適材適所
翌日のお昼時。
俺の目の前には、山があった。
「人はなぜ山に登るのか。お前は考えたことがあるか?」
「いや、ないけど…?」
「そうか。俺も今までは考えたことがなかった。だがな、実際に山を目の前にするとこう…熱くなるモノがあるよな」
「え! 山? どこどこ!」
名人もビックリの怒涛の呼び鈴連打で目覚めた俺は、学園の放送室へと向かわされた。
何やら俺へのインタビューが全校へ向けて放送されるらしい。
だが、俺はそんな事よりもまずは目の前のこの絶景についてこそ、熱く語ることへの必要性感じていた。
「なかなか残酷な質問だな。周りを見渡すのは流石に可哀想だと思うぞ」
山はキョロキョロと周囲を見渡している。
今、このマイクルームでは俺と山が向かい合うのみだ。
ガラス一枚挟んだ部屋の向こうには、澪と楓名人がいる。
そうなのだ、周りに目を向けたところで、山を発見することなど出来はしないのだ。
―-ゾクリ。
ガラスの向こうから、何やら殺気を感じる。
だが、俺の意識も、視線もそちらへと向けられることはない。
今俺が目に映すべきもの、脳裏に刻み込むべきものは目の前にしかないのだ。
他の事に気を取られている余裕などない。
「よくわかんないけど、まあいいや! 新たなる風紀委員会会長様へのインタビューを始めたいと思います!」
なにやら不穏な単語が聞こえた気がするが、今はそれどころではない。
声を発すると同時に、山は上下へと軽快に弾んで見せた。
山よ、お前はこの地の法則、重力への反抗をも厭わないというのか…?
なんと勇ましい山なのだろう。
「まずは、本日は広報委員会主催の放送へお越し頂き、ありがとうございます」
軽く礼をすると、山が机に沈み、押し潰されて行く。
そう、山はただ反抗するだけではない。
礼節の為とあらば、そこに沈み、型を崩す懐の深ささえ持ち合わせているのだ。
…俺は、なんとちっぽけな人間だったのであろう。
抗い、ねじ伏せることでしか己を通す術を知り得ない。
あまりに浅はかだった事よ、我が人生。
山よ…。
「何を言ってるんだ…逆だ。感謝するのは俺の方だぜ。ありがとう、山よ。俺、心入れ替えるよ…」
「え、ええ…? 心機一転、新会長として頑張ります! ということでしょうか!」
「ああ、そうだな」
「意気込みは十分という事ですね! では続いての質問です…」
質問とやらは続くようだったが、俺の意識はもう別のところにあった。
視線も、もう山からは外れている。
いつまで山に教わってばかりではいけない。自ら学ぶのだ。
まずは、己を見つめ直すところから始めよう。
生返事をしながら、俺は意識の旅へと出発した。
◆◇◆◇◆
壮大なる意識の旅から帰還した時、俺は見覚えのある部屋にいた。
「新会長。我ら一同、貴方の王道へと続きます。永久に」
お。
三バカと、その後ろに並んでるのは愉快な仲間たちじゃないか。
先輩もいるな。
「最初はどうなるかと思ったけど、見直したわ。嫌味抜きで、そのバッジ似合ってるわよ」
「私は最初から気づいていましたよ。健志はやれば出来る子なのだと」
横から声をかけられる。
俺はいかにも高そうな椅子に座しており、両隣には澪と楓が立っていた。
「なんだこれは」
ぐるっと辺りを見渡す。
後ろには、昨日のガラス扉がある。
前方には、写真が並んでいるのが見えた。そこに、新しい顔が追加されている。
誰だあの男前は…?
俺にも匹敵するイケメン具合だな。生意気なやつめ。
いや…? ちょっとカッコ良すぎないか…?
「ああ、俺か」
「はい。貴方こそが、その席に座すには相応しい。放送を聞いて、正直私は自分が恥ずかしくなりました。数々の非礼、どうか御許し下さい。どのような処罰でもお受け致します」
会長が土下座の構えを取ろうとする。
…放送。そうだ、確か俺は巨乳っ子にインタビューを受けていたんだったな。
途中から記憶がなくなっているが、一体俺は何を口にしたんだ…?
