09 異世界の料理は口に合うかもって思ったんだよ。
真面目な話をしてたら食事がもてなされたが、見た目が物凄く口に合わなそうな件について。
うん、俺以外の全員これでもかってくらい幸せそうな表情で食べてるけど、俺みたいな人からしたら、見た目で和食か洋食か中華料理か判断できない。だから食べるのが怖い。
あ、これ異世界で出されてる料理だから異世界料理か。
いや待て待て!
だとしたら危なくないか?
自分が食べたり、まして見たことも無い食べ物…… てかこれ食べ物なのか!?
もうそこから疑問だわ! うん見た目物凄く不味そう! さらになぜか匂いも鼻にくる! 気がする!
逃げようと、思った。
いや、これは別に、見た目からしてお腹壊しそうだから逃げるとかじゃないよ?
勿論、俺だって出された食べ物は食べたい、食べたいけどさ。
ちょっと調子悪いんでそこらで休みます。
「あ、あのさ」
「食事中に何? 話なら食べたあとにするから待ってて」
口元をナプキンで拭きながらセシルがつまらなさそうに呟く。
食器の中は空。
てことは食べるの早くないですか。その割に栄養は吸収されてないみたいですけど。
特に胸。
「いや、調子悪いから休みたいんだけど。ベットどこ?」
「ルミア、鑑定頼んでいい?」
「言うまでもなく食べたくないだけですよね。見た目からしてゲテモノですもん。彼からしたら」
「分かってくれたか……!」
「あぁ、せっかく私が誠心誠意込めて作ったのに、食べてくれないなんて、恐ろしい子……」
「寝返んな!」
「いや、今回はルミアが正しいでしょ。ボクだって、作った料理を食べられないのは気が滅入るな」
「あーはいはい、食べればいいんですね」
そう言ったものの、なんだか気が乗らない。
食べれないわけじゃなさそうだけど、食わず嫌いっていうのかなんなのか。一歩が踏み出せない。
いや、男なら食べるべきだ。それに、折角命がらがら買ってきた食材を使ってもらってるんだぞ。
感謝しないとな。
「……じゃ、改めていただきます」
うっ、目線が痛いぞ。
スプーンでスープらしき何かをすくう。
「これなんて名前?」って聞けたらいいんだけど、あちらからしたらこのスープは普通に食べれるものらしいし、聞くだけ迷惑だよな。
震える手をどうにか抑え、口に運ぶ。
手が滑った、なんて言ってスプーンを思いっきり投げたかったけど、それができたら苦労しないわ。
「……」
「どう? 味は」
「…………いける」
「ですよね! よかった……」
うん、これいけるわ。
見た目はアレだけど、飲んでみると味は全然いける。
そう、いける。
日本にある食べ物で例えると何だろえっとみそ汁より味は薄いけど卵とじスープとかより濃いわけだし、辛くはないけど甘ったるい味でもなくてその……
「うっ……」
「「「あ」」」
「オロロロロロロ(省略)」
「くっさ! ボクの六百倍くっさ!」
「カズヤさん……取り敢えず布巾用意してきますね……」
「私は水用意するわ。コップは確か……って、やっぱり臭うわね」
やめて! 俺の体力と精神力が尽きちゃうぅ!
羞恥プレイされてる気がしてならない!
見るのはいいけどされるのは嫌です!
「ちょ、取り敢えず安静にしててね」
気遣いは有り難いけど目線が蛆虫でも見るようなんですけどセシルさん!?
「布巾持ってきました〜。良かったですね、食器さん。変態に嘔吐ぶち撒けられなくて」
安心しているけど食器にかよ!
あと勝手に変態扱いしないで! 俺まだこの世界で何もやってないし!
「あ、もう食べれないなら残り食べようか? ボク、このスープ好きなんだよね」
「あぁ、ありがとう。ところで、そのスープって何て名前なんだ?」
よし、今なら聞ける。
ナイス俺。ナイス嘔吐。
「えっと…… 確か『豪古担々汁』だった気がするけど」
「名前の割に辛くなかったんだけど?」
「当たり前じゃん! って、豪古担々汁知ってるの?」
「いや、初耳。ただ、俺が元いた世界で似た名前の麺が売っててさ。それ意外と辛いんだよ」
「へぇ、キミが元いた世界ではそんなのがあったんだ」
ん?
なんか物言いたげな表情。
「それってアリアも食べてたのかな……」
誰それ。
「残念だけど知らないな。というか、そのアリアって子誰?」
「あ、気にしないで! 独り言だったし」
「お、おう……」
あの、それ一体誰なんですかね。
「──よし! 掃除終わりましたー! クズヤさん! まだ残り食べますか?」
まだそのイジリ続いてたのかよ!
もうお腹一杯だし別にいいや。
「あ、いや、大丈夫」
「そうですか…… なら処分しときますね」
「勿体無くないかそれ」
「じゃあ今食べましょう?」
その後もう一度吐き気に襲われたんですけど。
ーーー
「──で、さっきまでの話についてなんだけど」
「そういや、何か話してたな」
「貴方がアリアと何度もキスするからこんなことになってるのよ!」
「俺のせい!?」
「まあ、異世界に来ちゃったのが貴方っていうのが一番の原因なんだけどね」
それ別に俺悪くないと思うんだけどなぁ……。
「あ、あの、気になってることがあるんだけど」
「何? 話を進めたいから早く」
「えっと……その、アリアって、誰?」
沈黙。
皆顔を顰めている。
何か悪いことでも言ったのかな。だとしたらすまない。本当に申し訳ない。
「今のは忘れて。さ、話の続きしてくれよ」
「言っていい……?」
「構いませんよ。察しは付いてるかと」
ごめん全然知らないんだけど!?
「……和奏」
「は?」
何を言っているのだろうか。
和奏は和奏であって、アリアなんて名前ではないのだが。
「貴方が元居た世界にいた時の名前が石川和奏。偽名よ」
「どうしてそんな必要があるんだ? アリアって名前のままで帰国子女として来たりとかは出来なかったのか?」
「アリアが異世界に逃げたって知れ渡ってしまえばこの世界は混乱に陥るわ。だから、わざわざ偽装する必要があったの」
「それで、石川和奏という名前を?」
「ええ。元々石川和奏は貴方より前にこの世界に転移してきた少女よ」
「俺が初めてじゃなかったのか……」
「そこ悔しがらなくていいわよ」
「いや、転移してきて俺TUEEEが出来ないと考えると……」
「俺TUEEEって?」
「気にしたら負け」
「あぁ、そう」
「で、元々いた石川和奏はどうなったんだ? もしや世界を救った勇者とかになってる?」
「…………死んだ」
「は?」
「事実上は、だけど。人間という概念に捉われなくなったって感じね」
「どうしてこうなった」
「説明するのは色々と面倒なのよ。ただ、彼女は失敗作だったってわけ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。何でその…… 和奏さんは失敗作なんだ?」
「質問が多くて話が進まない! いい? 二度と同じ過ちを犯さないためにも、明日から貴方には特訓を積んでもらうわ。異論は認めない。…………失敗作になりたくなければ、だけど」
「…………分かった」
翌日、少しだけでも「特訓」の言葉に甘い期待をしてしまったこの日の自分を殴りたくなった。