狂人
今日もう1話か2話投稿します。
「いーち。ぜろ。はい、終わりな」
大人しく引き下がってくれることなど期待していなかったが、かといってこの指が全て畳まれるまでに前進を試みてくるだろうとも思わなかった。
実力を持ちながらも、こんなくだらない事に手を貸す様な奴らだ。その素性も、ロクなモノではないに決まっている。
下がったところで、コイツらに待ち受ける未来はそう変わったものではないのだろう。
俺が作り出したこの時間は、別にコイツらに選択の余地を与える為のモノではない。
全員の正確な居場所を掴む為の、俺にとっての時間稼ぎだった。
俺はこの場所に立ってから、異能で言うところの幻化、もしくは属性化に当たる能力を再現していた。
微弱な力を飛ばし、その跳ね返りによって人間の位置を把握するといった能力だ。
殺気を受けた事によって多少なりとも動じているこいつらにとって、その微弱な力は恐怖からくる悪寒だとでも勘違いをしている事だろう。
その程度の力なので、十人全員に辿り着く速度も、跳ね返ってってくる速度もかなり遅い。
だからこその、時間稼ぎだった。
「じゃあな」
俺は右手を前へと突き出し、新たに能力を発動する。
一瞬、俺の手の先の空間が歪む。
そこから、轟音と共に風の弾丸が放たれた。
弾丸は進む。十人の潜む各地点へと。
そしてそれが、俺の狙い通りに命中した事を確信する。
それぞれが木々の間から飛び出してくる。俺の視界の――必殺範囲の中央まで。
その一瞬に居合いの構えを取り、俺は空の手元へとソイツを呼び出した。
「来い――村正宗」
そして、現れたその刀を一振り、鞘から全力で抜き放って打ち出した。
その斬撃が駆ける。
最初に放った風弾は、あえて全弾を直撃からわずかに外れる位置に狙いを定めていた。
避ける事がように。そして、奴らは実力者であるからこそ、最適な回避方向へと誘導される。
森の奥ではなく、開けた一本道の方へ――俺の、正面へと。
風弾の威力はそれなりに高い。だが、ある程度の実力を持つその相手に致命傷を追わせることが出来るかとなれば、それは怪しい所となる。
だからこその、確実な選択。
実体化されたこの刀に、慈悲はない。手加減という物を知らないのだ。
この刀は相手の害意に反応する。その意思がなくなるまでは、俺の言う事すら聞き入れはしない。
完全に俺の動きを支配し、相手を完全に無力化するという目標が達成されるまで、消えることは無いのだ。
だからこそ、安心出来る。この刀が現れ、そして抜き放つことが出来たという事。
それは間違いを無く奴らが俺に対してか、俺が守ると定めたものに対して害意を持って臨んできたという事だ。
安心して、切り伏せる事が出来る。
数瞬後、斬撃が奴らを捉えた。
雨が降る。
予兆のあったその空から、激しく水が振り落ち、地面を打ち叩く。
しぶきが飛ぶ。
空よりも遥かに低いところから、赤く染まったそれらが降り落ち、地面へと激しく打ち付けられて血のしぶきを飛ばす。
そして、全幅の信頼を置くその刀は、俺の手の中から消えた。
颯介を離したのは、彼をコイツらから守り抜く自信がなかったからではない。
この光景を見せる訳にはいかなかったからだ。
拳で語り合い、雨降って地固まる――そんな幸せな話とは次元が違う。
これは、後にも先にも残る物などない、唯の行為なのだ。
そこに意味を求める方が間違っていると、俺はそう思う。
「来い、ポチ」
指を一つ鳴らす。
いつものようにそいつはその愛らしい子犬の姿で俺の隣に現れた。
「頼んだぞ」
ワン。
その一言を聞いて、背を向ける。
そして、屋敷へと向けて俺は全力で駆け出した。
◆◇◆◇◆
颯介と遭遇したと部隊から報告を受けた怜は、屋敷の中である行動を開始しようとしていた。
今回の騒動に合わせて邪魔者を一掃する――彼女自らの手で、それを為そうとしていた。
彼女は気付いていた。
この屋敷の者が自分へと向ける、その視線に。
颯介や朱音に向けられるものとは全く違っていた、その感情に。
全員クビにしてしまう事も容易かったが、それではつまらない。
一人一人、その忌々しい目を潰して周ってやる。
弟を殺すと計画を立てたその日から、この一方的な殺戮も同時に行うと決めていた。
この屋敷で働く者は、ある一人を除いて全員非能力者だ。
いざとなれば、全員一撃で吹き飛ぶようなカス揃い。
彼女はこの狂気を開放できる日がついに訪れたという事に、喜びを隠せなかった。
「目についた人間を片っ端から始末しよう。押さえつけて、しっかりとその目を抉ろう…フフ…」
狂気に満ちた笑みを浮かべ、彼女は部屋から出た。
階段から降りて、使用人たちの活動する下の階へと向かう。
大階段を下り終えたところで、体格の良い、一人の中年メイドの姿が目に入った。
そのメイドの事はよく知っている。話好きな性格で、良く自分の悪口を触れ回っているという事も、彼女は知っていた。実に目障りな者の一人だ。
「ああこれはこれは、怜お嬢様。おはようございます。今日は嫌な雨ですねえ」
「そうですわね。でも、私にとってはあなたの方が百倍は不愉快ですわ」
「は、はあ…」
メイドはそう答えて、困惑した表情を浮かべている。
一歩、また一歩。その不愉快に彼女は近づく。
そして手の届く距離まで接近し、一言を告げた。
「前からね…こうして差し上げたいと思っておりましたの」
彼女の腕がメイドの首元まで伸びる。
そして、そのまま首を掴み力を込めて締め上げた。
「うぅ…」
苦しそうに声を上げる。
だが、メイドは抵抗することが出来なかった。
その手足を、いつの間にか氷で固められていたからだ。
これは、藤宮怜の持つ異能である。
彼女は、腕を伸ばすと同時に異能を発動させていた。属性化の能力を持つ彼女は、氷を操ってメイドの手足の自由を奪い取った。
メイドの目が恐怖で染まっていく。
それを見つめているのもまた一興ではあったが、彼女は一度その手を離してやった。
むせかえるメイドを尻目に、自らの手中に先の尖った氷を創り出す。
「やっぱりその目、気に入りませんわね…。生きたままっていうのも、面白そうですわ」
言い終えて片手を出し、メイドの顎を掴んで顔を固定させる。
もう片方の手で、氷を先端を見せつつ、ゆっくりとそれを目の方へと近づけていく。
「あ、あ……」
あまりの恐怖と絶望からか、すでにメイドから漏れ出るその声は言葉になっていなかった。
氷への恐怖だけではない。その少し奥にある彼女の表情。
濁り切った眼を見開き、歯をこれでもかと剥き出しにして笑む、その狂気に満ち満ちた表情。
これが絶望という物なのだと、そう教えてくれている。
「くっ…!」
氷がその球体を突くまでに後数センチ、数ミリと迫る。思わずメイドが目を閉じた時、彼女は突然身を引いた。
大きく、後ろへと飛んで距離を取ったのだ。
「ハイ!」
掛け声とともに、何かが飛んでくる音がする。
次にメイドが目を開いた時に目にしたのは、先ほどまで狂人が立っていた場所に踵を振り落としている、朱音の姿だった。