一体何がコイツらをここまでさせたんだ…。
「ま、まあアレだ。昨日の敵は今日の友っていうしな。気にすんなよ」
「寛大な処置、感謝いたします。このような不出来である私を、友と呼んでくださるとは…。お隣とまでは言いません。一歩、いや十歩後ろにでもお仕えさせてください。微力ながら、全力を尽くして貴方の剣と、盾となります」
おかしい。
何が何だか、まるで理解が追い付かない。
コイツこんなキャラじゃなかったよな。
ちょっと、とりあえず今日のところはお引き取り頂こう…。
「く、くるしゅうない。昨日の事もある、今日はもうゆっくり休んでくれ。解散だ、解散」
一旦状況を整理するため、俺は横にいる二人から話を聞く事にした。
◆◇◆◇◆
風に当たりたくなった俺はガラス扉を開き、二人をテラスへと連れ出して来ていた。
「なあ、いつの間に俺は会長になったんだ」
「前会長、風間を倒した時よ。風紀委員はちょっと特殊でね。勝負で会長を倒した人間が、次期会長となるの」
「マジかよ…。ちょっと世紀末過ぎないか? とても風紀を守る側のルールとは思えないぞ」
「バカやった奴を力で抑えるのがここの主な活動よ。強い人間が上に立つ、シンプルでいいじゃない」
「シンプルイズベスト、です」
「お前、それ覚えてたのか…。で、具体的に会長って何をするんだ」
「アンタ、ちゃんと説明聞いてなかったの?」
「旅に出てたんだよ。そう、壮絶な旅にな」
旅から戻って来る頃には、もう全て忘れ去ってしまう程に。
つまりここ数時間、俺は内でも外でも全ての意識が吹き飛んでしまっていた。
「まずは、あの机の上を見なさい」
ガラス越し、先ほど座っていた椅子の前に置かれている机に目をやる。
そこには、書類と思わしき紙の山が出来ていた。
ん。山…。
頭の隅で、何かが引っ掛かる。
いや、深く考えるのはやめておこう。俺の大切な何かに触れる気がする。
「なんだあれは」
「委員会に回されてくる依頼や、要望。それと委員の詳細なデータもあるわ。全部しっかりと目を通して、上手く処理していくことが主な仕事ね」
膨大な情報の内容を理解した上で、適材適所を選別する。
なるほど。
俺には無理だな。
書類の山など、俺にとっては刺激が強すぎる。
「おぅ…。あ、そうだ」
ひらめく。
「どうかしましたか?」
「今日はまだ直人のところ行ってなかったな」
「私たちは一応顔は出しておいたわよ。随分と調子良さそうだったわ」
「筋肉にもツヤが戻ってきていましたね」
「そうか。もう日も沈みかけてるし、ちょっと寄ってからそのまま帰るわ。またな」
「ええ。じゃあね」
「べいべいびー」
二人と別れた俺は、医療棟へと向かった。
◆◇◆◇◆
「よ」
「やあ。聞いたよ、あの風間さんを倒して会長になったんだって? ホント、信じられない男だね君は」
「…そんな事よりも、ジャンケンしようぜ、直人」
「唐突だね…。特にやることもないし、別にいいよ」
「これは勝負、だからな。気合い入れろよ」
「ははは、たかがジャンケンくらいで大げさだね。うん、受けて立つよ!」
かかったな、筋肉よ。
「いくぞ。ジャン、ケン…」
ポン!
「あちゃー、僕の負けだね」
「…もう一回だ」
「え?」
「ほらいくぞ! ジャン、ケン…」
ポン!!
「俺の負けだ。これは完全に俺の負けだな。俺は勝負に敗れ去ったな」
「ど、どうしたの? もしかして僕が勝っちゃマズかった?」
なんてことを言うのだ筋肉よ。
いや、会長様よ。
「敗者はただ去るのみだ。そして、勝者であるお前にはこのキラキラでカッコ良いのを贈呈しよう」
首元から外したバッジを、直人に渡す。
「え? あ、ありがとう」
「では、達者でな」
言い終えて、俺は部屋を後にした。
◆◇◆◇◆
内容を理解したうえで、適材適所を選別する。
俺が会長として行った、最初で最後の仕事だ。
…決して面倒事を押し付けたわけではないぞ。
何はともあれ、これで俺は自由の身だ。
思い返せば、今日はまだ入学してから三日目。
安らかに過ごすことの出来た日は、未だ訪れていない。
明日は…明日からは違うはずだ。思う存分、だらだらしよう。
来るであろう安息の日々に想いを馳せつつ、俺は寮への帰路へと着いた。
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風紀委員会征服編 完