表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お嬢様に俺の高校生活を一億円で買われました  作者: てないお
ボーイ・ミーツ・ガールズ
3/35

親切なお嬢様

 屋敷までは、そうかからなかった。

 入り口付近まで近づくと、執事さんらしき人が立っているのが見えた。

 白髪交じりの髪を中央で分け、温和な表情をしている。

 細身だが、なぜか貧弱そうといった印象は受けず、燕尾服がよく似合っていた。

 

 こちらに気付いたのか、すぐに俺と目が合う。

 ……何故だろう、この人からもメイドさんと同じ眼差しを感じる。

 でもさっきがさっきだったからな…ちょっと警戒しながら近づく。

 

「柳様ですね。お待ちしておりました」


「どうも。アンタは俺を冥土送りにしようと……しないよな?」


「とんでもございません。私は執事ですので」

 

 この人とは、ちゃんとした会話が出来そうだ。

 言葉のキャッチボールが成立している。

 感動のあまり、涙がちょちょギレそうだった。


「安心した。なんとなくおぶって来ちゃったんだけど、このメイドさんはどうすれば良い?」


「なんと……ご迷惑をお掛け致しました。こちらでお引き取り致します。お嬢様がお待ちですので、中の方へとどうぞ」 


 俺はメイドさんを背中からおろし、執事さんへと抱え渡した。

 すると、一人でに屋敷の扉が開いた。

 

「二階奥がお嬢様のお部屋となっております」


「どうも」


 軽く一礼して、中へと足を踏み入れた。

 少し進んだところで、バタンッと後ろの扉が一人でに閉じられる。

 ……門の時は気のせいかと思ったけど、やっぱりこれは逃がさないっていう意志表示なのか。そうなんだろう?

 

 屋敷の中にはあまり人の気配は感じられなかった。

 キュートな使用人さんが部屋まで案内してくれるとか、そういったことはなさそうだ。

 入って正面スグが階段だったこともあり、特に迷うこともなくそれらしき部屋の前にたどり着くことが出来た。

 

 うーん。

 最初のメイドさんがぶっ飛んでいただけで、特別俺に対して警戒しているという訳ではなさそうだ。

 それどころか、色々と不用心すぎる気もする。

 考えてもわからないことは、聞くのが一番早い。

 この扉の向こうにいるというお嬢様なら、全部知っているだろう。

 

 このまま扉を開けて――いや待て。

 お嬢様というくらいだから、恐らくそう年も離れていないような女の子なのだろう。

 ならばわかる。何の前触れもなく、人が自分の部屋に踏み込んでくるあの恐怖が。

 色々と見られたくないものもあるだろう。

 ここはきちんと紳士的に行くぜ。 

 扉を軽くノックする。


「少し待ちなさい」

 

「わかった」


 ……ふぅ。危なかったな。

 このまま何も気にせずに踏み入っていれば、プチ悲劇は免れなかっただろう。

 俺も母さんに散々苦しめられた身だ。

 簡易的に部屋を整えるのに、だいたい五分くらいはかかっちゃうよね。

 とりあえず床に散らかってる物をタンスにぶち込んだり、机の上のリモコンとかペンを全部真っすぐにして揃えてみたり。

 

 あー。なんか恥ずかしいことを色々と思い出してきた。

 そう、俺はあの日、自分の部屋で未知の領域に踏み込もうとしていた。

 週刊誌にある袋とじページの開封だ。ハサミを手に取り、袋に手をかけたその瞬間…信じられるか?  

 思春期の! 息子の部屋に! ノーノックで!


「母さんの野郎! こんな風にいきなり扉を開いて押し入ってきやがったんだ!」


 あ。


「ちょっと……」 


 回想に感情が乗り過ぎた。

 気が付くと、お嬢様の扉を開け放ってしまっていた…。

 ……。

 ………………!!!


 女の子と目が合う。

 肩のあたりまでかかっているサラサラとした黒髪の下から、気の強そうな瞳が覗く。

 顔だちを見るに、メイドさんと同じく年は近そうだ。

 体つきは…全体的に華奢で、慎ましい感じだった。

 白い布地一枚で隠されているだけなので、結構ハッキリとプロポーションがわかる。

 つまりは、お嬢様はお着替え中だった。

 

「す、すまん! 考え事をしていたら、つい」


「ついじゃないわよ! さっさとアッチ向きなさい!」


「ひゃい!」


 思わず声が裏返る。

 さっそく大粗相をしでかしてしまった。

 あれだ、手紙でネタ振りなんかするからこうなるんだ。

 つまり俺は悪くない。全てはあのバカ両親のせいだ。

 

「……もうこっち向いてもいいわよ。」

 

「は、はい」


「久しぶりね。英雄色を好むというけれど、アンタもその質なのかしら?」


「ど、どうも。英雄…? 違う、さっきのは本当に事故だ」


あれ、もしかして俺の事を知ってる……?

