黒騎士流、喫茶マナーのすすめ
喫茶店の二階から聴こえるバイオリンの音楽、店内をお洒落な雰囲気でいっぱいにしています。
しかしドアの向こうから穏やかな空間とは一変した客が二人。
「ここがレティの喫茶店だ!」
「ここがレティの喫茶店でありますか!」
一人は銀色の甲冑を着た黒カラスです。人間世界のカラスの数倍はでかくて兜を片手に持ち黒い目をギラギラとさせ、低い声で精一杯大声を出しています。
もう一人、声変わり前の男の子の様な声を発するのは黒カラスよりも小さく、身軽そうな甲冑を着たハチで、クリクリとした目が特徴的です。4本ある手の内1本の右手で敬礼し、首元の綿のような毛の先をぞわぞわと固まらせています。
「騎士たるもの、時には安息も必要だ!」
「は。騎士たるもの、時には安息もするであります!」
どうやら黒カラスの方が上司のようです。
彼に先導されるままハチは背筋を伸ばしガチガチに固まった足でガチャガチャと音を立てながら着いて行きます。
「これが3人用テーブルだ!」
「これが3人用テーブルでありますか!」
カウンターテーブルに近い位置の3人用テーブルに腰掛け黒カラスはレティを呼びかけます。
顔半分がバケモノの店主は手慣れた様子で対応します。
「ご注文は?」
「彼女がここの店主だ!」
「彼女がここの店主でありますか!」
周りからは一々大袈裟な反応だと思われがちですが、この姿勢は騎士である彼らにとって当たり前のことなのです。
「では何か注文をするが良い!」
「は。では自分はチョコレートケーキを注文するであります!」
「馬鹿者!」
バシ。
黒カラスの様子が一変して大きな翼を手のようにハチの頭を叩きます。
ハチの騎士はイ、イタイでありますと黄色い頭を両手で抑えました。
「まずは飲み物から頼むのが常識だろうが!」
「そ、そうでありましたか。大変失礼いたしました!」
プンスカ、カァカァと怒鳴られながらハチは訂正してコーヒーを注文しました。
* * *
約30秒後、注文の品がやって来ました。
「お待ちどう様」
何の変哲も無いコーヒーですが黄色い騎士は初めてコーヒーを見たかのように目をキラキラさせます。
「この店自慢のコーヒーだ、ゆっくり飲め!」
「は。火傷しないようゆっくり飲むであります!」
いただきます、とハチはコーヒーカップを持ち口につけようとする。
しかしその瞬間ーー
「無礼者!」
バシ。
黒い騎士は今度はテーブルを叩きました。
ハチがコーヒーカップを持っていた為でしょう。
「貴様、何故に右手でコーヒーカップを持っているのだ!」
「は。自分が右利きだからであります!」
「そこのお嬢さん!」
カウンターテーブルに座ってコーヒーを片手に本を読んでいる少女はいきなり大きく声をかけられたので体を震わしながら振り返ります。
「は、はい」
「貴女はどちらの手でコーヒーカップを持っている!」
「ひ、左手ですけど」
「それ見たことか、あのお嬢さんは常識をわきまえているぞ!」
黒カラスはバシバシと翼をテーブルに叩きつけもう一方の翼でハチを指差しました。
「それに比べ騎士である貴様が、常識をわきまえずに何故に騎士道を貫くと言うのだぁ!」
「は。大変失礼いたしました!」
「彼女を見習え!」
「は。彼女を尊敬し見習うであります!」
少女に向かって敬礼するハチをよそに喫茶店内はいつものようにガヤガヤを盛り上がっていました。
* * *
美味いであります、と言いながら出された品を全て平らげた黄色い騎士はとても満足そうな顔をしています。
「どうだ、ここのコーヒーとチョコレートケーキは美味かったか!」
「は。今までに食べたことのない程の絶品だったであります!」
「ここに来れて良かったか!」
「は。自分などのような輩がチョコレートケーキを食べれるなんて思わなかったであります!」
「阿呆者!」
バシ。
黒カラスは今度はハチの頰を叩きました。
に、二度目も打たれたであります、とハチは痛さ故に蹲りました。
「何だその謙虚な答え方は、騎士道その27を唱えてみよ!」
「は。『騎士たるもの嬉しい時は素直に言葉に表すべし』であります!」
黒い騎士に問われると黄色い騎士はすぐさま立ち上がり敬礼しながら自信満々に答えます。
「ではもう一度聞く、ここに来れて良かったか!」
「は。大変良かったであります!」
「よろしい!」
黒カラスはここへ来て初めて頷く仕草を見せます。
そして椅子から甲冑で重い腰を上げました。
「最後は挨拶だ、ご馳走様でした!」
「ご馳走様でしたぁ!」
「お粗末様でした」
勢いのある挨拶でもレティは平然と返します。
その後二人は席を離れドアへと向かいました。
「では帰った後は厳しい訓練の再開だ!」
「は。一生懸命頑張るであります!」
「喫茶店を出る時はどちらの足から出る!」
「左足であります!」
「クマの足跡を見つけたらどうする!」
「騎士たるものハチミツを守るであります!」
「可愛いお花が咲いていたらどうする!」
「騎士たるもの寄り道はグッと我慢するであります!」
「パーフェクッ!」
カァカァ、ブンブンと二人の会話はドアを出て暫く経つまで少女に聴こえるほどでした。
* * *
一方、黒猫はカウンターテーブルの端っこで皿から溢れたマタタビジュースをペロペロ舐めていました。
「ククロ、ジュースが溢れたのならそう言いなさい」
「常識ダロウ、常識!」
「フン、自由ニャのが猫の常識だろうが」
老猫ククロはそっぽを向くのでした。