ファンキー崩御
帝、なんという死に方をしてくださったのだ。
知らせを聞いた時、私はしばらく何も言えなかった。
主上が、御所の廊下へ滑石を撒かせたという。
女房たちが足を滑らせるところを御覧になりたかったらしい。
ところが、最初に足を滑らせたのは主上御自身であった。
転倒され、そのまま崩御なさった。
アホや。
いや、畏れ多い。
希代の御事である。
前代未聞の椿事である。
天下の嘆きというほかない。
だが、どう言い換えてみても、やはりアホではないか。
そないにアホやったんか、帝。
私は頭を抱えた。
無論、幼い主上の御崩御を悼む心がないわけではない。ないわけではないが、悲しむより先に考えなければならないことがあった。
先例である。
幼帝が皇子を残さぬまま崩御なさること自体、そう多くはない。
まして御病でも、政変でも、怨霊でもない。
女房を転ばせようと御自ら廊下へ滑石を撒き、その罠に御自らかかって崩御なさった例など、あるはずがない。
あってたまるか。
葬送はどうする。
諒闇はどう定める。
誰がどの装束を着け、いつ参内し、どこで何を議する。
御追号は。
御陵は。
そして何より、次の帝をどうする。
主上は幼く、皇子はおられない。
譲位の御定めもない。
朝廷というものは、帝がいつか譲位されるか、少なくとも病の床に伏される時間くらいはあるものとして出来上がっている。
いきなり滑って崩御されることを、誰も想定していない。
マジで困るんやが。
いや、今それを申しても仕方がない。
私は日記を閉じ、もう一度開いた。
先例だ。
何でもよい。
病死でなくてもよい。幼帝でなくてもよい。皇子がいなければなおよい。葬送と践祚が重なった例、突然の崩御、皇統が傍系へ移った例——少しでも今回に引っかかるものを探さなければならない。
完全に同じ先例など、あるはずがない。
それでも、先例がないとは言えない。
先例がなければ、作らねばならない。
だが、新しいことをしたと後世に書かれるのは、できれば私ではない方がよい。
私は立ち上がった。
「記録所へ人をやれ」
近習が顔を上げた。
「どの御代の記録をお探しで」
「分からぬ」
「は」
「分からぬから、全部だ」
近習は絶句した。
私も絶句したかった。
帝、ほんまに、なんという死に方をしてくださったのだ。




