満面の笑み
『し、信じられません……。遥か上位ステージの同級生相手に、柳くん四勝目です!』
ふぅ……。
疲れた。身体的にというより、精神的な面で疲れた。
初戦の巨乳っ子以降は、三戦とも全員男だった。
口にすることは揃いも揃って、いかに俺がSクラスに相応しくないかという事と、自分の方がそこに相応しいと主張する内容だった。
三戦とも、俺は相手に大きく同意していた。
そうだろう? 能力があって志もある奴がなった方がいいに決まっている。
そうすると、これまた揃って怒りのボルテージを上げてかかってきた。
なんとなくだが、その理由に心当たりはある。
自分が望んでいた場所に、能力も足りず、誇りすら持たない者が立っているのだ。
不愉快この上ない事だろう。
そして何より…俺がイケメンであるという事だ。
学園長の美娘の婚約者候補で、超イケメンだからな。
妬み僻まれようとも、こればかりは仕方がない。
モテる男は辛いぜ。
『遂に次で最終戦となります! そのお相手はSクラスの……』
「初戦から同じクラスの奴が相手っていうのにはさすがに驚いたけどな。最後はなんとなく強い奴が出てくるのは予想していた。それくらいじゃ、俺の鉄のハートはビクともしないぜ」
『桐生直人くんです!』
「マジかよ!?」
ハートが飛び跳ねた。
フレッシュなスマイルを浮かべた筋肉が入場して来る。
『前年度に行われた全国中学異能師大会、実戦部門でベスト4! 教会の認定準異能師として、既に多くの任務を完遂しております。実績で言えば、新入生の中でも頭一つ抜けた存在ですね』
最後の最後で大物登場か。
「性格悪いぜ学園長……いや、お義父さん」
『むっ!!!』
会場に大きな鼻息が響き渡るとともに、とてつもない殺気が飛んできた。
『遂に最終戦を迎えるという事で、解説席には学園長をお呼びしております!』
『儂は認めてはおらぬからな』
…そういえばここ、音声が拾えるみたいだったな。
花園との会話もバッチリ実況の人に聞かれてたれてたし。
発言には気を付けよう。
「やあ、健志。やっぱりナイスな筋肉だったね」
なんだか強そうな筋肉が話しかけてきた。
「最後がガチムチとはな。満点レベルの精神攻撃だ。苦労してSクラスを掴みとったお前からすれば、やっぱり俺みたいなのは気に食わなかったか?」
「とんでもない。僕は寮で一目その筋肉を見た時から、拳を合わせたくてうずうずしていたんだ」
「ごめん、俺そういう趣味ないから」
「……。ステージを聞いてちょっと心配になったけど、やっぱりナイスな筋肉の持ち主が弱いはずがないよね。僕の目に狂いはなかったよ」
「目より頭の狂い具合を疑った方がいいと思うぞ」
『それでは、最終戦スタートです!』
開始直後、直人の足元から大量の粒子が放出される。
やがて、その粒子は吸い込まれるようにしてヤツの体に馴染んでいった。
「圧縮、なんだろう? 今までの君の技は。それで異能を切り裂いて、後は体術で倒す。それが君のスタイルだ。獣化系の僕にそれは通用しないよ」
よく観察しているな。
異能によって放出された力を無効化し、最後は結局の所、生身での接近戦に持ち込んで勝利して来た。
これが今までの四戦の全てだ。
だが、今回は身体能力が爆発的に強化される獣化系。
体一つでの接近戦はむしろ直人の十八番、勝ち目はないだろう。
と、普通はそう考えるよな。
『圧縮……桐生くんの言っているは本当なのでしょうか?』
『うむ。信じられない事ではあるが、ヤツはあの一瞬で圧縮を行ったのであろう。それも、全力の状態でだ。いかにステージⅥと言えども、素の攻撃であれば全力のステージⅡの圧縮とそう違わぬ力となっていたであろう』
『本当に、信じられない技量の持ち主ですね……』
流石は学園長、素晴らしい解説。
圧縮とは、文字通り粒子を一点に集中させ、異能の威力を高めることだ。
威力は上がるが、溜めに時間がかかる――必殺技みたいなものになる。
水の中で舞っている砂粒を一ヵ所に拾い集める、そんな感覚らしい。