マズい。誰だこのお嬢様。全く記憶にない。


「声を張り上げていきなりドアを開く事故……ね……。まぁ、そんなことはいいわ」


「水に流してくれ。今日は、借金のお礼と、これからお世話になるということで、ご挨拶に来た」


「言葉遣いといい、この屋敷で私を前にしてもその尊大な態度…やっぱり間違いないわね。お礼なら必要ないわ。これは立派な取引。買収と言い換えてもいいわ」  


「バカ両親から受けた教育の賜物だな。勘弁してくれ。それよりも買収って…何を?」 


「あなたの高校生活三年間よ。もしかして、何も聞かされていないの?」


 聞いてないわ!

 親父たちロクでもなさすぎるだろう! なんだよ俺の高校生活三年間って!

 子の青春を一億と豪華客船世界一周旅行で売ってくれやがったのか…


「初耳だ。借金の事を知ったのも、ついさっきの事だ」


「それは…いろいろとご愁傷さまね。手始めに、進学先を変更させてもらってるわ。安心して、アンタに内定が出ていた地元の高校には、丁重にお断りを入れておいたから」


「何しちゃってくれてるんだよ! 俺の血と汗と涙の受験勉強が今一瞬で塵と化したわ!」


「ご愁傷さまね」


「何で他人事風!? お前が実行犯だよな?」


「他人事だもの。恨むなら私欲の限りを尽くして借金を作ったあげく、あなたを売り払ったご両親を恨みなさい」


 この世はなんて非常なんだろう。


「…ごもっともですね。それで、俺の進路はどこに変更になってしまったのでしょうか?」


「鳳月学園よ」

 

「なんですと!?」

 

 鳳月学園といえば、全国に500校あるとされる異能師の養成学校の中でも、八大校と呼ばれる名門の一つに数えられる学園だ。

 その卒業生の多くが、有数の資産家の警護や、軍のキャリアとして登用されている。

 同世代の異能師の中でも、エリート中のエリートが集う学園となっている。


「私からの推薦で、アンタの入学は決まっているわ。入学試験を介さない、いわゆる裏口入学ってやつね」


「ちょっと待て。確かに異能は使えるが、俺はステージⅡだ。鳳月学園ともなると、最低でも入学時ステージⅣは必要なんじゃないか」


 異能師には、ステージ判定という実力評価が存在する。

 評価はステージⅠ~Ⅸまでの九段階に分けられていて、俺のいるステージⅡなんていうのは、この年代の本当に平均値辺りの能力なはずだ。

 とてもじゃないが、超が付くほどの名門に入ってやっていけるレベルじゃない。


「ステージなんて異能の出力の大きさのみで決まるわ。本当の力量を表すものなんかじゃ決してない。アンタなら、よく知ってることでしょう?」

  

「それに関しては特に異論はないな。だが、ステージレベルが高いに越したことはない。同じ実力を持った相手なら、最後にモノを言うのは結局はそこになる」


「アンタと同じ実力の人間がもしもこの世にいれば、そういうことになるわね」


「随分と俺のことを買ってるみたいだな。このままだと、とんでもない事になりそう…というか既になっているから白状するが、俺はお前の事を全く覚えていない。多分人違いしてるぞ」


「覚えてなくても無理はないと思うわ。状況が状況だったしね。その可能性も、ほんの数分前までならあり得た話よ。アンタが楓を倒すまではね」


「楓……もしかしてあの物騒なメイドさんの事か? 確かに気を失わせることは出来たが、そもそもアイツ本気じゃなかっただろう?」


「そうだったとしても、ただのステージⅡが楓を倒すなんてあり得ないわ。どうしてそんなに力を隠したがるのかはわからないけど、もう全て決定事項よ。アンタの部屋も用意させているわ。わかったら、もう行きなさい。」 


 お嬢様の足元から光の粒子が舞い始める。やがてそれは炎へと姿を変え、俺へと向かって放たれた。

 

 「……って、放たれた!?」

 

 反射的に腕を前に出し、防御の為に粒子を発生させる。

 粒子を袖に集中し、なんとか炎を受け止めた。


「やっぱりね。今のを無傷で受け止める事が出来る奴なんて、そうはいないわ。何が人違いよ。まったく」


 咄嗟の出来事すぎて思わず普通に力を使ってしまった。

 このお嬢様も、メイドさんに劣らないクラスの異能使いだ。

 発生スピード、狙いと威力のコントロール、全て完璧だった。

 メイドさんといい本当にこのお屋敷滅茶苦茶すぎませんかね…。

 

「偶然だ。まさに奇跡。次も同じ様に防げと言われても、もう出来ないぞ。それと、今日はちょっと疲れた。そろそろ家に戻って休ませてもらってもいいか?」


「あのマンションならもう引き払ったわよ」


「え?」


「当然でしょう。言い忘れてたけど、鳳月学園は全寮制よ。学園が始まるまではここに居候するんだし、もう必要ないわ」


「そんな…思い出の詰まった我が家が……」


 こうして、俺は一日のうちに色々なものを失ったのであった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


名前:水無月澪

異能系統:属性化

ステージ:Ⅶ

能力:操炎。大出力と正確無比な粒子操作力を生かした遠距離戦を得意とする。 

所見:現時点で国内でも五本の指には数えられる属性化異能師ですね。

   彼女には、この国の異能師の目標となるべく、人としての成長を大きく期待します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