この後はきっと
手首を押さえ治癒魔法を掛けるネフィの隣、血が淹れられたグラスを手に持つソラを見た突然の乱入者は顔を青褪めた。震える声で何をしているのかと問われたソラは困ったような顔を乱入者——アイリーンにやった。
「知ってるだろ?俺が吸血鬼なの」
「知ってる、けどっ、ネフィの血を無理矢理取ったの?」
「っんな訳あるか」とはネフィの言葉。
吸血鬼に血を吸われると性行為以上の快楽を得られ、吸血依存に陥る者が多い。その為吸血鬼の吸血行為は規制が厳しくされ、保存血液や血液錠剤で血を補っている。但しソラの場合は保存血液や血液錠剤を身体が受け付けない。赤ん坊の時から両親に血を与えられていたとは言え、どちらも使用していたのにも関わらず。
未だに不明だと本人は言うが既に分かっていた。アフィーリアを思い出したおかげで。アフィーリアの血を飲んだせいで保存血液や血液錠剤を身体が受け付けなくなった。幸い両親や他の強い魔力を持つ悪魔の血なら身体は受け付けてくれる。
こうしてネフィに血を分けてもらったのも身体が受け付けるからだ。噛まれるのは嫌だが血を与えるのは良いということでの譲歩。血を貰うのはネフィだけじゃない、アシェリーも。以前はアシェリーがネフィがしたように手首を切り流れる血をグラスに入れていた。
「酸化する前にとっとと飲んじまえ」
「はいはい」
促されるソラはグラスを傾け血を飲んでいく。ネフィの青の瞳がアイリーンを映した。
「で、アイリーンはどうした」
「姉様を連れ戻す方法を一緒に考えてほしくて。ユーリやハイネに言ったら、もう姉様の事は忘れろって、諦めろとしか言ってくれなくてっ」
現在レオンハルトが貼った結界により、魔王の血族が住むエリア以外の移動を禁じられているユーリとハイネ。記憶が戻ってもアイリーンを泣かせてばかり、周りに迷惑を掛けてばかりのアフィーリアに愛想を尽かしている。自分達が謹慎処分を受けたのは自業自得なのに、原因はアフィーリアにあると八つ当たり紛いな気持ちを持っているに違いない。純粋に姉を魔界に連れ戻したいアイリーンの気持ちは分からないでもないが事情が事情だけに簡単には協力してやれない。
何より。
「方法って言うけど始祖の魔王が今人間界への扉を封じているのにどうやって人間界へ行くの」
「それは、探せばきっとあるよ」
「公爵家の当主達が揃ってお手上げなんだから、ぼく達がやれることなんてたかが知れてる。始祖の魔王がシルヴァ公爵を鬱陶しがって扉を開けるのを待つしか他に方法はない」
「そんな……っ」
アイリーンだって頭では理解している筈なのに。大きなショックを受けたアイリーンは涙目になって俯き、小さく嗚咽を繰り返す。
「ふう……まあ、焦ったところで良いことなんて何もないんだ。大人しく待ってろ」と血を飲み干したソラが呟く。唇に付着した血を舌で舐め取り、空になったグラスをテーブルに置いていた。
「ソラは姉様に会いたくないの」
「どっちかって言われてもどっちでも良いんだよ。アフィーリアだって一度は魔界に戻らないといけないくらい分かっている筈だぜ」
全員の記憶が戻った以上は。
納得がいかないと顔を上げたアイリーンはサロンの中心に置かれているソファーに寛ぐだけで動く気配のない三人の側へ寄った。
「ならせめてユーリとハイネの謹慎処分を消してくれるようレオンハルト様に一緒にお願いしてほしいの!」
「やりたいなら一人で行けば?アイリーンがお願いすれば父さんも考えてはくれるよ」
「誰か一人でもいいから!」
「ぼくたちがお願いして二人の謹慎処分を解除してその後はどうするの」
「決まってる。姉様を魔界に戻す方法を考えるの!」
「はあ……」
具体的な策がない、思考が赴くままに動くアイリーンに呆れが多分に混ざった息を吐いた。頭の中がアフィーリアを連れ戻すだけに集中してしまい些か冷静さを失っている。
「聞いていい?アフィーリアを魔界に連れ戻してアイリーンは何をしたいのさ。アフィーリアが魔界にいたくない理由は、父さんから聞いただろう」
「人間界にいなくたって姉様が魔界にいられる方法はきっとある筈。私達のお祖父様が何もしてくれないなら、私達で姉様が助かる方法を探せばいいだけでしょう」
「あるわけないだろう」
魔界で最も偉大な魔族でさえアフィーリアの中にあるリリスの種は除去不可能だと告げているのだ。他の高位魔族が出張ろうと抑々の話出番がない。理解しようとしないだけなのか、本気で理解していないのか不明なアイリーンに呆れるのはアシェリーだけじゃない、他二人もだ。
「人間界にいた方が安全って話は理解してるか?」とソラ。
「……してるよ。してるけど、方法を探せば姉様は魔界に戻れるんだよ」
「俺の予想。アフィーリアの事だから、人間界の生活を気に入っていると思うぜ」
「わ、私や父様、母様がいないのにっ?」
