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悔いはないのだ

『さて皆よ。結果は御覧の通りだ』


 歓声で沸いていた場内に、学園長の声が響く。

 興奮醒めやらぬといった感じではあったが、徐々に騒ぎは静まっていった。

 

『異能師にとって最も重要な要素。柳はそれを今示した。ここに集まった全員がその証人となる。これ以降、彼のSクラス入りに異議を申し立てる者がおれば、直接儂の元へ来るがよい』


 学園長が話し終えると、拍手が巻き起こった。

 勝ち抜いた俺への称賛か、学園長への賛同の意志か、あるいはその両方か。

 気になる視線もいくつかは感じたが、この数の証人がいるのだ。

 当面は安心安全な学園生活を送ることが出来るだろう。

 …出来るよな?


 いつまでも残っていても仕方ないので、実技場を出ることにする。

 リングから降りると、解説席へ向けて拍手を送っていた澪が近づいてきた。

 出口へと歩きながら、少し話でもする事にしよう。

 

「やっぱり、やれば出来る子なんじゃない、アンタ」


「向こう三年間分のやる気元気勇気を惜しみなく使い果たしたからな。こういうのはもう勘弁してくれ」


「まだピンピンしてるじゃない。三分もあれば回復しそうね」


「逆だ。もって後三分だな。ほら、胸のカラータイマーが点滅してる。そろそろ光の国に帰らなきゃいけない。後は達者でな」


「アンタって、時々何をいってるのか本当にわからなくなる時があるわね」


「そういうミステリアスなところも、俺の有り余る魅力の一つだな」

 

「…頭が痛くなってくるわ。さっきの戦いでダメージなんてほとんど受けてなかったくせに」


「無傷ってわけじゃないぞ。まぁ、そのダメージのうち九割は、試合前に受けたお前からのバイオレンスなツッコミによるものだがな」 


 これは嘘ではない。

 試合でのダメージと言えば、最後に直人と拳を衝突させたときのものくらいだ。

 あれは痛かった。

 だが、澪が遊び程度に放ったであろうその炎は、間違いなく衝突の時の十倍近い威力を持っていた。

 さすがというべきか、恐るべきよステージⅦ。

 敵には回したくないものだ。

 

「あれはアンタの自業自得でしょう。懲りたのなら、日々の行いを改めなさい」


 日々の行い、ねえ…。

 どの事を言っているんだろうか。

 

 あれか、夜中の中途半端な時間に目が覚めた時、特にやることもなく明日も休みだという事があった。

 ちょっと得した気分になった俺は、この小さな幸せを皆におすそ分けしようと思い、ハッピーバースデーの歌を斉唱しながら屋敷中を練り歩いたのだ。

 俺にとっては善意百パーセントの行いだったが、よくよく考えてみると、あの時間に歌って回るのはちょっと迷惑だったかもしれない。

 次の日の朝、使用人の人達から向けられた熱い視線が忘れられないぜ。

 

 それとも、屋敷にある服を片っ端からパンクロック風にアレンジして回った時のことなのだろうか。

 その日の朝、俺は屋敷で与えられた部屋の中で、テレビを見ていた。

 チャンネルを回すと、パンクロック特集なるものが放送されており、そのクールな生き様に胸を熱くしたのだ。

 この熱き思いを届けようと、各部屋のクローゼットを開き、中の服をビリビリと破って安全ピンで止めたり、ペンキをぶちまけてジャンキーにしてみたりした。

 服を見せた時、執事のじいさんが魂の抜けきったような顔をしていたのが、実に思い出深い。

 あれはきっと、カルチャーショックってやつだ。

 パンクの神に導かれていったのであろう。

 だが、パンクロックへの熱が引いた今思うと、屋敷の服をボロボロにした迷惑な奴だよな、俺。


 こうして思い返してみると、思い当たるフシがなかなかに多い。

 

 あれ?


「もしかして俺って、ヤバいやつなのか?」

 

「自覚なかったの?」 


 マジかよ…。

 気付いてたのなら、もうちょっと早く言って欲しかった。

 

 そういえば、俺が澪から炎を放たれた原因は何だったのだろう。

 えー、そうだ。

 神への挑戦の為だったな。

 ついさっきの事だ、鮮明に思い出せる。

 そう、いきなりコイツのほっぺをつねったかのが問題だった。

 コイツの…ほっぺ…。

 

「あの魔性のほっぺは人を狂わせる。あれは反則だ。思い出したら手がそわそわしてきたぞ。もう一回ふにらせてくれ」


「…死ぬ覚悟はいい?」


 人間、やってはいけないとわかっていても、どうしてもやってしまう事がある。

 一度目の警告射撃であの威力だ。

 二度目ともなれば、無事に歩いて寮まで帰ることが出来る保証はないだろう。

 でも、でもなぁ。

 もう一度、もう一度だけでいいんだ…

 俺にあのふにふにを……

 ………!


「お疲れ様です、健志。すごい活躍でしたね」


 楓に声をかけられる。

 内なる狂気との戦いに興じている間に、いつの間にか出口まで来ていたようだ。

 俺たちが出てくるまで、ここで待っていてくれたのであろう。

 

「お前で我慢するか」


 ぎゅっ。 


「ひきなりひゃにをふるか」


 ふにふに。


「うん。悪くない。喜べ、お前も合格だ」


 澪には及ばないが、楓もまた良きほっぺの持ち主であった。

 

 隣から殺気を感じる。

 だが、この至福の感触からは。

 この手を。


「引かぬ!! 媚びぬ!! 省み――」


 熱を帯びた粒子の感覚が、まさに今伝わってくる。

 時が、ゆっくりと流れ始めた。 


「さっさと楓から離れなさい!」


 澪の手から、俺へと向かって炎が放たれた。 

 …狙いは正確なのだろう。

 威力は、先ほどよりも数段上がっているのだろう。

 今ならば防げる。

 今ならば、避けることも叶う。

 だが、もう一度言う。

 俺は。


「引か――」


 この日の記憶は、そこで途絶えている。

 だが、悔いはない。

 この決断に、一辺の塵とも悔いはないのだ。

 途切れ行く意識の中で、最後まで欲望に忠実だった、その自身の生き様を誇りに思うのであった。



――――――――――――――――――――――――

入学初日編 完

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