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魔言

 始業のチャイムが鳴り響いた。

 俺にとっては救済の鐘だ。

 

「キーン! コーン! カーン! コーン!!」


 隣の巨乳野郎が、音に合わせてソウルフルな歌声を響かせる。

 音程は全くと言っていいほど合っていない。

 ただ、声量は学園長とも匹敵するようなレベルで、尋常ではなかった。

 俺の鼓膜はショート寸前だ。

 

 だが、一体この胸の鼓動は何なのであろうか。

 何か、熱いものがこみ上げてくる。

 この稚拙な歌に、俺はバイブスを感じているとでもいうのだろうか…?

 あり得ないな。だが何故だろう、もうこの衝動は止まらない。


「キーンコーンカーーン……」


 チャイムの音が段々とスローになる。 

 もうすぐ、終幕を迎えるのであろう。

 机に伏せてる場合などではない。

 俺は頭を起こし、その場で立ち上がった。

 胸に手を当てて大きく息を吸い込む。

 そして――


「「「コーーーーン!!!」」」


 ありったけの熱量を込めて、このチャイムの――杏の最後の雄叫びと共鳴した。

 

 男女三人の情熱が、教室に響き渡った。


 ん? 三人……?

 俺と杏以外に、もう一つ女の声が重なっていた。

 俺は、声のした――熱き情熱を共にした同志の方へと振り返る。


 目と目が合う。


「お前だったのか……」


 そこには、同じく立ち上がり、満足そうな表情を浮かべている楓の姿があった。

 無言で手を前に出し、ビッと親指を立てて、グッドサインを送ってきた。

 俺も同じ様にして、力を込めてサインを送り返す。

 そして、お互いに頷いた。

 俺たちの間に、もう言葉はいらなかった。


 最後に、俺たちに立上がるきっかけを与えてくれた彼女の方へと振り向く。

 そこで俺の目に映ったのは――顔を引きつらせ、ドン引きといった感じで困惑した表情を浮かべている、巨乳っ子の姿だった。


◆◇◆◇◆


「昨日は色々とイレギュラーな事もあったが、今日からはきちんとSクラスとしての学園生活に臨んでもらう事となる」


 時間にすると約一分後、藤宮先生が教室へと入ってきた。

 あまりの気まずさに、俺にとっては羊を一万匹数えた後と同じくらい間となっていた。

 昨日こそその凛とした雰囲気に息苦しさを感じた俺だったが、今となってはむしろそれを心地よく感じていた。


 まあ、切り替えが大事だよな。

 先生の話はちゃんと聞いておこう。


「君たちSクラスには、卒業までに必要な単位などは設けられていない。学園での生活は、君たちの自主性が最も尊重されるものとなっている」


 つまりは、ぐーたら寝ていても卒業は出来るって事じゃないか。

 実に素晴らしい。

 愛すべきよ、鳳月学園Sクラス。

 

「主に君たちが取り組むことになるであろう活動は三つ。一つは、学園へと舞い込んだ依頼に対応すること。事務室に行けば、様々な依頼の詳細を確認することが出来るので、好きなものを選ぶといい」


 これは間違いなくパスだな。

 誰が好き好んで厄介事に巻き込まれようものか。


「二つ目は、他クラスで行われている講義に参加することだ。このクラス以外では、座学と実技の両方で一定の単位を取得することが卒業要件となっている。本来君たちには必要ない事ではあるが、ここには優秀な異能講師が集まっている。興味のある者はぜひ参加してみると良いだろう」


 うーん。

 なんだかんだ俺は異能に関する知識に疎いところがあるからな。

 気が向いたら参加してみるのもなかなかにアリかもしれない。


「三つ目は、各委員会での活動だ。Sクラスである君たちには、委員会への所属が義務付けられている。ただ、活動への参加には自由意志が大きく働く。ここでも君たちの自主性が尊重されるわけだ。各種委員会棟にいけば、活動の詳細な説明が受けられるだろう。期限は月末までとなっている。必ず入会しておくように」


 これもまた面倒だな。

 義務でない以上は、存分にサボらせてもらおう。

 俺はさながら、幽霊部員ならぬ幽霊委員になるわけだな。


「では、これにて説明は終わりだ。各自有意義な学園生活を過ごしたまえ」


 これまたビシッと言い終えて、一切に無駄のない動きで先生は教室を去った。

 

「健志はどこいくの! なにするの! ねえねえねえ!」


 バイブスの申し子が腕を引きながら尋ねてくる。


「この案件は一旦寮に持ち帰り、慎重に検討重ねたいと思います」


「アンタ、そういってサボる気でしょう?」


「健志はナマケモノですからね。いつもケモケモ言ってますし」 


 少し離れていた澪と楓が近づいてきた。

 

「馬鹿言うな。生まれてこの方一回もケモケモなんて口にしたことはないし、これからも口にすることはないケモケモ」


 ――ハッ……!


 楓がニヤリとする。


「ハマってしまいましたね」


 あまりの語感の良さに、一瞬で虜になってしまった。

 ケモケモ…あまりに恐ろしいケモケモ。


「はぁ…。アンタたちにはもうついて行けないケモ……ハッ!」


 澪もこの魔言に釣られてしまっていた。


「健志、行く所が決まっていないのなら僕と風紀委員会に見学へ行ってみないケモ?」


 寝起きの一件以降ちょっと気まずくなり、離れていた直人も集まってきた。


「ケモケモ」


「そっか、僕は多分入会することになるだろうから、また気が向いてら来てみてケモ!」


「ケモ」


 ケモケモ。


「ケモケモ! 澪ケモと楓ケモはどうするケモ?」

 

「とりあえず、一通り二人で委員会を回ってみようと思ってるケモわ」 

 

「ぼくちん、広報委員会に興味あるケモ! 回るつもりなら三人で一緒に行ってみようケモ!」


「特に興味のあるケモもないし、いいケモケモ。楓も良いケモ?」


「はい、私は澪お嬢様の向かわれる所なら、どこへでもお供します」


「じゃあ、ケモケモ!」


「ケモケモ」


ケモケモ、ケモケモ、ケモケモ。


ケモケモケモ……。


………。


……………。


 杏や澪たちと別れ、俺は寮に戻って一度休むことにした。

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