やりすぎ
「異能学園の体育館っていうからどんなすごい施設かと思ったけど、意外と普通なんだな」
「どんなのが出てくると思ってたのよ。ここで行われるのはこういう集会か、ただのスポーツよ。異能の実技なんかには実技場を使用するしね」
「でも、ちょっと不自然だね」
「なにがでしょう?」
「見りゃわかるだろ。椅子が少なすぎる」
新入生だけで入学式を行うにしても、あまりにその椅子の数は異常だった。
「十六……ちょうどSクラスの人数分ね。」
「僕たちは、用意された席に着いておくようにって言われてたよね」
「他のクラスの人たちも見当たりませんし、座っちゃいましょう」
「ああ……そうだな」
横並びに四人着席する。
他のSクラスのやつらも、特に迷うような素振りは見せずにその席に腰を下していく。
こうして他のクラスメイトを見ると、なんかというか妙に貫禄を漂わせているやつが多い気がする。
新入生といえども、鳳月学園のSクラス。
澪や楓を始めとして、普通のやつはいないって事か。
「俺以外はな」
「何を言っているのですか。アナタがナンバーワンに普通とは程遠い存在です」
澪を挟んで一つ隣の楓がツッコミを入れてくる。
思わず口に出てしまったのは最後のたった一言のはずだ。
まさか、こいつには俺の考えが読めているとでもいうのだろうか。
「任せてください。健志の事であれば、今日のパンツがブリーフということまでわかります」
「なんやて!」
当たっている。
今日の俺の相棒は、履き心地抜群のもっさりブリーフだ。
異能などではない。
楓はその観察眼によって俺を把握している。
恐ろしい女子よ……。
「ちょっと、私を挟んでよくわからないやり取りをするのはやめてもらえない?」
「失礼しました、澪お嬢様」
「すんまへん」
俺がちょっとした恐怖体験を終えると、後ろから足音が聞こえてきた。
軽く振り向くと、二列に並んで生徒が歩いて来るのが見えた。
別に親御さんや上級生の拍手に迎えられるなんてことはないが、実に入学式らしい光景だ。
続々と入場してきて、ついには体育館の三分の一を占めたところであろうか、人の入りが止まる。
俺たちの後ろに、ビッシリと立って並んでいる。
「やっぱ少子化は関係なかったんだな」
「当たり前でしょう。Sクラス以外は一クラス40人で、A~Eクラスまであるわ。今年の新入生は全部で二百十六人ね」
「色々と詳しいんだな。恐れ入るぜ」
「それも当たり前の事よ。だってここの学園長は、私のお父様だもの」
「マジで――おっ」
会話の途中だったが、アナウンスが入った。
「只今から、入学式を執り行う。学園長からの挨拶だ。静粛に」
藤宮先生の声だな。
声だけでも息が詰まりそうになるくらい、ビシっとしていた。
やっぱり、結構俺の苦手なタイプなのかもしれない。
舞台袖から一人の男が出てきて、壇上へと上がる。
二メートルに迫ろうかという長身に、筋骨隆々と言った感じの身体つき。
まさに、熊という表現が相応しいだろう。
たっぷりの貫禄に、袴がよく似合っている。
「我が学園長の水無月章蔵だ。Sクラスの生徒、壇上へ上がれ」
話し方も豪快だった。
マイクなんかいらないレベルの物凄い声量をしている。
「いくわよ」
隣の澪に声をかけられる。
壇上の熊の娘が、この色々と慎ましめのガール…だと…?
「事実は小説よりも奇なり、ですね」
「やかましいわ」
先を歩く楓に、またもや考えを読まれる。
軽口を叩きながらも壇上に上がり、横一列に並んだ。
「回れ右だ」
なんとなくで学園長の方を向いて並んでいた俺たちだったが、どうやらご意向とは違っていたようだ。
それにしてもなんでもない一言なのに、この人が言うと無駄に迫力があるな。
「自己紹介をしてもらう。名前とステージ、異能の系統とその能力までこの場で晒せ。虚偽の発言は許さぬ。左端のお前から順番にだ」
館内が少しざわつく。
さすがのSクラスの面々も、少々困惑しているようだ。
異能師にとって、己の能力を晒すことは可能な限り避けたいはず。
手の内を知られて不利になることはあっても、有利になることはまずない。
学園長様は一体何を考えているのだろうか。
「花園杏です。ステージⅥの属性化系統で、雷を操ります」
「よし、次」
さらっと言い放ったけど、ステージⅥて…
今の段階で、この国の全異能師の中でも上位二十パーセントに入る実力ということになる。
さすが鳳月学園のSクラスというわけか。
その後も自己紹介が続き、ついに俺たちの番になる。
ここまで軒並みステージⅥ続きだ。
…ヤバい、変な汗が出てきた。
「美月楓です。ステージⅥの物体化系統で、鎌を使います」
屋敷で会った時は、なかなかお強めの~なんて目で見ていたが、なかなかどころじゃなかった。
滅茶苦茶お強めの冥土さんだったわけだ。
次は澪だな。
「水無月澪です。ステージⅦの属性化系統で、炎を操ります」
壇上を含め、体育館中がどよめく。
ステージⅦとなると、この国の全異能者中上位五パーセントの存在だ。
才ある者が、何十年という絶え間なき修行を積み重ねやっと到達出来るレベル。
ステージⅥとⅦ。数字の上では一つだが、そこには途方もない差がある。
新入生でありながら、そこに立っているものがいる。
その事実が、このエリートの集う空間にどよめきを生んでいる。
今がチャンスだ。
「直人、次変わってくれ。この流れで俺はマズイ。マズすぎる」
「いいの? このインパクトの後なら、次の自己紹介はみんなの印象に残り辛くなると思うんだけど。健志も自分の能力をあまり大勢に知られたくはないだろう?」
「大丈夫だ。その権利を贈呈しよう」
「わかったよ。ありがとう」
そういって、俺は直人と立ち位置を替わった。
まだ館内のどよめきは収まっておらず、スムーズに替わることが出来た。
「次」
「桐生直人です。ステージⅥの獣化系統で、打撃技を駆使します」
直人は獣化系統か。
この肉体であれば、異能に頼らずとも相当な打撃を繰り出せそうな気もする。
だいぶ落ち着いては来ているものの、まだ少しざわつきが残っている。
この空気ならなんとか…
「次で最後だな」
「柳健志です。ステージⅡの憑依系統で、武器を操ります」
館内が、一気に静寂に包まれる。
皆様、唖然としておられる。
だから言っただろう? 俺がSクラスはやりすぎだって……
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名前:花園杏
異能系統:属性化
ステージ:Ⅵ
能力:操雷。電撃を駆使した戦法で、遠距離戦を得意とする。
所見:名門花園家の長女に相応しいといった能力値ですね。
旺盛な好奇心があらぬ方向へ進まぬよう、しっかりと節度を持った学園生活を送ってほしいと思います。