1.異世界でポイ活、始めます。
本日8/31より連載版スタートです!
初日は3話更新予定です。
短編版からさらに広げて、ナディアの【ポイ活】生活を描いていきます。
楽しんでいただけたら嬉しいです!
「ナディア院長、大きな音がしましたが大丈夫ですか?」
そんな声にはっと目を開けると、梁が露出した天井が見えた。
「……これは、いったい……?」
頭がずきりと痛む。
「いたたたた……」
私はどうにか体を起こすと、また扉の向こうから遠慮がちな声が聞こえた。
「ナディア院長、大丈夫ですか? ドアを開けてもよろしいでしょうか?」
「ご、ごめん。今はちょっと一人にしてくれる?」
「……はい、では失礼いたします」
足音が遠ざかって行った。
私はつい先ほど、床に落ちていた紙を踏み、足を滑らせた。
床に頭を打ち付けたその瞬間、ナディアとして生きてきた記憶に重なるように、もうひとりの人生が蘇っていた。
ここは、日本ではない。
見知らぬ国どころか、魔法やスキルが存在する、まったく別の世界だ。
そして今の私は、孤児院の院長を務める二十三歳の女性――ナディア。
そして、もう一つ。
日本で志摩子として暮らしていた頃の記憶も、突然蘇ってしまったのだ。
「これって、ラノベとかで流行りの異世界転生……え、私って転生者だったの!?」
しかも、思い返せばナディアは貴族令嬢で、婚約破棄までされている。
「まさか……悪役令嬢もの?」
思わず頭を抱えた。
日本での私——志摩子は五十代半ばの主婦だった。
「トラックに轢かれたら異世界に転生したり、突然知らない世界に飛ばされたり……ふふっ、面白いことを考えるものね」
なんて、所詮物語のできごと。
そう思っていたのに、それが自分の身に起きるなんて――。
漫画や小説の設定だからこそ面白いのであって、いざ自分が当事者になってみると、正直なところ困惑しかない。
「はぁ……」
まずは今の自分について整理した方がよさそうだ。
ナディアは貴族の令嬢として生まれ、それなりに恵まれた暮らしを送っていた。
この世界では十五歳になると、貴族や平民を問わず【成人の儀】を受ける。
そこで神から授けられた【天職】と、使用できる【スキル】を調べるのだ。
そして、その結果によってナディアの人生は一変した。
私に与えられた【天職】。
それは――【主婦】だった。
だが、【主婦】という天職そのものが大きな問題だったわけではない。
私のスキル。
それは――。
【ポイ活】だったのだ。
「【ポイ活】って、あのポイ活よね?」
私は「ステータス」と呟き、ステータス画面を呼び出した。
すると、目の前に半透明の画面が現れる。
そのスキル欄に浮かぶ【ポイ活】の文字を、じっと見つめた。
日本での記憶を取り戻す前の私は、この言葉の意味が分からず、ずっと苦しんできた。
【成人の儀】を執り行った司祭も、その言葉を知らなかった。
けれど、今の私には分かる。
ポイ活。
買い物をしてポイントを貯めたり、貯まったポイントで買い物をしたり。
私も日本にいた頃は、随分お世話になっていた。
「……」
意味は分かった。
分かったけれど――。
「この世界で、どうやってポイントなんて貯めるの……?」
そもそも、この世界にはポイントカードも、スマートフォンも、通販サイトもない。
貯めたポイントで買い物をするどころか、何をすればポイントが貯まるのかすら分からなかった。
「せめて、説明書くらいないのかしら……」
私は小さく呟きながら、何気なくステータス画面の【ポイ活】の文字に指を置いた。
そのまま、指を止めていると——。
「えっ!?」
ステータス画面の上に、新たな画面が浮かび上がる。
『【ポイ活】の利用者登録を開始しますか?』
「……へ? 利用者……登録?」
私の間抜けた声が、部屋に響いた。
ステータス画面の上に浮かび上がった文字を、私は何度も読み返した。
その下には、二つのボタンが表示されている。
『はい』
『いいえ』
「これって……」
利用者登録。
その言葉には、ものすごく聞き覚えがある。
日本にいた頃、スマートフォンに新しいアプリを入れるたび、何度も目にしてきたものだ。
ということは――。
「これ、もしかしてアプリみたいなものなの?」
まさか異世界に来て、利用者登録をすることになるとは思わなかった。
けれど、断る理由なんてない。
【ポイ活】の意味が分からなかったナディアは、スキルを使えず、ずっと苦しんできたのだ。
「もちろん、『はい』よ!」
私は迷わず『はい』を押した。
すると――。
テッテレー♪
場違いなほど軽快な音が鳴り響く。
『利用者登録が完了しました!』
『ナディアさん、登録ありがとう!』
『登録ボーナスとして10Pをプレゼントします!』
「……え?」
私は目を見開いた。
「ひゃ、10ポイント!?」
ポイント。
今、確かにポイントと表示された。
しかも――もらえた!
