士団』の詰所がある塔へ向かった。騎士の人達が通り過ぎる父様に一礼をしていく。兜を被ってるから皆顔が分からないんだよね。二人の見張りが左右に立っている白い大きな扉の前に来ると「開けろ」と言い放ち、重厚な扉を二人掛かりで開けた。

 

 白を基調としたアンティークな家具が置かれた広い部屋。執務デスクに座る厳つい顔のおじさんが突然の来訪者に目を丸くした。

 

 

「陛下?それに、アフィーリア様とハイネ様も」

「邪魔するぞ。ティフォーネ」

 

 

 私とハイネを降ろし、厳つい顔のおじさんが席から立ち上がるのを片手で制して私の頭に手をポンッと置いた。何で?

 

 

「アフィは会うのは初めてだったな。お前の専属侍女セリカのお父上だ」

「このおじさんが?」

「アフィーリア!騎士団長に失礼だよ!」

「ははは、構いませんよハイネ様」

 

 

 まじまじと厳つい顔のおじさんを眺めた。

 

 刈り上げられた白い髪に男性にしてはとても綺麗な白い肌、服の上からでも窺える屈強な肉体。獰猛な獣を想起させる炎に燃える瞳と蟀谷から頬へ一直線に刻まれた傷が彼が潜り抜けてきた戦場の苛烈さを物語っている気がした。

 

 

「平民街や貴族街の警備は上手くいっているのか?」

「は。『魔石』は平民街を中心に配布し、貴族には各々が所有する『魔石』と結界で対処をするようにと伝達はしております。ですが、一部の貴族にはそれが不服のようで」

「だろうな。庶民を優先する位なら、自分達を守れと騒ぐ阿呆は当然出る。で、その貴族共のリストは?」

「既にアリス宰相に提出済です」

「そうか。なら、『騎士団』は引き続き平民街の警護を中心とし任務に当たれ。結界が完成したとは言え油断は出来ない。アフィを襲った下級天使に、シェリーを連れ戻そうとした熾天使。『悪魔狩り』が始まる前から、既に魔界に入り込んでいる可能性が十分にある」

「はい。承知致しました」

 

 

 百年に一度しかない天使の昇進試験。天使にしたら最重要行事だが、私達悪魔からしたら迷惑極まりない。合図の前から魔界に入り込んでいたとしたら、私を襲った天使や母様誘拐の天使にも納得がいく。熾天使の顔が脳裏に蘇る。金髪にベビーブルーの綺麗な男の人。母様を押え付けていた時の熾天使の瞳には、私達に向けた憎悪と殺意の色はなかった。哀れみに混じって愛おしさが多分に含まれていた。

 

 ……もしかして、あの熾天使は母様が好きだったの?

 

 

「アフィーリア?」

「!な、なに」

「難しい顔してるけど、考え事?」

「ううん。何でもない」

 

 

 下を向いて黙り込んでいるとひょっこりとハイネが顔を覗かせた。考え事を悟られないよう苦笑するとまだ疑いの眼差しを向けられる。

 

 

「ほんと?」

「うん」

「ふーん。……まあ、いいよ」

 

 

 納得してもらえた?

 

 私から離れたハイネは初めての騎士団長の執務室に興味津々で室内を色々と眺め始めた。

 

 危ない危ない……。

 

 今日の夜、脱走しよう。バレて、更に長い監視生活になろうとやる事が出来てしまった。

 

 心の中でガッツポーズを取り、密かに決心した。

 

 

「……また、碌でもないこと企んでるよ。あの顔は」

 と、ハイネに見破られていたとも知らず。

 




読んでいただきありがとうございました!

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