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第二章第二節 その世界は落下し続けていた

 その世界は落下し続けていた。


 青い空の中、時折雲を突き抜けながら、木も、車も、家もそれぞれの速度で落下を続けていた。落下は果てしなく、いつ底に辿り着くとも知れなかった。


 落下速度の差から家屋も様々な落下物を追い越したり追い越されたりしながら落ち続けていた。そのため住民は窓から伸ばした網で落下物を拾い集めて生計を立てていた。時折、古い時代の酒樽などが家の側を通過して、運良く捕獲できた住民を狂喜させた。


「あなたもそうやって捕まえたのよ。」

 その家の持ち主の女性は美しい黒髪に指を絡めながらカナタにそう告げた。

 御多分に洩れず、彼女の家も何時終わるとは知れない落下の途中にあった。それでも数週間前までは他の家とロープで繋がれていたのだが、夜間に何か鋭利なものとの衝突でロープが切れてしまったとのこと。

 再度、どこかのコミュニティに加わろうと「ハエトリグモ」の様に外を伺っていたところ、意識を失って落下していたカナタを発見したとの事だった。


 かつてのコミュニティから離れて気持ちが不安定になっていたせいもあるのだろうか。ユミと名乗る三十路の女性とカナタは直ぐにそういった関係になった。カナタにとっては初めての体験であり、行為は始終ユミがリードしてくれた。


「いつから落ち続けてるかって?分からないわよ。でも、私が生まれる前の年のワインを捕まえたことがあるから、それよりは前でしょうね。」窓の縁に身体を預けたユミが物憂げに答えた。無重力落下フリーフォールに慣れている彼女は窓の桟に器用に脚を突っ張らせて身体を安定させている。この世界にも夜が来る様で、彼がこの家に来てから何度目かの夕日がTシャツを羽織っただけのユミの美しいシルエットを壁に映し出していた。


「でも、いつかは底にたどり着くはずだよね?怖く無いの?」

 未だ無重力状態に慣れないカナタは何とか下半身だけでもシーツで被おうと悪戦苦闘しながら質問を続けた。


 さあ?

 底ってどんなだろうね?


 くつくつと笑いながらユミが応じた。


「でもどうせならカナタが教えてくれた『海』に落ちるんだといいね。何もかも。」

 見渡す限りの塩水の塊で、山のような大きさの魚が住んでいて、全ての命はそこから生まれたんでしょう?信じられないなぁ。

 ユミは手にしていた水の入った瓶をそっと窓の外に押し出した。風をうけた瓶はすぐに攫われて見えなくなった。


 でもね。

 窓枠をそっと押して身体をカナタの方に押しやりながらユミは言った。

「命が塩水から生まれたっていうのは説得力があるな。」


 だってほら。

 抱きつきながらユミはカナタの手を自らの下半身に導いた。

生命いのちの生まれるところ、こんなに湿ってるよ。」


 微かな潮の匂いを感じながら、ユミの温かな身体をカナタはそっと抱き返した。何度目かの行為で、彼女の引き締まった肢体と赤裸々な反応を伺う余裕が生まれつつあったが、それでも行為が始まれば自分の旅の目的も、ここからの脱出方法のことも考えられるはずはなかった。


 窓の外は燃えるような夕暮れから、深い夕闇に変わりつつあった。


 夜空に現れ始めた星たちはこの世界で唯一その場所から動くことなく、終末に向かって落ち続ける全てを冷たく無関心に照らし続けていた。



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