意味すら分からなかった【ポイ活】というスキル。
それが、日本での記憶を取り戻した途端、本当にポイントをくれたのだ。
「【成人の儀】から八年間、何をやっても分からなかったのに……」
嬉しい。
ものすごく嬉しい。
……けれど。
「この10ポイント、何に使えるんだろう?」
肝心なことが、何ひとつ分からない。
そもそも、今のは登録ボーナスでもらっただけだ。
これからどうやってポイントを貯めるのか。
そして、貯めたポイントで何ができるのか。
私は新たに現れた「次へ」のボタンを押した。
そこに表示されていたものを見た瞬間、私は大きく目を見開いた。
「これ……!」
忘れるはずがない。
志摩子だった頃、毎日のように利用していたポイ活アプリ。
『ポイントを貯めよう』
略して――『ポイ貯め』。
画面の上部には、現在の保有ポイントが大きく表示されている。
『10P』
「本当に入ってる……!」
先ほどもらった登録ボーナスだ。
そして、その下には、見覚えのある項目がいくつも並んでいた。
懐かしい。
間違いない。
「【ポイ活】の使い方、わかったーー!」
八年間、誰にも使い方が分からなかった謎のスキル【ポイ活】。
その正体は、どうやら私が日本で使っていた『ポイ貯め』と深く関係しているらしい。
私は画面に表示された「10P」を見つめながら、思わず口元を緩めた。
「これなら……この世界でもポイ活できるかもしれない!」
そしてその画面の中に『ポイント交換』という項目を見つけた。
期待を胸に、そこをタップすると——
『現在のナディアさんが交換できるのは、こちらの商品!』
その下には、さらに文字が続いている。
『この中から選んでね!』
どきどきしながら、『OK』を押した。
『たわし/10P』
「……」
(うん、ろくなもんと交換できない!)
なんて考えているときだった。
ピロン!
軽快な音とともに画面が切り替わる。
『はじめてのポイント交換だね!』
うん、たわしならいらない。
だが拒否権はないらしく、表示を消すバツのボタンなどは見当たらなかった。
『どれか一つを選んでみよう』
「“どれか”って一つしかないじゃない!?」
思わずつっこむが、何の反応も返ってこない。
ヤケクソのような気持ちで『たわし』のボタンを、ぽちっと押した。
すると――。
「え?」
目の前のテーブルへ、どこからともなく光の粒が集まり始めた。
「な、なに!?」
慌てて身を引く。
光の粒はテーブルの上でひとつの塊となり、ピカッと強く輝いた。
眩しさに目を細めた、その次の瞬間。
「…………は?」
テーブルの上に、たわしがあった。
茶色くて、とげとげしていて、持ち手が付いたたわし。
「…………」
私は画面を見る。
テーブルを見る。
そして、恐る恐る手に取ってみた。
「これ……どうしましょう?」
目の前にあるのは——たわし。
私は、たわしの柄を持ち途方に暮れた。
◇◆◇
孤児院内を歩いていると、庭の方から子どもたちの声が聞こえた。
とっさに身を隠す。
(……子どもたちがナディアの姿を見たら怯えられちゃうもの)
貴族令嬢として育ったナディアは、孤児院長という立場を「平民のする仕事」と見下し、強い不満を抱えていた。
そして、その不満を——子どもたちにぶつけてしまっていたのだ。
いつも子どもを怒鳴りちらし、子どもが掃除などを完璧にできなければ、食事抜きは当たり前だった。
……我ながら、ひどい。
思い出しているだけで悲しくなってくる。
「ロイ、まだ終わんねえのかよ」
そんな声に、何をしているか覗いてみると。
(あー……あれは、大変そうだわ)
ロイと呼ばれた男の子が、たくさんの靴を洗っていた。
だがそのやり方は、布でごしごしと擦っているため、なかなか汚れが落ちないようだ。
靴を洗うのって、大変よね。
私も子どもたちの上履きを毎週末洗うの苦労してたわー。
「あ」
私はポケットを探る。出てきたのは——
「てってれー」
たわしっ!
わざわざ効果音も付けてみたが、やっぱりただのたわしだ。
「もー! 全然、落ちないよぉ」
文句を漏らし、顔を上げたロイと目が合った。
「あ……」
明らかに怯える、ロイ。
……やはり仲良くなるのはなかなか難しそうだ。
さっさと要件を伝え、立ち去ってあげよう。
「いつまで、洗ってるの?」
急に態度を変えれば不審に思われる。
私は以前の自分を意識して、わざと冷たい声を出した。
「ご、ごめんなさい……全然、汚れが落ちなくて……」
「これを使いなさい」
意識して投げるように渡した、たわし。
受け取ったロイは、不思議そうにそれを眺める。
「なにこれ?」
「たわしよ。これを使って洗ってみなさい」
「た、たわし……?」
戸惑うロイ。
でも私に見つめられ、たわしを水に浸けたあと、半信半疑で靴をこする。
「えっ!」
ロイは目を見開き、声を上げた。
「あんなに落ちなかったのに!」
「すごい、すごい!」と感動の声を上げながら、靴を洗っていく。
その声につられるように、私を気にしつつも他の子どもたちも寄ってきた。
「なんだこれ」
「貸して。オレも使いたい!」
あっという間に、たわしの取り合いになる。
すごい……私が「いらなーい」なんて思ったたわしが、大人気だ。
「すごいぞ、コレ! この棒を持って使うと洗いやすい!」
「靴の中まで、ちゃんと洗える!」
「いくら擦ってもとれなかった汚れが、簡単に落ちるぞ」
(よかった。たわし、役に立ったみたい)
そんなことを思いながら彼らを眺める。
するとひとりの子どもが、驚いてこちらを見ていることに気づき、「コホンっ!」とわざとらしく咳をして、顔を引き締める。
「じゃ、ちゃんと綺麗にしなさい」
ぷいっと顔を背け、その場を後にしようとしたとき、背後から声が聞こえた。
「……院長、笑ってた?」
「え、院長が? そんな訳ないだろ!」
……やっぱりナディアは、笑顔なんてみせないのか。
急に変わって変に思われぬよう、気をつけねば!!
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