何者
「あなた、今、何をしたの…?」
「俺の熱いハートの前じゃ、そんなちっぽけな氷なんて無力だったって事だ」
「訳の分からない事を言わないで! そんな事で私の礫がいきなり消えてなくなるわけがないでしょう!」
「あれだ、事実は小説より奇なりってやつだな」
何という事はない。俺は風の壁を作り出した。
礫程度ではその壁を貫通することは出来ず、通り抜けるまでにゴリゴリと削られて消え失せていく。
結果として、俺の前で全ての礫が突然消えたように見えたのだろう。
コイツでは俺の足元にさえ及び得なかった。ただ、それだけだ。
そんな事よりも、俺にとっての奇はまさに今のこの状況だ。
森にいた奴ら程度なら、あーちゃんでも坊ちゃまを守って数分くらいは持ちこたえることが出来るかと思っていた。
まさか、ご当主代行様自らがハッスルしていらしゃったとは…。
「じゃあ、宣言通り今からお前をぶっ飛ばすわけだが。何か言い残すことはあるか?」
「馬鹿な…馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 殺気にビビッて腰を抜かす様なこの虫が! 何で何で何で!」
「駄々っ子みたいなこと言うなよ。今更ぶりっこしても遅いからな。健志さん許しません。それと、本物の殺気っていうのは、こういうモンだ」
ただ一つの意志を持ってそれを発する。
お前を殺す、と。
純粋な一心だからこそ、それは意味を成す。
「ひぃっ…」
それを受けた怜が後ずさる。
やはり、コイツは小物だ。どうしようもないくらい。
ならば、この後の行動も手に取るようにわかる。
「く、来るな来るな来るな来るなあっっっ!」
もはや狙いなど定まらない礫の乱射。
避けるまでもなく、一歩、また一歩と狂人の元へと向けて歩みを進める。
「来るなって言われたら、余計行っちゃいたくなるよな」
「ハァー…。ハァー…。じゃあ、こっちに来い…」
息も切れ切れに、健気にも怜は返答した。
「おっけー」
「なっ…」
可愛いところもあるじゃないか。
「よっ!」
そして難もなく、俺はそいつの前に辿り着き、手を上げて挨拶した。
「お前の…お前のせいで全てぶち壊しだ…! 私の全てがここで終わってしまった…。一体、何者なの、お前は…」
「えーと…、そうだな…。俺は――」
何者、と来たか。
海賊王になる男、火影になる男、ついでに霊界探偵までもう使ってしまった。
次がちょっと思い浮かばない。
ここは、オリジナルでバシっと決めるとしよう。
「俺は――お嬢様に高校生活を一億円で買われた男、だ!!」
言い終えると同時に拳を放つ。
見事に彼女の顎へとアッパーカットが決まる。
そして、その衝撃で吹き飛び、壁をぶち破ってさらに空高く飛んでいく。
こうして藤宮怜は――星となった。
◆◇◆◇◆
事件から三日経過した日の午後。
俺は使用人の方々と庭に集まっていた。
所々で肉やら野菜の焼ける音がして、なんとも食欲をそそる刺激的な臭いが鼻に入ってくる。
ハッハッハ!
そして、所々から大きな笑い声が飛び出し、騒がしく耳に入ってくる。
そう、俺たちは宣言通りバーベキューを楽しんでいた。
あの出来事の後なので断られるかと思ったが、彼らはもう一度快く引き受けてくれた。
後は、全員が揃えば俺の作戦は完遂する。この場には、笑顔が後二つ足りないのだ。
小物を星にした後、すぐ様に救援の部隊が屋敷へと訪れた。
折角駆けつけたのにもう全部終わっていました――では可哀想なので、念の為に戦闘で負傷した坊ちゃまとあーちゃんを病院まで運んでもらった。
ついでに、小物と謎の十人も。
だが、この中の負傷者と言えば最後に星になった小物くらいだ。
これは、ポチの力――治癒能力のおかげだ。
別にあの謎の部隊を治してやる義理はなかったのだが、やはりこの屋敷で人死にを出すのはどうにも気が引けた。
あのまま放置していけば間違いなく三途の川越境超特急だったので、仕方なくポチに頼んでやったというわけだ。
そして、そっちの方の後始末は先生の方で片を付けてくれるらしい。元々がお家問題だ。話し合いともなれば、俺が出る幕はない。
そんなことよりも今日だ。
大事を見て仲良く三日間、検査入院する事となっていた二人が戻ってくる事になっている。
