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第二章一節 足元で星がカチカチと瞬いている

 足元で星がカチカチと瞬いている。


 旅の青年は目の前で拡げた自分の指先も見えない暗闇の中、先ほど出会ったばかりの少女に囁き声で問いかけた。

「ここはいつもこんなに暗いのかい?」


 そうよ。青年より更に小さい囁きが返ってくる。相手が少女と言える年齢なのか、彼には自信が持てなかった。青年-カナタはかなりの長身だが、その肩よりかなり低い位置から返事が返ってくる事から少女と想像しているだけで、囁き声だけから年齢を推し量るのは難しかった。


 囁き声は続いた。

 なのに、君ときたら杖も持たずに歩いているのだもの。いったい、キミはどこからきたの?何処に行くつもりなの?


 またカチカチと少女の足元で星が散った。

 少女は先端に尖った金属が付いた杖を硬い地面に打ち付けながら歩いていた。地面は窪みのひとつもなく滑らかで平らだったが、世界は一面の暗闇に包まれており、目に映るのは少女の杖が生む火花だけだった。少女の鋭い耳は音の反響でも周囲を探っている様で、小声で話すのは絶対に守るべきルールだと、少女にぶつかり大声をあげてしまった時に教わった。


 時折、遠方で同じ様な星が瞬いているのは、きっと別の人の杖なのだろう。少女が言う様に杖もなしでここを歩くのは不可能に近かった。カナタも少女から予備だという杖を借りて、使い方を教わりながら歩いていた。


 どうやってここに辿り着いたのか、カナタは思い出すことが出来なかった。彼は幼い頃から『図書館』と言うものを探して旅を続けていた。


 持ち物と言えばくたびれたリュックサックと首に下げたサファイアのネックレスだけだが、何処に行っても食べるのに困ることは無かった。青年は頑丈な身体を持っていた。手助けを申し出れば人は喜んで仕事を紹介し、食べ物を分けてくれた。


 それでも彼がひと所に長く留まることは無かった。生来内向的で人付き合いが苦手な性質たちだったし、いずれか又旅に出る事を思えば、敢えて周囲との人間関係を深めようという意欲も湧かなかった。周りからはいっそ薄情な人間と思われていたに違いなかった。


 ふーん。図書館っていうの? 私はしらない。

 少女がそう答えてもカナタはそれ程がっかりはしなかった。今まで多くの街を渡り歩いて来たが、誰一人として図書館というものを知る人はいなかった。


 でも、そうやって無闇に歩いてたら、すぐにニルに攫われちゃうよ。カナタの返事を待たず、少女はさらに小さな囁き声で続けた。


 この世界では時折何の前触れもなく人が失踪する事があるらしい。床に空いた穴に落ち込むのが原因だとも、得体の知れない生き物(ニル)に攫われたのだと言う者もいるが、痕跡も残さずに消えてしまうため、本当の所は誰にも分からなかった。人々が出来るのはただ用心深く声をひそめ、ニルを追い払う力があるとされる星を足元で散らすことだけだった。


 図書館を見つければニルについても何かが分かるだろうか?図書館にはこの世の全てを記した書物があると言う。そこに辿り着けば記憶の曖昧な父母や故郷に辿り着くすべが見つかると信じてカナタは旅を続けてきた。

 それにしてもこの世界に目的とする図書館は無さそうだ。カナタは声に出さずに心の中で独りごちた。図書館を作ったのが誰であれ、全くの暗闇の中に書庫を作ろうとはしないだろう。


 物思いに耽っていた青年がふと我にかえると、少女の散らす星を暫く見ていないことに気がついた。カナタは低い声で少女を呼び、自分が歩いてきた方角に目を凝らした。しかし、完全な暗闇の中で一度立ち止まると、今まで自分が向いていた方角さえあやふやに思われた。


 まずは少女を見つけなくては。戸惑いながら踏み出した一歩はしかし、地面に触れることは無かった。


 全身に浮遊感を覚えたカナタだが、暗闇の中では自分が落ちているのか、浮いているのかさえ分からなかった。どれ程の時間が経ったのか、やがて暗闇の遥か奥に小さな光が見え、急激に広がり始めたが、それをカナタが知覚することはなかった。

 いつの間にか彼は気を失い暗闇にただ身体を預け、風を切って落下し続けていた。

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