クラス分け
そして、流されるがまま時が過ぎ。
ついに迎えちゃいました。
おはようございます。本日は入学式当日です。
今日で、この屋敷ともお別れになる。
あの悲劇の一日から二週間ほど、ここで生活をした。
冥土さん……楓と再会した時は流石にヒヤッとしたが、もう襲ってくるようなことはなかった。
屋敷の人たちは、俺なんかにも本当に親切に接してくれた。
いざ今日から離れて暮らすとなると、寂しくて涙がチョチョギレそうだった。
ここでの生活でわかったことなのだが、どうやらこの屋敷の人間はほとんどが一年前の暴動の被害者のようだ。
その現場でお嬢様や楓、そして屋敷の人たちも俺との接点があったらしいのだが、どうもそこについては話してくれる様子はなかった。
正直俺もよくは覚えていないし、構わないといえば構わないのだが。
ただ、悪いだけの記憶ではなかったのだろう。彼らが俺に向ける目を思えば、なんとなくそんな風に思えた。
屋敷の前でちょっとした感傷に浸っていると、荷物の塊が話しかけてきた。
「おはようございます。健志」
「お、おはよう。すごい荷物やね」
声からして、どうやらソレの正体は楓さんだったようだ。
荷物だけで体の五倍はあるんじゃないだろうか。
小柄な楓さんの体はすっかり埋まってしまってよく見えない。
塊の下からひょこっと生えている、ほっそりとした足が実にシュールだった。
「まだまだ足りないくらいです。本当はこの三倍は欲しかった」
「マジかよ……」
女の子には必要なものが多いようです。
「健志はずいぶんと荷物が少ない。それで全部?」
「ああ。着替えくらいのものかな。寮に生活用品なんかは備え付けられてるって聞いてるからな。困ることはないだろう」
「なるほど。特にこだわりがなければ、それで充分ですね」
俺の荷物といえば、大きめのスーツケース一つだ。
学園や寮の事は、事前にある程度お嬢様から説明を受けていた。
食と住が用意されているなら、あとは衣があれば充分だった。
「それで、お嬢様は?」
「もう少しで降りてこられる。精いっぱい尻尾振って待ってて」
「ワン!」
「健志にはプライドってものがないのですか……」
「プライド? 腹が減ったから食った。実に犬っぽいだろ」
楓とじゃれていると、お嬢様が姿を現した。
こちら向かって歩いてくると、手を俺の前に突き出してきた。
「お手」
「クゥーン……」
「何で怯えてるのよ!」
「権力者には弱いんだ」
「嫌な犬ね……」
ここ二週間で、お嬢様とも少しブラックな会話が交わせるくらいの仲になっていた。
「バカなことやってないで、行くわよ」
そういったお嬢様に続いて、俺たちは用意されていた車に乗り込み学園へと向かうのであった。
◆◇◆◇◆
学園の門の近くまで来ると、車は止まった。
どうやら、車で送られてきている生徒が多いらしく、列が出来ているらしい。
「ここまででいいわ」
運転手さんに声へをかけ、お嬢様は降りる準備を始める。
それに続いて俺たちもシートベルトを外し、外へ出た。
「こんな朝から見るからに高そうな車でお見送りなんて、お嬢様以外にもリッチな奴が多いんだな」
「別におかしなことではないでしょう。在校生は勿論、入学する生徒の中にも優秀な異能師のご子息は多いわ」
「あー。それは納得だわ」
異能師の仕事は、戦闘絡みで命に関わるものが非常に多い。
だからこそ、その見返りは決して安いものではない。
名の知られる異能師ともなれば、一度の任務で十年は遊んで暮らせるとも言われるほどだ。
そのご子息であれば、恵まれているのにも納得がいく。
「そういえば、お嬢様のご両親も有名な異能師なんだよな?」
「学園でお嬢様はやめて。澪でいいわ。そうよ。適性系統はお父様と同じね。」
異能は高確率で遺伝する。
優秀な異能師の血を受け継いだご子息なら、才能の面でも不自由することはなかっただろうな。
「私は、お母さまからですね」
荷物……に埋まった楓も誇らしそうに語る。
楓の能力も相当なものだ。親も優秀な異能師であることに違いない。
だとしたら、なんで楓はメイドなんてやっていたのだろうか。
うーん。人の事情にずかずか踏み込むもんじゃないよな。
俺は一旦、この疑問を胸の奥にしまうことに決めた。
「俺みたいに親が非能力者っていう人間は、もしかしたらこの学園では少数派なのか」
「一般の学校に比べれば、決して多くはないわね。そもそもこのレベルの異能学校に入るともなれば、ス
テージは勿論、家柄も求められるものよ。ここは実力主義を掲げて、そういうのは極力排除してるからかなり緩いけどね」
「どっちも大したことない俺みたいな奴はあれか、所謂サンドバック要因ってやつか? 顔だけはやめてくれな。俺からイケメンをとったら何も残らなくなってしまう」
「はいはい。こんなところで話していても仕方ないわ。とりあえず、クラス分けでも見に行きましょう」
「せやね」
俺たちは、少し離れた学園の門へと向かって歩き出した。
◆◇◆◇◆
門をくぐり学内へと進むと、正面に噴水が現れた。
その向こうに、人だかりが見える。
迷わずその方向歩く澪、それに俺と楓も続いていた。
そこには掲示板があり、どうやらクラス分けが発表されているようだった。
「人だかりが多すぎてよく見えないな」
「当然、三人とも同じクラスよ」
「そうなのか? というか当然て」
「澪様のお力なら当然です」
どうやら、澪の中ではもうこの事は決定事項だったらしい。
「この学校は実力によってクラスが分けられるわ。最も上位のクラス――Sクラスは当然の事よ」
「ですです」
荷物が前後にゆさゆさと揺れる。
相槌を打っているのですね楓さん。
エリート学園の新入生の中でも、さらに選び抜かれた奴らが集まっているってことか。
この二人の実力なら、確かに納得はできるが…
「俺って裏口入学なんだよな? さすがにSクラスってやりすぎじゃないか」
「問題ないわ。あなたが真面目にやればね」
「ばねばね」
「ありまくりだわ! 変な期待はやめてくれ。足引っ張ってイジメられること間違いなしだ。今から震えが止まらないぜ」
靴に画鋲でも入ってた日には、すぐに先生に言いつけて泣きじゃくってやるからな。
……本気で泣くぞ? Sクラスから全教室に響き渡る大号泣を見せつけてやるぜ。
「バカなこと言ってないで、さっさと寮に荷物を置きに行きましょう」
「そうですね、さすがに私も抱えっぱなしだと辛くなってきました」
「せやね。置いてから今度は教室で」
「じゃあ、また後でね」
澪の一言を最後に、俺は二人と別れて男子寮へと向かった。