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鬼の手


 崩壊する。

 融合する。

 混淆する。

 彼の左腕と俺の左腕。

 妖魔の腕と、人間の腕。

 双方が壊れて崩れ、一つとして再構築される。


「――なんだよっ、これはッ!?」


 異変を認識して身を引こうとも、もう遅い。

 その頃には、すべてが終わっている。

 彼から左腕がなくなり、俺は新たに鬼の力を得た。


「俺の……腕を……」


 愕然とする彼を余所に、新しい左腕をたしかめるように動かした。

 指も、関節も、握力も、問題ない。

 まるで元からこうだったかのように、融合は完璧に成功していた。


「どうしてくれるんだ、あぁ? 腕一本生やすのがどれだけ面倒かわかってんのか」


 患部からの出血は、持ち前の再生能力ですぐに止まった。

 だが、流石に腕を一本再生させるには、それなりの苦労がありそうだった。

 すくなくとも今この場ですぐ、という訳にもいかないみたいだ。


「知らないな、そんなこと。また生えるならいいだろ。こっちは死にかけだったんだ」


 貫かれた腹の傷も、腕のあまりで補った。

 大穴は塞がり、痛みもない。

 これでまた思い通りに身体を動かせる。


「片腕を無くしたんだ。勝敗は決したも同然だろ。ここは引いてくれ」

「なに言ってやがる。もう勝ったつもりかよ」

「俺だって本当は戦いたくなんてないんだ。妖力の消耗が尋常じゃないんでな」


 本気の戦闘は、思ったよりも妖力が削られる。

 すでに丸一日分くらいの妖気を消費させられていた。

 このまま戦い続けたら、どれだけの損失になるかわかったものじゃあない。

 終わらせられるなら、ここで終わらせたいのが本音だ。


「素直に引いてくれるなら、もうここには来ない。約束する」


 俺にとってこの場所は、すでに危険地帯だ。

 無駄に妖力を消耗させられる。

 命の残量があっと言う間に削られていくんだ。

 この狩り場とやらに利点はない。


「――ハッ、ハハハッ。お前には、俺がそんなに間抜けに見えるのか?」


 彼は残った右腕を妖魔化させる。


「信じられるかよ、そんな話。ここは俺たちの狩り場だ。そう簡単に諦められねぇんだよっ!」


 話は通じなかった。

 彼は地面を蹴り、肉薄する。

 俺の言葉など、もう彼には届かない。

 これ以上の消耗は避けたかったけれど。

 しようがない。

 向かってくるのなら、叩き潰すだけだ。


「――」


 こちらからも地面を蹴って肉薄する。

 互いに間合いに踏み込み合い、先手を打つのは俺のほう。

 狐尾ではなく、この右手を彼へと向けて尽きだした。


「ハッ! 鈍いんだよっ!」


 しかし、この右手が彼を捕らえることはない。

 かるく躱されてしまう。

 だが、余程この手を――錬金術を警戒していたのか。

 彼の回避はひどく大回りなものだった。

 それ故に、彼から繰り出される反撃までに僅かな間ができる。


「あぁ、そうだな。でも、これなら――」


 その間を刺す。

 左足を踏み締めて勢いを殺し、左腕に妖力を流す。

 肌は赤黒く変貌し、肉と骨が肥大化して無骨な手を造る。

 五指には鋭爪が生え、腕力握力ともに人知を凌駕した。

 たしかに俺の動きは鈍いんだろう。

 単純な白兵戦では傷一つ負わせられない。

 だが。


「――同じなら、お前に届くっ!」


 同じなら。

 腕が彼と同じになれば、腕だけは彼に届きうる。

 この鬼の手ならば、彼を捕らえられる。


「――ッ」


 鬼の手は爪を立て、虚空に弧を描く。

 空気さえ引き裂く一撃は、彼自身にも躱しきれないもの。

 鋭爪は過程にあった彼の胴体を引き裂いて馳せる。

 鮮血が舞い、風を切る音がする。

 彼自身の肉体は損傷し、勢いに攫われた。

 宙を舞い、そして陸橋を支える柱の一つに激突する。

 勝敗は、ここに決した。


「なんとか……なかったか」


 ほっと胸をなで下ろして安堵する。

 知性のある妖魔と戦うのは初めてだったけれど。

 なんとか倒すことができた。

 まだ俺は動いている。

 死は回避できている。

 立っているのは、俺のほうだ。


「あとは……」


 妖魔化した左腕を人間化させながら、柱へと近づいた。

 そこには血塗れになりながらも、辛うじて命を繋いでいる彼いる。

 柱を背もたれにした彼は、もう立ち上がることすらできないようだった。


「く、そ……ここで、終わりかよ」


 俺は彼に狐尾を向ける。

 そして、妖力を分け与えた。


「……あ? なに……して、やがる」

「治してるんだよ。死なれちゃ、目覚めが悪い」


 元はと言えば、俺がこの狩り場に足を踏み入れたのが発端だ。

 知らなかったとは言え、俺にも非はある。

 そんな俺がこのまま去るのは、卑怯な気がした。


「それに……人殺しにはなりたくないんでな」


 彼を人と呼ぶべきか否かは疑問だが。

 人の姿をし、言葉を話し、人の意思があるのなら。

 俺はそれを人と呼んで然るべきだと思う。


「人……殺し? どういう――」

「どうだって良いだろ。ほら、終わりだ」


 傷のすべてを癒やしたわけじゃない。

 浅くはしたが、刻みつけた傷跡はしっかりと残っている。

 元気になってまた戦いになったら大変だ。

 だから左腕も返さない。また生えてくるようだし。

 死なない程度に癒やして、あとは自力で傷を治してもらおう。

 再生能力の高い鬼なんだ。死にはしないだろう。


「もうここには来ない。じゃあな」

「ま――まてっ」


 その場を後にしようとすると、彼に呼び止められる。

 柱から背を離し、地面に這いつくばるようにしてまで。


「なんで、俺をっ……治したっ!」


 またその話か。


「言ったろ。なにも死ぬことはないって、そう思っただけだ」


 獣耳と狐尾を消し去りながら、日の当たる場所に出る。

 外はすでに明るく、白んだ空もきちんと青に色づいていた。

 太陽の位置も、高くなってきた。

 そろそろ家に帰るとしよう。


「あー、大損こいちまった」


 妖力にして一日強の消費と言ったところ。

 たった一体の小型妖魔を追ったにしては、痛すぎる出費だ。

 けれど、それで得られたものもあった。

 鬼の手。鬼の力。

 一部ではあるけれど、これも生きるために必要な立派な戦力だ。


「……」


 胸に手を当ててみる。

 心臓の鼓動は、相変わらず聞こえない。

 これを動かす方法を、俺はまだ知らない。

 けれど、思いつく限りの方法を試してみるとしよう。

 俺に今できることは三つだけ。

 妖魔を捕食することと、妖魔と融合すること。

 最後に、与えられた知識を紐解くこと。

 まずは、この三つから道を探っていくことにしよう。


「けど……まずは……ふあー」


 大きなあくびが出た。


「寝るところからだな」


 夜通し狩りをして、その上で死闘を演じた。

 身の内側から迫る眠気は、尋常ではないほど手強いものになっている。

 そんな押し寄せる睡魔に抗いながら帰路についた。


「もう……無理」


 自宅に到着するなり、俺は寝室のベッドに倒れ込んだ。

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