三バカ
医療棟から出た俺は、真っすぐ寮へと向かって歩みを進めていた。
そして、なにやら前方からだだ漏れの殺気が漂って来ていた。
人数で言えば三人程だろうか。
この先にいるやつらは、まだ見えてすらいない誰かに向かってラブコールを送り続けているようだ。
こんな時間に、随分とご苦労な事で。
わかっていてこの道を通ることはないだろう。
迂回路へと体を向けたその瞬間。
キャヒン!
殺気の漂うまさにその方向から、女性の悲鳴が聞こえて来た。
前方から来る気の強さからして、通り魔の類ではない事は間違いない。
恐らく、私怨を持つ相手を待ち受けていたのであろう。
今しがた悲鳴を上げた女は、相当な悪女か何かだったんじゃないだろうか。
男からか女からか、あるいはその両方からか。
こんな学園内で複数人から待ち伏せされるくらいだ。
同情する気にはなれないな。
欠伸を一つして再び歩みを始めると、今度は後方から殺気が飛んできた。
…馴染みのある殺気だ。
もう一つ前に足を進めるとさらにその殺気は増した。
これは…。
元々進む予定だった――悲鳴が聞こえてきた方向へと体を戻すと、スッとその殺気は収まった。
…嘘だろ? 俺、あれに突っ込まなきゃいけないの?
あんまり面倒事に進んで首を突っ込むというのはどうかと思うぞ。
そうこうしていると、何やら大きな声で言い争うような男女の声が聞こえて来た。
…悲鳴を聞いたくらいではわからなかったが、この声には聞き覚えがある。
双方ともだ。
なんとなくだが、先で起こっている事は読めた。
行くも地獄。避けるも地獄。
今日を乗り越えれば。明日は、明日からは。
平穏な日々が待っているに違いない。違いないな?
もう一回だけだからな。今度は完膚なきまでにやってやろう。
俺は再び、寮へと向けて真っすぐ歩み始めた。
◆◇◆◇◆
「やめてください! 会長! これ以上新入生相手に何をしようというのですか!」
「うるさい! こんな形で納得がいくものか!」
歩みを進めるうちに、だんだんと声がハッキリと聞き取れるようになってきた。
そこにいるのは、先輩と…
「お、三バカじゃねえか」
「柳君!」
「柳…貴様…!」
声の主は先輩と、会長・副会長・会長補佐の不意討たれトリオだった。
痛々しくも、攻撃を受けた場所に手当を受けた後が見られる。
医療棟抜け出してきたのかよ…。
先輩を見ると、一度突き飛ばされてもしたのか制服が汚れてしまいっている。
さっきのはその悲鳴だったわけだ。
そんな事をされても逃げず、まだ言葉での抵抗を続けようとするとは。
風紀委員会にはMな人が多いのかもしれない。
「おい、お前、そのバッジは…」
先程澪に貰ったキラキラを指して、副会長が驚きを隠せないといった表情を浮かべている。
「中々お目が高いじゃないか。だがやらんぞ。このキラキラでカッコいいのは俺のモノだ」
「お前…それが持つ意味を理解しているのか」
「ん? どういう事だ」
「くくく…」
男三人が、不気味に笑いあっている。
「貴様、それをコチラに渡せ。そうすればこの場は見逃してやろう」
「お前らもこのキラキラに魅入られてしまったのか。わかるぜその気持ち。心トキめくよな」
「貴様などと同じ感性は持ち合わせてないどいない。力づくでも、取り戻させてもらうぞ」
「え? コレ元々お前のだったの? 悪いな。お前のモノは俺のモノ、俺のモノは俺のモノ。これがウチの家訓なんだ」
「どこまでもふざけた奴だな。今度は、先程の様にはいかんぞ」
会長様は既にその手に槍を握りしめている。実体化の能力を持つのだろう。
副会長様は素手だが、体型からするに恐らく獣化を備えているのではないだろうか。
会長補佐様は…眼鏡がよく似合っているな。コンドルしたにもかかわらず眼鏡は無事だったのか。すごい眼鏡だな。眼鏡ってすごいんだな。
「それはこっちのセリフだ。ちゃんと歯食いしばれよ、お前ら全員地面にコンドルの刑だ」
会長補佐様が少し肩をビクッとさせていた。
「柳君無茶です! 相手は委員会の役職者三人ですよ? お一人でも手に負えない強者だというのに…。会長も、もうやめてください!」
「正確には会長じゃなくて、元会長ね」
後方から、澪の声がする。
「やっと出て来たのか」
「気付いてたの? 流石ね」
「ガンガン殺気を飛ばして来ておいて、流石も何もあるか」
「殺気? 何を言っているのかわからないわね」
肩をすくめて白々しいリアクションをとってくる。
「面倒だからコイツらパスしてもいいか」
「ええ。今日私ほとんど出番なかったしね」
意外な返答に、少し肩透かしを食らった気分になる。
「大丈夫か? 手負いの獣は厄介だぞ。いざとなったら玉砕覚悟で突っ込む事も厭わないだろうからな」
「安心しなさい。どうせ玉砕確定だから」
そういって澪は俺と先輩よりも一歩前へ踏み出た。
「フン。学園長の娘か。家柄もステージも十分に誇り高いものではあるが、付き合う人間を間違えているな」
「群れて後輩を襲う人間と付き合うのが正しいのかしら。だったらごめんさい、私たち分かり合えそうにありませんわ」
「…最後の部分には大きく同意だな」
三バカが構えを取る。
同時に、澪の足元からは信じられないほど膨大な量の粒子が舞い始めた。
準備を終える前に不意討つつもりなのか、それとも恐怖を振り払うためなのか。
正面から、三人同時に彼女へと突っ込む。
「アンタたち、馬鹿でしょう」
俺もそう思う。
折角三人いるのに、正面から突っ込む意味が分からない。
強く頭打ったのは会長補佐様だけのはずだったのだが。
なんというのだろうか、とても不器用な人たちだ。
恐らく、直人との戦いでも人数以外での不公平は働かなかったのだろう。
不利な条件は押し付けるが、姑息な手段は使わない。
構える段階となれば、正々堂々正面からぶつかり合う。
だからこそ、構える前に倒されたことにどうしても納得がいかなかったのだろう。
かなり色々とズレてはいるが、根っからの悪党というわけではないのかもしれない。
だからこそ、今回の結果には納得してもらえるはずだ。
「終わりね」
粒子が、炎へと姿を変える。
そして、それは正面の彼らに向かって真っ向から放たれた。
格が、違い過ぎたのだ。
彼らは、その矛ごと炎へと飲み込まれた。
強風が、何事もなく葉を攫っていってしまうように。
三バカは、一日で二度散った。
「化物かよ…」
「アンタにだけは言われたくないわね」
満足そうな顔で話すお嬢様。
月明かりの下で艶やかな黒髪が靡く。
その隙間からは、気の強そうな瞳が覗いている。
きっと将来は、尻に敷くお嫁さんとなるんだろうな、澪さん。
お嬢様を見て、俺はそう思わずにはいられなかった。