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何せ私

「…俗物が。言葉遣いからして、育ちが分かるという物だな」


「東京生まれヒップホップ育ちの俺の良さが滲み出てるだろ? 悪そうな奴は大体友達だからな。ほら、俺の後ろにいる奴を見てみろよ。見るからにヤバそうだろ」


 冥土さんは既に鎌を実体化している。

 手に持ったそれを肩で抱え、不敵な笑みを浮かべていた。


「夜露死苦ぅ」


 ちょっと古めかしい言葉をお吐きになったが、その様は無駄にラブリーだった。


「貴様ら、あまり調子に乗るなよ。この私を誰だと――」


 えいっ。


 ドフン!


 ―-ストン。


「素晴らしい踏み込みからのアッパーカットでしたね。完璧に鳩尾に決まりました。華麗なる即堕ちです。私へと視線を誘導することで、彼は最も警戒するべきである健志を一瞬意識の外に置いてしまいました。注意深く観察していても、目で捕えるのがやっとと言う程の動きをする男です。こんなくだらない事に簡単に引っかかるなんて、彼は四天王の中でも最弱といったところでしょう」


「…相変わらず素晴らしいご観察ですね。ん、四天王? 風紀委員会にはそんなのまでいるのか?」


「いるわけないじゃないですか」


「せやろね」


 とりあえず最弱そうな男を倒した俺たちは、棟へ乗り込む前に一息つくことにした。


◆◇◆◇◆ 


「おい、後は頼むって言ったよな。怪我人と先輩に放置プレイかますのはヤバいだろ」


「お嬢様がついて下さっています。許可は得てきました。その私が同行することにより、これは新入生総代、延いては学園長の娘公認のカチコミとなった訳です。感謝してください」


「アイツには迷惑なんてかけるつもりはなかったんだけどな。ちょっぴりしか。勿論お前にもだ」


「私は、私の為にここへと来ました。例え健志が本当に帰っていたとしても、こうなっていたと思います」


「そういえばお前、お怒りだったよな。病室にいたのもそうだが、一体何があったんだ?」


「あそこにいたのは、本当に偶然です。委員会を見学にまわっていた時に、偶々彼が医療棟に運ばれていくのを見かけたんです。私が怒りを覚えているのは…先輩が過去の自分と重なって見えたからです」


 言い終わった楓からは、少し強めの殺気が放たれている。

 ずいぶんと鎌を握る力が強まっていくのがわかった。


「なるほどな、病室にいた理由は分かった。人生の先輩に過去の自分を重ねるとは、お前も中々大物だな。当然、俺ほどではないが」 


「何が当然なのか全くわかりませんし、どちらかというと健志はキワモノです」


 ノリこそいつもとは変わらない様に装っているが、多分、今のコイツは冷静じゃない。

 あんまり人の過去にずかずかと踏み込むのは好きじゃないが、少し息を抜いてやろう。


「昔、何があったんだ」


「私は、自分の目の前で両親を失いました。私が余計な事をしたばかりに…」


「…そうだったのか」


「一年前の、暴動の折にです。突然、大人数からの襲撃を受け、両親は私を守りながらの戦闘を強いられていました。そんな両親の助けになりたいと思い、私は足りぬ力で助太刀をしようとしたんです」


「そりゃ無茶なことだっただろうな」


 今となっては暴動と言われているが、あれは実際、綿密に計画を練られたテロだった。

 楓と相手の差は、まさに俺と直人と同じ類の差だったはずだ。

 覚悟の部分からして、まるで違っていたのだ。


「はい。その無茶の結果、両親は私を庇って命を奪われる事となってしまいました」


 重さは違うのかもしれないが、確かに今回の件と少し状況は似ているかもしれない。

 理不尽な数の暴力。

 自分が信じた行動の結果、守ろうとした人間の足を引っ張ってしまったという事実。

 

「守ってくれていた両親を失った私に待ち受けているのは、追撃による死のはずでした。しかし、そこで現れたのです。理不尽を超える、理不尽が」

 

「理不尽を越える…?」


「現れた理不尽は、私に襲い掛かってきた理不尽を一瞬で吹き飛ばしてしまいました。たった一人で、三十名は超えていたであろう暴動者を、一瞬で葬ってしまったのです。私の両親が命を賭しても劣勢に追い込まれていた、その暴動者たちを、です」


「信じられないような話だな」

 

 確か、コイツの異能は母親譲りと言っていたはずだ。かなりの使い手であったことは間違いないだろう。 

 父親の方は分からないが、コイツは両親が守ってくれていたと言っている。

 恐らくは、母親と並んで戦えるだけの力は持っていたのではないだろうか。 

 状況が悪いとはいえ、そんな二人相手に苦戦を強いていたやつらを、一瞬で無力化するとは…。

 世の中にはとんでもない奴がいるものだ。


「一体その理不尽が、何を思ってそんな事をしたのかはわかりません。そして、それは一方的な暴力を終えると、私の方なんかは見向きもせずどこかに去って行ってしまいました」


「目的も行方も不明か。嵐のようなやつだな、その理不尽は」


「ふふっ、そうですね。ですが、事実私は命を救われたんです。私はあの理不尽を――あの男の子の事を鮮明に覚えています。いつか、彼に会った時。彼が、窮地に陥るようなことでもあった時。私は彼の力になりたい、そう思いこの一年牙を磨き続けてきました」


「どこの誰ともわからず、来ないかもしれない時のために頑張ってきたのか。俺には絶対無理な事だな。世界は結構広いんだぞ? それにな、そんな力を持ってるやつなんて、間違いなくロクでもない人間に決まってる。近づかない方が身の為だ」


 一度すれ違ったくらいのやつにもう一度会える可能性なんて、ほぼ皆無だろう。

 無意味な努力と言わざるを得ない。


「ふふふふ。確かに健志には無理でしょうね。ロクでもない男ですし。それと、意外と世界は狭いかもしれませんよ?」


「世界舐めんな。一周旅行するのに三年かけるバカもいるんだぞ畜生」


 話しているうちに、だんだんと自然な笑顔が戻ってきた。

 ヒュルヒュルと体の周りで鎌を回して遊んでいる。

 うん、素晴らしくラブリーだ。


「それについては…ご愁傷様ですね。話してるうちに色々とスッキリしました。今日は、私が先輩の理不尽を超える理不尽になる日です。全力でぶちカマします。鎌だけに。くれぐれも足を引っ張らないでくださいね」

 

「マイク掴んだらマジでナンバーワン東京代表、トップランカーだぞ。お前こそ俺の美脚を引っ張るんじゃないぞ」


「まだそれ続いてたんですね…。何が美脚ですか、毛がモサってるじゃないですか。それに、大丈夫です。何せ私――滅茶苦茶強いですから」


 そう語る冥土さんの姿は、ラブリーで、とても眩しいものだった。

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