10 早起きは三文の
「ねっむ」
「何言ってんの? 朝から体動かさないと意味ないでしょ」
「うん。まあ、それはそうなんだけど──」
今目を閉じたら脳が泣いて喜ぶと思う。
だってさ、いくら朝から特訓といえど。
「早朝四時から特訓ってあり得なくないか!?」
「有り得る。貴方みたいな下劣でどえらいことしてきそうな人間と高貴で今日も太陽に負けない輝かしさを持つ私とでは格が違うわ。追いつくためにも特訓は必須よ」
「それ自分で言うんですか……?」
「はい、それじゃあまずはこの周りを十周ね」
そう言って、セシルはこの部屋全体を見渡す。
「……うん、このぐらいの広さなら上等ね」
「拒否権は無いのか……」
「あったりまえでしょ! 体作りは基本中の基本だし!」
「そうですよ~、私も応援してるんで、頑張ってください。それじゃ、おやすみなさい」
「寝んのかよ! いや寝んのかよ!」
「いちいちツッコミ入れなくていいから! はやくしてっ!」
「ボクも走る! 位置につい面倒だからドン!」
「初めから飛ばすな置いていくな!!」
この、先日も入った大広間の間取り、どう見ても広い。
うん、隅の方に移動してみても、次の曲がり角まで結構な距離がある。
物凄く面倒だ。
「それじゃあ、ここの隅がゴールってことで軽く走るか……」
サボろう、そう心に決めた。
ネーフとはスタート位置が違うが、残念だな俺の方がお前をスタート位置の時点で追い越しはっや!
直後、足を持っていかれそうなほど強い風を受け、実力の差に絶望したくなった。
「ほら! はやくしないと置いてくよー!」
足踏みを踏みながら俺より少し先で止まるネーフ。
その足踏みの速さも段違い。
本当に人間なんだろうか、と疑いたい。
「え、やっぱり行くしかないんですか」
「僕がペース合わせるから! 一緒に走ろっ!」
それ、確実に置いて行かれるやつじゃないですか。
ーーー
「ねっむ」
「走ったあとに『ねっむ』って。貴方の体ってどうなってるのかしら」
「いや、流石に疲れたから寝たいです。……途中何度も休憩入れなきゃ体力的に厳しいんですけど、どこかの胸まな板星人は休まさせてくれないし。ケモ耳幼女(可愛い)は俺を置いていくし」
「だって、ペース合わせたらキミはサボっちゃいそうだし。可愛いってのは受け止めておくけど」
「きゃー可愛いー」
「……じゃ、次。胸まな板星人からの命令よ」
「ん? 肩震わせてるんですけど。あ、もしや胸がまな板だって言われて傷ついてるんですか? あっれれぇ? そんなにまな板なのが嫌なんですか? 思春期真っ盛りの女子か!」
「……私と勝負しなさい」
「……は?」
「いい? 私は貴方に『胸がまな板並じゃねえか』と言われようが『その胸使って野菜切ろうぜ!』と言われたって動じないわ! だって私だもの! これは特訓よ。決して腹いせに懲らしめてやるこのどっ…… 小心者とか思ってないから!」
いや絶対思ってる! 待てそんなの『橘和也の異世界でちっぱいロリ達とイチャイチャハーレムズッコンバッコン物語』が終わってしまうじゃないか!
「……拒否権は?」
「貴方にその権利は無いわ」
「……じゃあ、ルールとかは」
「気絶…… は危ないから、背中が地面に着いたら負けってことで」
「分かった。俺棄権していい?」
「分かっ…… るかー!! はい、さっさとやる! ルミア!」
「分かりました。敗北条件は地面に背中が着くこと。それ以外のルールは有りということで宜しいですか?」
「よくってよ」
「それはいいけど、うーん、瞬殺されそうなの俺だけかな……。同感の方は一を、そうでない方は二を」
「ボクは一だと思うんだけど」
「やめろ心が折れるから」
「準備はいいですか?」
「いつでもいけるわ」
そう言って、セシルは俺との距離を空ける。歩幅でいけば四千五百四十…… って、やかましいわ。
「取り敢えずやれるだけやってみるか」
「ではいきますよ。…………スタート!」
開始の合図と共に、セシルの足は地を蹴り、一気に俺との間合いを詰める。
勢いで押して地面に叩きつけるか、或いは殴ったりするのだろう。どちらにしろ俺からしたらご褒美だ。
だが、しかし。
俺だって負けたくない。
いや、負けるかもしれないけれど、せめて数秒間は粘っていたい。
美味しいものは最初に食べろ、ってどこかで聞いたけど、ご褒美は最後まで置いておこう。
「うおおおおお怖い怖い怖い怖い!!!!!!! 顔が鬼そのもの!!」
走る。全力疾走。
逃げ切りないと分かっているからせめてもの足掻き。
「まな板なんて言って悪かった! 許せサ○ケ!」
ここで謝罪。
ほら、子ども作る行為を行う時に限って告白とかしたら成功するじゃん、漫画とかでよくあるやつ。
あれみたいに、単なる謝罪ではなく、こういう状況下で謝罪することによって……
って! 俺が見てたのって大半がイチャイチャしてるやつだから成功して当たり前じゃん!
怒ってる奴に今謝罪しても意味ないじゃん!
「私はサス○って名前じゃないわよ!」
「分かってる分かってる! あぁ、クソッ! こんな時にチートとか使えたらいいのになぁ! 神さまはこの世にいませんってか! てか疲れた! 俺もう疲れたわパ○ラッシュ!」
「使えるわよ」
「……へ?」
「だから、使えるって。チートが何か分からないけど、貴方も使えるわよ」
「チートが何か分からないのに使えるって確証あんの……?」
「あるけどとりあえずっ!」
「しまった! ふ○だ!」
腕を掴まれ、そのまま引き上げられる。
「だから誰よそれ! 名前変わってるし!」
「どっうわ!」
そして落下。
背中を打ち、腕を離され終了。決め手は背負い投げ一本。
「負けたわ…… 分かってたけど」
「意外と体力あるのね」
「正直言って、負けたくなかったんですけど」
「まあ、仕方ないわね。特訓お疲れ様。立てる?」
「ごめん動けねぇ」
「……仕方ないわね」
ほい、と手を差し伸べてくれる。
これはあれか、俺が手を取って逆にこちら側に引いてセシルが体制崩して…… って、そんなこと考える余裕もない。
「……すまん」
成されるがまま引っ張られ、なんとか立つ。
「初日にしては上出来だったわ。さ、朝食にでもしましょうか! 今日は私が作るわ」
「よっ! セシル姐さん! ボクは君の朝食が食べれて幸せだよ!」
「早朝四時半から朝食って…… 生活リズム狂うわ」
「はい!先に食堂に行ってて!」
「じゃ、お言葉に甘えて行きましょうか」
「……そうだな」
「よっし!れっつごー!」
「お前はあんだけ走っても元気なのな」
「だって可愛いから!」
「お…… おう……」
可愛ければ何でも出来るらしい。
作品とは全然関係ないですがもう一年の半分が過ぎ去ろうとしていますね。
なんか、昔に比べて時間の流れが速くなった気がする……




