魔のチケット
・前回のあらすじ!
直人はアイソメトリック・トレーニングを開始した。
だが、そこで現れたのは…!!
◆◇◆◇◆
彼は手を合わせ、力を込め始めたその時…!
『異常発生。五○二号室。直ちに急行してください』
機械の様な声が聞こえた後、サイレン音が部屋中に鳴り響く。
そして、部屋の扉が開き、を白衣の方がこちらへと駆けて来た。
「桐生さん!」
「は、はい」
サイレン音が鳴りやむ。
「…この警報音が鳴ったという事は、何か損傷部位に異変が起きたという事です」
「は、はあ…。」
「桐生さん、まさかそれは…。アイソメっていたのですか?」
看破される!
「す、すみません」
「この棟にいる間、故意的に身体に負荷をかける行為は厳禁とさせて頂きます。よろしいですね」
「わかりました…」
「では」
去る。身を翻し、白衣をサッと広げながら。
白衣の方は颯爽とその病室を後にした。
「そんな…アイソメることもできないなんて…」
呆然。
直人は呆然としている。
非情。
まるで筋肉の無言の悲鳴が聞こえてくるようだった。
◆◇◆◇◆
そしてついに迎えたのだ、全てから解き放たれる今日というこの日を…!
「退院…。退院だ…!」
歓喜。
血沸き肉躍る。今日からの筋肉ライフを思い浮かべただけで、この身が沸き立つ…!
「よし! 行こう!」
直人は窓を開け放った。
既に背中に違和感はない。正直に言えば、もう傷を受けたその日夜には完治していた。
念のための安静を強いられたこの二日間、彼は、彼の筋肉は限界を迎えていた。
「ゴゥ!!!」
彼は窓から身を乗り出し、飛び立った!
ここは五階。常人であれば無事では済まない高さである。
しかし、彼は常人ではない。この国の上位二十パーセントに入る異能の使い手。
若干十五歳にしてその域に到達し、ここ名門と呼ばれる鳳月学園の最上位クラスにその名を連ねる、スーパー筋肉なのだ!!
「五! 点! 着! 地!!」
無謀とも思われる高さからの着陸。
つま先から降り立ち、身を転がすようにして衝撃を受け流す。
立ち上がった彼は…なんと無傷! これは異能による力ではない。ただ固いだけではない、柔軟さも併せ持つ黄金の筋肉があってこそ成し遂げることにできた業である!
彼にとっては、この様な技でさえ朝飯前。
「帰ろう!」
一つ空に吠えて、彼は駆け出した。
早い、速い、疾い!
本来であれば数分はかかるその道のりを一分もかからずに駆け抜けた!
そして辿り着く、愛しの筋肉部屋へと。筋肉はまだまだ準備運動にすらなっていないとピクついて訴えて来る。
しかし、それもつかの間の事となるだろう。
この部屋へと入り、個室へと向かえばそこは桃源郷。あらゆる負荷を与えに与えてくれる機材が待っている。
そう、彼の部屋はジムと化しているのだ…!
「ただいま!」
元気良く挨拶! 今はまだ眠りについているであろうルームメイトに向けて、容赦のない一撃!
そして、脱ぐ。脱ぎ捨てる。
この身を縛り付けていた違和感のその全てを薙ぎ払う!
裸族の理、ここに在り…!
「あっ…」
そして本来の姿を取り戻し、リビングへとたどり着いたその瞬間。
直人、絶句…!
予想だにしない展開。ちゃぶ台の前には、人が座っていた。
愛すべきルームメイトではない。先輩である。あの風紀委員の北条先輩である…!
彼女は女性。自分は漢。
未婚の女性を前にして、男が全裸で仁王立ち。
これは…。これは…!
「…も、申し訳ございません!!」
筋肉、その場で身を翻す!
通って来た通路の服を拾い集め、装着する!
