巨乳だからって調子に乗るなよ?
『では、本日の実技演習についてご説明いたします。本日、柳くんとの演習を希望した新入生はなんと百六十名にも及びました。彼には、その中から学園長によって直々に選出された五人と演習を行って頂きます』
おいおい……。
百六十人ともなれば、新入生の約七割ともなる人数だ。
お盛んな新入生が多すぎるわ。
『五名と連続で演習を行って頂くわけですが、その中で柳くんに勝利する生徒が出た場合、その生徒はSクラスとして新たに昇格し、柳くんはその生徒がいたクラスへと降格になります』
澪の口ぶりから察するに、負ければ多分降格では済まないだろう。
五戦連続というのは面倒だが、今日で一気に終わらせる事ができるならこちらとしても好都合だ。
『なお、恒例としてSクラスである柳くんの能力は全新入生に知れ渡っております。この条件下での戦闘を勝ち抜くのは、他の同じクラスの生徒でも中々に厳しいのではないでしょうか…? ここを抜ければ文句なしに鳳月学園の代表生徒だ! それでは行ってみましょう!』
アナウンスが終わると、反対側の入場口から生徒が入ってくるのが見えた。
あれは…おっぱいだ! 巨乳っ子だ!
耳より少し高い位置で髪の毛が結ばれ、歩くたびにピョコピョコと揺れている。
そう、胸と一緒に揺れている…!
あれ? でもなんかコイツ見覚えがあるな。
『一人目は、柳くんと同じくSクラス! 花園杏さんです!』
「なんでやねん!」
いきなりトンデモないのが現れた。
『えー、追記です。対戦相手が同じSクラスの場合、例え柳くんが負けてしまったとしても特に昇降はありません』
Sクラスで、相手は女の子だ。
仮に男子だったとしたら、同じSクラスであったとしても、澪の婚約者候補という事への嫉妬などで納得が出来る。
それともあれか、俺なんかが同格として扱われるのが納得出来ないって事なのか……?
巨乳がステージに上がる。
そして、俺に向かってニコっと微笑んだ。
「なんか面白そうだったから来ちゃった。てへっ☆」
「そんな理由で!? てへっ☆じゃないわ! 何しちゃってくれてんだよ!」
どうやら、中々に思考回路がぶっ飛んでいるお方らしい。
初戦からいきなりSクラスが相手というのは厳しい。
だが、同じ壇上に立っていただけあって、俺はこいつの能力を聞いているはずだ。
えーと、確か……。 たしか……。
「お前の能力なんだっけ? 忘れちゃった。てへっ☆」
「可愛くないから教えてあげなーい」
……いや、別にいいんだけどな。
俺、男だし。可愛いなんて言われても何にも嬉しくないからな。
だから可愛くないなんて言われても悲しくなんか。
「悲しくなんかないんだからね! ぐすっ」
「キミ、そんなキャラだったんだね……。ちょっと引いたよ」
「うるせえ。巨乳だからって調子乗ってんじゃねえぞ。おう? 速攻でぶっ飛ばしてパフパフしてやるからよお」
「なんでちょっとチンピラ風なの……。いいよ。ボクちんに勝てたら、好きなだけパフパフでもパコパコでも」
『おーっと、初戦からいたいけな巨乳っ子に奴隷宣言だ! 婚約者らしからぬ非道っぷり! そこに痺れる! 憧れるゥ! では一戦目開始です!』
誰が婚約者や。
戦闘開始の合図と同時に、巨乳っ子から大量の粒子が舞う。
やがて粒子はビリビリと雷へと姿を変えた。
「属性化系統か。電撃なんて食らったら、痺れてお前に憧れちゃいそうだな」
「キミは憑依化なんでしょう? 武器を取り出す時間くらいあげるよ?」
「必要ない。後も控えてるんだ、さっさと来い」
「ぼくちんを前にして、ここまで余裕な態度とる人初めて見たよ。じゃあまずはお手並み拝見、だね!」
言い終えると同時に、凄まじい電撃が放たれる。
一瞬で直前まで飛んできたそれに向けて、俺は一閃――蹴りを繰り出した。
「え? なん、で……」
巨乳っ子が茫然と声を出す。
『おーっと、今、一体何が起こったのでしょうか? 花園選手が放った電撃が、柳君の前で真っ二つになりました!』
蹴り上げた足を戻し、一直線に駆け出す。
動揺のせいか、巨乳っ子のかなり反応が遅れている。
その為、簡単に目の前まで俺の接近を許してしまっていた。
「最初に試すような真似をしたのが仇となったな」
無防備な顔に向けて、思い切り右の拳を振る――のはフェイント。
巨乳っ子は腕を上げて顔をガードしようとする。
ご丁寧にその腕に粒子を集中させていて、殴れば電撃でこっちがビリビリ
大ダメージを被っていただろう。
右の拳を止め、本命である左の拳をがら空きになった腹部目がけて振りぬいた。
「うっ……」
言葉にならない声を吐き出し、膝から崩れ落ちる形で巨乳っ子は意識を失った。
『…はっ。すみません! あまりの衝撃の連続に思わず固唾を呑んで見入ってしまってい
ました! これは…一戦目! 柳君の勝ち抜きです!』
実況の試合終了宣言にも関わらず、場内からは歓声が上がらなかった。
