表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/6

先例爆誕である


 即位式が済んで、しばらく経った。


 あれから、いろいろあった。


 関白が代わった。九条道家どのが執柄(しっぺい)を辞され、二条良実どのに関白の宣旨が下り、氏長者(うじのちょうじゃ)の印が渡った。天下を動かす者が、すげ替わったのである。一大事だ。


 その一大事の最中に、北政所(きたのまんどころ)が産気づかれた。


 お産の穢れの前か後か、氏長者の印を渡してよいものか、皆でまた頭を抱えた。天下の権柄(けんぺい)の受け渡しが、お産の日取りと取り合いになったのである。


 まあ、よい。なんとかなった。


 ならぬことなど、ないのだ。たぶん。


 ……というようなことを、私は今日も日記に書いている。



 ふと、手が止まった。


 私は、なんのためにこれを書いているのか。


 後の世の誰かが、これを引くためである。


 いつかまた、誰も想定せぬ事態が起きたとき――たとえば、幼い帝がうっかり滑って崩御なさるような、前代未聞の椿事が起きたとき。その誰かは、記録所へ駆け込んで叫ぶだろう。


「先例を探せ。どの御代かは分からぬ。分からぬから、全部だ」


 そして、私のこの日記を、引っ張り出す。


 ……あ。


 思い出した。私はこの一連の始まりに、こう書いたのだった。


 ——先例がなければ、作らねばならない。だが、新しいことをしたと後世に書かれるのは、できれば私ではない方がよい。


 私やったわ。


 空になった御冠を、別の帝の冠で埋めたように。


 私の書くこの愚痴もまた、いつか誰かの穴を埋めるために、引っ張り出されるのだ。先例として。借り物として。神妙な顔で。


 万世一系も、神国も、即位式も、関白の代替わりも、煎じ詰めれば、これである。


 誰かの残した記録を、次の誰かが引いて、なんとか間に合わせてゆく。


 借り物を、また貸す。


 その繰り返しで、世は回っている。


 いや——その繰り返しが、世を回している。


 私は筆を執り直した。


 帝。


 あなたが撒いた滑石(ろうせき)、たった一掴み。


 あれが巡り巡って、こんな日記になりました。くだらぬ愚痴のはずが、ありがたい先例になるそうです。


 ……まあ。


 だいたい、そういうものなのでしょう。朝廷というのは。


 明日のぶんを、書かねばならぬ。


原作『平戸記』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