いつの間にか出来るようになっていたので、俺にはよくわからない所ではあるが。
「行くぞ、健志」
意識を戻すと、滅茶苦茶強そうな筋肉がコチラに突っ込む構えをとっていた。
「来るなって言っても止まってはくれなさそうだ、なっ!」
直人が踏み出すのと同時に、俺も駆け出す。
お互いが腕を振りかぶり、リングの中央で拳が激突した。
周囲に衝撃が巻き起こり、視界が悪くなる。
拳を引き、一旦距離をとった。
「さすがは獣化系の拳だ。半端じゃないな」
「僕は、夢でも見ている気分だよ。本当に人間なのかい…君は」
「当たり前だ。めっちゃ手が痛いわ」
「はは……。僕もそうさ。指の骨にヒビが入ってるかもしれない」
「牛乳でも飲んで出直して来い」
『これは……どういうことなのでしょうか? 膨大な粒子で強化された桐生君に対して、柳君は何もせずに、生身で突っ込んで言ったように見えましたが…。ダメージを受けているのは、どうやら桐生くんのようです』
『うむ……。誠に馬鹿らしい話ではあるが、強いのだ。生身の柳の拳が。強化された、あの桐生の拳よりも』
『そんなこと、あり得るのでしょうか…? ステージⅥにも到達している彼の拳は、もはや大砲ほどの威力があるといっても過言ではないと思うのですが…』
『その通りだ。だが、目の前にあるものが真実。常識で捕えていれば理解しようもない。しかし、圧縮での力勝負となれば、桐生が数段上をいくだろう。地力が違うからな。その間をヤツが与えてくれればの話だが』
「与えてはくれないんだろうね、君は」
「ああ。もし変身ヒーローなんかが出て来たら、絶対に変身前に叩くからな」
「それはちょっと酷い気もするけど……。最初から道は一つだったわけだね。この場所で僕が君に勝つには、一瞬で圧縮を終えるなんていう神業を成すか、体術で上をいくしかない。今可能性があるとすれば、それは一つだけなんだ」
少し、悔しさを噛みしめるようにして直人が語る。
これはリング上での個人戦だ。
身を隠す場所もなければ、盾となってくれるパートナーもいない。
距離を取ろうにも、限度がある。
本来拳での力推しで負けるはずのないヤツであるからこそ、不愉快なのだろう。
単に一直線の攻撃で倒せない以上は、技術での勝負となる。
生身の俺相手に取る行動としては、ヤツにとって屈辱的な選択のはずだ。
「潔いのは結構だが、最後のその可能性もないぞ。寧ろ、最後の方があり得ないな」
「それには同意しかねる、ねっ!」
言い終えると同時に、一気にコチラへと踏み込んできた。
すぐに距離はつまり、連撃が飛んでくる。
一瞬のうちに何度もフェイントを入れてからの、一発。
それが息をつく間もなく連続で繰り出されるのだ。
本来であれば、同格以上のステージを誇る相手に対しての戦い方なのだろう。
実力が同じであれば、最後に物を言うのはステージだ。
その逆、ステージが同格であれば、最後に物を言うのは実力ということ。
それをよく理解しているからこその肉体、そしてこの技術なのだろう。
「すごいやつだよ、お前は」
だが、この拳は相手を倒すための拳だ。
だからこそ、それは俺には届き得ない。
無意識に、力が抜けている。狙う場所も、僅かにずれている。
俺の技術は――俺の拳は、相手を確実に殺すための物だ。
だからこそ、強い。
だからこそ、あり得ないのだ。
直人の技が俺を上回るなどという事は。
タイミングを見切り、ヤツの拳が繰り出されるのと同時に拳を繰り出す。
「っ!!」
ヤツの拳が俺の頬をかすめた時、俺の拳はヤツの頭部を確実にとらえていた。
カウンターが決まった瞬間だった。
『おーっと、攻め立てていた桐生がくんが一転、柳くんからの一撃を受けて吹き飛びました! 桐生くん、これは立ち上がれません!』
『決まったな……。これまでだ』
『試合終了です! 柳くん! 遂に成し遂げました! 五戦全勝です!』
場内から、すごい勢いで歓声が沸き上がる。
その中でも、一際うるさい奴がいる。
振り返ると、その声の主がいた。
満面の笑みで両手をぶんぶんと振って飛び跳ねる、お嬢様の姿がそこにはあった。