「ああ。アフィーリアだって寂しくない訳はないと思うけど今後を考えれば人間界にいる方を選ぶだろうさ」
実際アフィーリアは始祖の魔王の庇護の下、とっっってものびのびと暮らしてきた。
「なあ、アイリーン。お前の目から見てアフィーリアはユーリが好きに見えた?」とはネフィ。
「ユーリ?勿論。姉様はユーリやハイネは大事な弟だって言ってたもん」
「言い方を変えるか。弟じゃなく、異性として見ていたかって話」
「そんな目でユーリを見てなかった。姉様にとって二人とも弟だもん」
片時もユーリを一人にしなかったアフィーリアであるが側にアイリーンやハイネが来ると側を離れた。これについてアイリーンの意見を聞くと怪訝な表情をされた。
「ユーリを一人にしたくない理由があったからじゃないの?」
「そんなところだ」
大方の理由は当たっている。詳しく言う必要は無いとネフィは判断し、どうしてもアフィーリアを連れ戻したいなら魔界で問題なく暮らせる方法をアイリーン自身が見つけないと意味がないと放った。途端に暗くなるアイリーンの相貌。自分一人の力でどうにかしたい気持ちはあっても力はそうじゃない。誰かの力を借りないと成せないとアイリーン自身理解している。協力を求める相手が限られ、且つ、その気になってくれないとどうにもならない。唯一頼りになると言っても過言ではない魔王はネフィが持つ夢魔の力によって未だ眠りの世界にいるまま。解除するにはレオンハルトやアリスの許可がいる。強烈な憎しみを抱く始祖の魔王がアフィーリアを連れ去ったと知ったロゼの怒りは魔界だけではなく、人間界の空にも影響した。事態が解決するまでロゼを眠らせておくのが今は良策と言っていい。
「……姉様は、もう自分のことは忘れてって言ったの。魔界の王女は一人。一人でも問題なかったからって」
記憶が戻った以上魔界の王女は二人。今までのように一人ではいられない。
「アイリーン。どうしてもアフィーリアを魔界に連れ戻したいなら、俺達だけじゃなくて公爵家の当主達に言うんだな。俺達なんかより始祖のじいさんについて詳しいんだから」
「言ったよ!でも……」
此処へ来る前にリエルやアリス、レオンハルトがいる場所に行き、人間界へ行く方法を探してアフィーリアを連れ戻すよう訴えたアイリーンであるが三者とも渋い反応であった。始祖の魔王がかけた鍵は始祖自身が開錠しないと扉は開かない。人間界に滞在しているシルヴァ公爵が説得したところで聞く耳は持たない。
仮に人間界へ行けたとしてもアフィーリアの問題解決は至難を極める。何せ、始祖の魔王ですらお手上げなのだから。
「時が来るのを待てとしか言ってくれない。なら、私だけでも姉様をって」
意地でもアフィーリアを連れ戻す意思を崩さないアイリーン。姉妹揃ってへんな所で頑固なのは相変わらずである。
不意にソファーに体を沈めていたアシェリーが動き出した。ネフィとソラに怪訝そうに呼ばれたアシェリーは振り返らず、自分を見上げているアイリーンにこんな質問をした。
「聞きたかったんだけど。アイリーンがそこまで必死になる理由ってなに?」
「理由?姉様を連れ戻す理由なんて決まってる。家族だからよ」
「家族だからって強制する権利なんてないさ。アフィーリアだってアイリーン達に恨まれるのを覚悟で人間界にいるのを選んだんだ。ちょっとはその辺りを理解してやりなよ」
「きちんと相談していたら父様がどうにかしてくれ……」
「何度も言うよ。始祖の魔王がお手上げなのを他の高位魔族がどうこう出来る訳ないだろう」
「んっ!?」
同じ内容の繰り返しとなっても引く気のないアイリーンとアイリーンの前に立った時から苛立ちが増していたアシェリー。まさかアイリーンに危害を加える気では、と密かに警戒していた後ろの二人は予想外な行動を取ったアシェリーに目を剥いた。
片腕を掴み、自分に引き寄せたアイリーンに無理矢理キスをした。泣いて嫌がるアイリーンが抵抗してもアシェリーから離れられない。
「んっ……っ……」
「…………はあ…………」
抵抗する動きが弱まった辺りで漸くアシェリーはキスを止めてアイリーンを解放した。
アシェリーに腕を掴まれたまま、俯いて泣いているアイリーンに冷たい声が降りかかった。
「アフィーリアにした時はさ、ぎゃんぎゃん怒ってたんだ。アイリーンは泣くだけか」
「ねえ様にも……していたの……?ひどいっ……初めて、なのに……!」
「身体の初めてを奪われるよりマシだろう」
「っ!!」
大きなショックを受け、更に泣き出したアイリーンを見下ろすアシェリーの紫水晶は冷え切っており。この後の事態が容易に想像出来てネフィは深い溜め息を吐いた。
「八つ当たりすんなよ」とはソラ。
「同感」
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