「あの、背中は…」
衝撃の光景が去り、リビングへと一人取り残される先輩。
彼女は目撃していた。彼の背中を――その無数の傷跡を。
それを見て彼女は想う。背中の傷は戦士の恥などというが、彼のそれは全く違う物なのであろうと。
彼が戦いから背を向ける姿は、彼女には想像できなかった。
だが、彼がその身を投げ出して背中で誰かを守る姿であれば、あまりにも容易に想像することが出来た。
彼に救われたのは、きっと自分だけではない。
あの幾多にも重ねられた傷跡。その数だけ救われた人間がいるのであろうと。
その誇り高き背中を見て、彼女は思わず溢れ出した涙を抑えることが出来なかった…。
◆◇◆◇◆
「よし!」
着衣を済ませてリビングへと戻った直人。
再び絶句…!
「うっ、ぐすっ…」
泣いていた。
先輩は涙を流していたのだ…!
あまりの事態に筋肉は硬直している。
意図していたものではないにしろ、これは立派なセクハラだ。
なんと詫びればよいのか…。まずは、行動あるのみだ。
膝をおり、手を床につく。
そしてそのまま勢いよく、頭まで床へと叩きつけた!
「申し訳、ございませんでした!」
土下座!
額をジリジリと床にこすりつけての、土下座!!
彼が考えるこの場での最上級の謝罪の形である。
「え、こ、これはそういう事じゃなくて…。頭を上げてください!」
困惑したような声を出す先輩。
ショックを受けているにもかかわらず、こちらに気を遣ってくれているとでもいうのだろうか…?
あまりの慈悲! 感極まる!
「それは、できません…!」
涙! 額をさらに強く地へとこすりつけて詫びる!
この優しさを無条件で受け取ることはできない!
罰を、この悪に厳正なる処罰を…!
「そ、そんな…。あ、あの私こそ、本当にごめんなさい!」
土下座! なんと土下座!!
人気のない密室に年頃の男女が! 二人! 向かい合い! お互いに、土下座…!!!
「そんな、こちらこそ!」
「いえ、こちらこそ!」
あまりに異様な光景!
数分によって同じやり取りが繰り返されたのち、二人はようやく誤解を解き、ちゃぶ台を挟んで向かい合うことが出来たのであった。
◆◇◆◇◆
「なるほど、そういう事でしたか…。本当にいろいろとお恥ずかしい物をお見せしてしまって」
「もうお互いに謝るのはやめましょう、ね? 今日は桐生君と柳君に感謝を伝えに来たんです。少し失礼かなとは思ったのですが、どうしても早く伝えたくてここへと訪れて、それで…」
「誰もいなかった、と」
「そうなんです…。でも扉は開いているし、どうしたものかと。これも失礼だとは思ったのだけれど、どちらかが戻ってくるまで中で待たせてもらっていたんです」
「なるほど。きっと、健志は水無月さん達の所にでも行っているのでしょう。こちらこそ、わざわざ留守を守って頂いて、本当にありがとうございます」
軽く頭を下げた。
「いえいえ。あの、さっきから気になっていたのですけど、その首元のバッジ…」
「え? これですか? 昨日健志とじゃんけんで勝負して、その褒賞にと貰ったものなのですが…」
「まさか…そんな…」
先輩が驚愕といった表情を浮かべている。
「あの、これが何か…?」
思わず尋ねる。
「桐生君…。柳君は、昨日まで風紀委員会の会長だったんです」
「え!?」
あまりの驚きに、全身の筋肉がピクリをあげる。
「前会長の風間さんを倒して、その座に就いていたのです。その証こそが、バッジです。そして、あなたは会長であった柳君に勝負で勝を得て、そのバッジを手にしました。と、いうことは…」
「ま、まさか…」
「現風紀委員会会長は…。桐生君、あなたです」
直人、本日三度目の絶句…!!
そして、このバッジこそが彼を再び病院送りへと誘う、魔のチケットであったのだ…!!




