第一話 調査
目を開けたら。
そこには——死体があった。
まだ、若い女性。
茶色く汚れた肌と、憎しみをたっぷり込めた顔はむしろ清々しいくらい綺麗だった。
◇
証言者、町田氏
聴取内容:
「いや〜、最近多いんですよ。変な噂のせいですかね〜。YouTuber? そんな奴らがカメラを片手に入っていくんですよね」
男は心底うんざりした表情をしている。
「誰があんな噂立てたんでしょうね? 本当に迷惑ですよ」
男は心底めんどくさそうな表情をしている。
「殺人——そんなのあるわけないじゃないですか、ね? むしろ、本当に化けて出て酷い目にあえばいいんですよ」
男は嘲笑するような表情をしている。
「まぁ、中に入った人がどうなったかは分かりませんが。警察の方も中に入って——」
◇
「猪崎さん、突然、無理を言って申し訳ありません。こんな遅い時間ですが手短に終わらせますので、本日はよろしくお願いいたします」
俺は横に並ぶように立っている、猪崎さんに向かって頭を深く下げた。
「いえ、大丈夫です。あの事件について、私も思うことがありますから……少しでも、ご協力できれば幸いです」
彼女は市役所に勤めている。
そこで、とある殺人事件について協力を依頼したのだ。
以前見た時はスーツ姿だったが、今日は廃墟の中を探索するために、カジュアルな格好をしている。
こちらがお願いした立場なのに、彼女は深々と頭を下げてきた。
「ちょっ、そんなに畏まらんでください。今日は俺の方が無理を言ってるんですから」
「いえ……もし、彼らが無罪になるなんて、なったら……」
眉を潜める彼女がそう言うと、俺は小さく頷いた。
「でも、本当に——無罪になるかもしれないんでしょうか?」
「はい……」
俺が短くそう返すと、彼女は返事をする変わりにわずかに下唇を噛む。
「俺も同じ気持ちです。なので、ご協力していただいて本当に助かりました」
猪崎さんには、いろいろとお願いしていた。
この殺人現場を再調査するにあたって、現所有の方と必死にアポを取ってくれたのだ。
急にお願いしたと言うのに、その日のうちに話をつけてくれて、条件付きでオッケーしてくれた。
それが、必ず二人で調査して欲しいとのこと。
理由は、このペンションでは幽霊の類が出るらしく、一人で行くには危険とのこと。
誰か仲間を誘おうとしたが、彼女が同行すると言って危険だからと断ったが、真相をどうしても知りたいらしく、同行を許可してしまった。
「同じ女性として、反省の色がまったく見えない彼ら……私、どうしても許せなくて」
猪崎さんが、強く歯を噛みしめる。
頬の筋肉がわずかに外に引っ張られるように膨らみ、目つきが鋭いものとなった。
「……分かりました。でも、俺の指示に従ってくださいね?」
こうして一般人を巻き込むのはどうかと思ったが、年を取ったせいか彼女の感情に心が揺らされたみたいだ。
俺が彼女にそう言うと、「分かりました」と返事をしてペンションの方へと体を向ける。
「その……ここに死体が埋められてたんですよね」
「そうです」、と俺は答えて視線を落とす。
このペンションの中庭、ちょうど俺と猪崎が立っているすぐ前に死体が埋められていたのだ。
「ここに……」
彼女が言葉を発した瞬間——
「——ぐうっ……」
目の前が白く霞む。
頭を電気が突き抜けたような、鋭い痛みにその場で膝をついた。
ノイズのような、さざ波音が鼓膜を通らず頭の中で直接響く。
「——さん!」
彼女の声がした。
瞼を強く瞑り、呼吸を整える。
「ハァ……ハア……」
額に浮かぶ脂汗が顔を伝って、首筋を撫でた。
その不快感のおかげで取り乱しそうになった俺の心を、どうにか保ってくれた。
「……大丈夫、です」
ようやく落ち着いて目を開ければ、俺の肩に手を添えて覗き込む彼女の姿と、その奥に——"死体"があった。
「猪崎さん! 見ちゃダメだ!」
そう言った時には遅かった。
彼女の二つの眼が、地面に横たわる"それ"を凝視していた。
「——ひっ!」
短い悲鳴が漏れた。
「……どう言うことだ」
この死体、俺たち警察が掘り起こした女子大生の……だよな。
服は着ていない。
穴に埋められて普通なら苦しそうに顔を歪めるはずなのに、彼女は酷く——笑っていた。
——この顔、俺は覚えている。
間違いない。ここに埋められていた死体だ。
「大丈夫ですか? 猪崎さん」
尻もちをついた彼女に、俺は手を差し出した。
「……はい。ありがとうございます」
彼女の手は砂に汚れてざらついて、それと手汗と混ざって滑る。
「これ……死体ですよね? ……うっ!」
腐った人間の匂いは肉が腐って甘くて、それでいて胃をひっくり返そうとしてくる。
口元を手で押さえて、腰を折る彼女。
その指先の間から、ポタポタと唾液が滴り落ちていた。
死体を目の前にしたのは初めてだろうに、よく耐えてる。
この強烈な匂い。
土と肉が腐った香りが混ざり合って、鼻にこびりついてくるのだ。
それでも、まだマシな方。
「……うむ、これは間違いない」
そっと、その死体に歩み寄ると死体をくまなく調べる。
喉元にあった、二つの手型。
ここにこびりついた少年の精液が、証拠となった。
覚えてる。忘れるわけもない。
この死体を見て、自分の娘と重なって余計に少年達を憎悪した。
できるなら、俺の手で殺したい。
そう思ったほどなのだから——
「よ、く……平気ですね」
「……慣れてますから」
過去に見た彼女の死体と一緒。
顔も、死亡原因も。
でも、本物の死体はすでに骨になっているはずだ。
なら、これはなんだ?
俺は立ち上がると、暗闇に佇んだ廃墟に目を向ける。
窓はない。ラクガキだらけ。
「なにか、明かりが——」
猪崎さんが、指さす。
かすかに聞こえる人の声。
恐らく、肝試しか何かをやっているのかもしれない。
こんな時でなければ、現行で逮捕したいところだが。
「——安住さん!」
こっちを振り向いたと思ったら猪崎さんの、目が見開く。
叫ぶ彼女の声。両手で手を覆っている。
心臓の鼓動が妙に早かった。
凄惨な現場、それよりも最悪だ。
これならまだ、人の悪意の方がよっぽどマシ。
ゆっくりと振り向いた視線の先には。
「……ない。どこに——消えた」