迎えの人が出てからの時間を考えると、もうすぐ二人を連れて帰ってくるはずだ。
ふと門まで続く一本道の方を振り返ると、車がこちらに向かってくるのが見えた。
それはこちらへ近づくとだんだんと速度を落とし、やがて少し手前で停止した。
後ろのドアが開き、愛すべき俺の待ち人が登場する。
「よ。なんだお前ら、熱いじゃねえか」
車から降りた二人がこちらへと近づいてくる。
その手を、握り合いながら。
「茶化すなよ!」
少し顔を赤くした坊ちゃまが抗議の意思を伝えて来る。
「舞様と、颯介様から全て聞いたわ。貴方が私を――いいえ、ここに居る皆を救ってくれたのね」
尊敬ににな眼差しを真っすぐとこちらに向けて、あーちゃんが話す。
「か、勘違いすんなよ。依頼だ依頼。金貰ってやってる事だ」
「僕と朱音を仲直りさせようとしてた事も?」
「うるせえ」
ちょっと恥ずかしくなって来た。
そんな俺を見てか、あーちゃんがフフッと一つ、可愛らしい笑みをこぼす。
「それでも、これだけは言わせて。本当に、本当に――」
「「ありがとう」」
ピッタリと息を合わせて、二人から同時にお礼を告げられた。
「ああ。もう聞くまでもないと思うが、二人ともちゃんと仲直りできたんだな」
「仲直りというか…僕が一方的に悪かったんだ。簡単に許してもらえるとは思ってない。でも、これからはずっと、僕はこの手を離さない。わがままかもしれない。けど、朱音には僕の側にいて欲しい」
「ふふ。病院でも何度もお話しましたよね。そのように思われる必要などないのです。私はずっと、颯介様のお側におります」
「朱音…」
手を繋いだまま颯介は朱音の方を向き、踵を上げて少し背伸びをする。
その挙動をしっかりと目で捕えておきながらも、朱音はあえてそれを受けた。
やがて颯介の小さな唇が朱音の頬に近づき、小気味の良い音を立てた。
その何とも微笑ましい光景に、俺は思わず苦笑いをこぼした。
ふと、思い出してしまったのだ。この屋敷に来て初めて見た二人の姿を。
激昂して振り上げた拳は、今や頬への口づけとなっている。
何か悲しい決意を感じさせていたその目は、今や慈しみに溢れた幸せな目となっている。
この二人なら、もう心配はいらないだろう。
「じゃあ、俺、行くわ」
二人の横を通り過ぎて、振り返らぬまま軽く手を上げる。
「え? まだ一週間たってないよね?」
「体感時間の問題だな。俺の中ではもうとっくに経過してる気分なんだよ、やることもなくなったし、帰るわ」
「そんな…。せっかくだし、あと二日くらいゆっくりしていきなさいよ」
「色々と学園委放り投げて来てるモンもあるからな。そろそろ戻ってやらないといけねえ」
「そうなんだ…。また…会える?」
「学園からここまでもそう離れちゃいないんだ。気が向いたら顔出しに来るさ」
「ちゃんと、来なさいよ。その時は、今度こそキッチリ護衛について教えてあげるから」
「おう」
最後にそう言って、俺は車へと乗り込んだ。
◆◇◆◇◆
「よ、少しぶりだな。じいさん」
「これはこれは。5日ぶりですかな」
「なんか自分と久しい感じがするんだよなあ。色々あったせいで。じゃあ、学園まで頼むわ」
「かしこまりました」
向きを返して、車がが走り出す。
最後に、一度だけ後ろへと振り返る。
そこには、俺が求めていたものがあった。
ついでのおまけも。
仲良く並んで、手を振ってくれている。
あるべき姿に戻った、坊ちゃまと護衛さんが。ついでに、その後ろに大勢で並んだ使用人たちが。
一つ手車の中からを振って返して、すぐに正面へと体を戻した。
「…引き返しましょうか? そんな涙を流されるほどに別れが惜しいのでしたら」
バックミラー越しに、じいさんが苦笑いしながら問いかけて来る。
「の、覗き見なんて趣味が悪いぜ。ちゃんと前だけ見て運転してくれ」
「かしこまりました」
俺とした事が、どうもあの二人の様子に調子を崩されてしまったようだ。
袖で一つ目を擦って前を向く。
じゃあな。ちゃんと宣言通り、ハッピーエンドまで連れてきてやったんだ。
仲良くしなかったら今度は星どころじゃない、月の刑だからな。
車がちょうど屋敷の門を抜ける。
もう見えなくなったそいつらに向かって一言を残して、俺は学園へと戻った。
――――――――――――――――――――――――
By your side 完