ブーイングが起こる……といった様子もない。
ただただ混乱して、未だにどよめきが収まらないという感じだった。
◆◇◆◇◆
『それでは、第二戦に移ります。次の対戦相手は、なんとAクラスの代表です! Sクラスに最も近かった生徒であり……』
「こんなところで観戦するとは感心せんな」
第二戦も開始されようかという時、学園長はリング付近で試合を見ていた愛娘に声をかけた。
「すみません、お父様。どうしても、近くでアイツの実力を見ておきたかったんです」
「ほう。それで、どうであった?」
「アイツは、本物です。一年前に私たちを救った、あの化物です」
「化物か。その強さが故、お前が他者から受けることのある言葉ではあったが、お前がそれを他人に評するのは初めてだな」
澪の到達しているステージⅦという領域。
才ある異能者が、その生涯をかけて目標とする所。
そこに僅か十五歳という年齢で踏み入っている彼女は大抵の者から見て、人の枠を超えた
存在、まさに人非ざる者――化物のように映っていたであろう。
そんな愛娘が、化物と評する男がいる。
◆◇◆◇◆
代々優秀な異能師を輩出してきた鳳月家に生まれ、幼い頃からその才を開花させていた澪。
家柄と異能の力、両に恵まれながらも決して奢り高ぶることもなく、本当に素直で良い子に育った。
幼い頃に母親を亡くし、父は仕事柄家を空けることも多く、寂しい思いをさせて来たに違いない。
それでもたまに帰ると、不満など何一つ口にする事はなく、いつも私を気遣ってくれていた。
そんな愛し娘の、初めてのワガママだったのだ。
『命の恩人を、助けてほしい』
親として、なんとしても答えてやらない――娘を救ってくれた男に、恩を返さない訳にはいかなかった。
借金を返すことは簡単だった。
異能師としてなした財。一線を退いて尚、養成機関の責任者としての収入を考えれば、端金といっても過言でない額であった。
ついでにそのロクでもない両親を引き離すことにも成功した。
そしてもう一つは、私が任されている養成機関への入学許可だ。
これは少し大変だった。
異能師のステージ至上主義というのは、中々に根深いものがある。
馬鹿馬鹿しい話ではあるが、一昔前までは、そこに家柄というのも重要視されていた。
家柄とステージ、その両方が備わらなければ、養成学校入学以前に、異能師を志す事すら
許されなかったのだ。
最近ではかなり薄くなったが、まだその家柄に対してすら差別意識を持つものはいる。
事実、八大校と呼ばれる鳳月学園以外の養成機関では、最低でも三代は続く異能師の家系でなければ入学は許されないという、暗黙の評価が存在している。
そんな中でステージ至上主義まで取り払うとなると、格式にこだわる方の反発は必至だった。
そんな声を黙らせる為、かなり強引だが突出した力を示してもらう他にない。
これは、澪からの提案であった。
能力を知らせた上でこの強者を連続で相手にし、勝ち抜く事。
このような無茶、世代最強と言われる我が愛娘でさえ成し遂げることができるであろうか。
選出した者は、全員がステージⅥ以上である。
家柄に関しても、ある一人を除いて高名な出身の者を揃えている。
成功すれば勿論、反発など全て一刀両断できるであろう。
だが、もしも失敗すれば私の立場などはどうでもいいが…娘である澪の名にまで傷がつきか
ねない。
ここからは、父親として、異能師としてもまっとうな判断とは言えない。
だが、見てみたくなってしまったのだ。
娘を救ったというこの男の過去は、凄惨極まるものであった。
例えこの場を切り抜けたとしても、その未来には困難に次ぐ困難が待ち受けているであろう。
全てを払いのけてやれない自分を、親としても教育者としても歯がゆく思う。
しかし、この男なら。
澪と同じく十五歳ながら、既に数多の苦境を生き抜いて来たこの柳健志という男であれば、このくらい物ともせずに乗り越えてしまうのではないのだろうか。
経歴を調べ上げるうち、私も彼に惚れ込んでしまったのだ。
もしかすると澪が彼に向ける感情以上に、だ。
この男となら心中しても構わない、そんな風に私に思わせるくらいにまで。
まずは一戦目でその圧倒的な技量を示した。
もしかしたら彼が、この異能師の世界を変える存在になるのかもしれない。
いや、もう既にその第一歩を目の前で踏み抜いた。
後の四戦が終わる頃、表立って彼を否定できるものはいなくなるだろう。
◆◇◆◇◆
「これは、少し忙しくなりそうだな」
「お父様?」
「準備する事が色々と出来た。ここで観戦するのなら、くれぐれも流れ弾に当たらぬよう気を付けなさい」
「わかりました」
澪は短く返事をすると、すぐにまた彼へと視線を戻した。
私の傍も若い頃は妻がああやって…
いや、娘はお前にはやらぬがな!
軽く彼に殺気を放ってから、私はこの場を去った。