僕の理想の恋人ライフ
「はい、罰ゲームは穂乃果にけってーい!」
昼休みの屋上。
そこでクラスの陽キャたちが集まって騒いでいる。せっかく見つけた僕の穴場だった屋上だが、あっという間に彼女たちに占領されてしまった。
とっさに物陰に隠れたはいいけど……
逃げ出すタイミングを見失い僕は息を殺していた。そんな僕のことなど気づきもせず陽キャたちは話を進める。
「罰ゲームはあの角田に嘘告&一か月間限定の恋人になることでーす!」
「は?う、嘘でしょ?あの角田と?」
顔は見えないが声の主、佐藤穂乃果の表情が酷いのは想像がつく…
「あの根暗でロン毛の角田と付き合って言うの!?」
「そうだよ?」
「冗談じゃない!私絶対無理なんだけど!」
ここまで言われる角田とは一体どんな男なのか。
はい、僕です。
長い前髪。極端な猫背。
それが僕、角田栄吉だ。
「だめだよー。罰ゲームなんだから」
「うっ」
「ということで、今日の放課後に告白してね!」
「……分かった」
佐藤さんは渋々といったふうな声で答える。
キーンコーンカーンコーン。
「やば!急いで戻ろう!」
陽キャたちはチャイムの音に焦って駆け足で教室に戻っていく。そうして、屋上は静かになり僕一人になる。
スポン!
やっと体を捻り隙間から抜けた。これで悩みは一つ消えた。
しかし、状況は芳しくない……
「どうすればいいんだ……」
罰ゲームと分かっているんだし、断ればそれで終わりなはず。だけど、僕なんかに振られたなんていうことになれば彼女のプライドを刺激してしまい、何をしてくるのわからない。
迂闊なことはできない。僕はない頭で懸命に考えた。結果、閃いた。
「告白を受けてしまえばいいんだ……」
ポジティブに考えよう。
このチャンスを逃せば僕に恋人何てできるはずがない。なら一か月という期間を使って好き勝手にこの偽恋人ライフを楽しめばいいんだ!
彼女に遠慮することはない。元は罰ゲームだ。
そして彼女は一か月は僕と別れることはできない。つまり、一か月は僕のやりたい放題なわけだ!
なんだかそう思うとテンションが上がってきた。
「よし!ここから僕の青春は始まるんだ!」
__________________
放課後、夕日が照らす教室で僕は佐藤さんを待っていた。僕の手には彼女からの手紙。「放課後、教室で待ててください。話したいことがあります」
可愛らしい文字……とは、言えぬなんとも苦渋の気持ちがあふれた文体の手紙だった。初め見た時は果たし状なのかな?と思ったくらいだ。
何はともあれ、罰ゲームは実施されるのだろう。そうして自分の席に座って待っていると教室の入り口が開く。
「……お待たせ」
「ぜ、全然待ってないよ」
僕は言い淀みながら席を立ち佐藤さんの前まで行く。
「で、話って?」
僕はとぼけた風に佐藤さんに悟られぬように自然に徹して聞く。佐藤さんはものすごく言いずらそうに僕に告げる。
「あなたが好きです……付き合ってくれませんか」
うん、うん。
その言葉を待ってたんだ。
「はい、喜んで」
この瞬間、僕のやりたい放題の恋人ライフが始まった。
「ねえ、付き合うことになったんだから名前で呼んでいい?」
「え?う、うん……」
うん。すっごく嫌そうだ。
「穂乃果」
「う、うん」
「穂乃果」
「な、なに?」
「ただ、呼んだだけ」
僕は満面の笑みで彼女に言う。すると見るからにドン引きしていた。まあ、付き合って速攻で名前呼び&この馴れ馴れしさだから無理ないか……
「あのね、僕、行きたいとこがあるんだけど一緒に来てくれる?」
「う、うん……いいよ……」
完全に引いている佐藤さんを連れて僕が来たのは美容室だ。普段なら絶対近づかないとこだけど、この一か月間の恋人ライフを楽しむならまずは見た目から入らないと。そう思って、思い切って来たのだ。
僕は美容師さんに案内されて椅子に座る。傍らには佐藤さんがいる。
「今日はどうしますか?」
「えっと、彼女の言う通り切ってもらっていいですか?」
「え?私?」
佐藤さんはいきなり僕に指名されて戸惑っていた。
「うん、どうせなら穂乃果の好きな髪形にしたいから」
それは本心だった。どうせ佐藤さんに貴重な一か月をもらうのだから近くにいる人は自分の好きな髪形のほうが佐藤さんもいいだろう。そう思ってのことだった。
「じゃ、じゃあ……短く爽やかにしてもらえますか?」
「かしこまりました」
美容師さんはにこにこしながら僕の長い髪を丁寧に切り落としてくる。
そうして数十分後。
僕の髪は短く清潔感のあるものになった。
「どうでしょうか?」
「え?………」
美容師さんは佐藤さんに向けて喋りかける。しかし、佐藤さんは僕の姿を見て唖然として固まっていた。そんなに似合ってなかったのかな?
「穂乃果?」
「あ、ああ。だ、大丈夫です」
彼女は僕の声に反応してやっと返事をする。どうも問題はないようだ。
「ありがとうございました!」
散髪が終わり美容師さんに見送られて外に出るともう外は暗かった。僕はその光景に好機とばかりに佐藤さんに言う。
「もう暗いから家まで送るよ」
「え?い、いいの?」
「うん」
一度は行ってみたかったセリフだったんだよね。そんなことはつゆ知らず佐藤さんは困惑していた。
「さすがに家までは嫌かな?」
「えっと、う、うん。ごめん……」
うん、うん。素直はいいことだ。僕は満面のスマイルを浮かべてなるべく佐藤さんを怖がらせずに言う。
「全然いいよ。じゃあ、近くまで送るのはいい?」
「そ、それなら」
佐藤さんは苦笑いで答える。ここが妥協点かな。
「じゃあ行こうか?」
「う、うん」
僕はそう言って彼女に手を自然な感じで差し出す。それを見て彼女は初めは驚いていたが恐る恐るといった感じで手を掴む。
握った彼女の手は少し汗ばんでいた。あまりの状況に動揺してるのかもしれない。まさか僕と手を繋ぐとは彼女は思ってなかっただろうからな。
よし、ここは僕の軽快なトークで場を和ませよう!
「佐藤さんはアニメ見る?」
「み、見ないけど……」
アニメ。
その言葉を聞いて彼女の顔は酷く引いていた。確かに彼女にする話ではないよね。普通ならアニメが好きでも隠すとかするしね。でも、僕の理想の恋人ライフでは彼女とアニメの話をして盛り上がりたいんだ。
「実はね、とっても面白いアニメがあって漫画が原作なんだけど……」
僕は引いている彼女を無視して話を続ける。そうして一通り僕のおすすめのアニメを教えた。
「もしよかったら見てくれる?」
「わ、分かった。けど、私はあまりアニメは……」
この言い方適当に流す気だ。それは困る。僕は彼女とアニメトークがしたいのだから。僕は彼女の手を取り真摯に言う。
「穂乃果とアニメトークがしたいんだ。だから見て欲しいな?」
佐藤さんの目から一瞬も目を離さず思いのたけをぶつける。
「う、うん」
佐藤さんは顔を赤くしてうつむく。
表情は分からないが伝わってくれたのだろうか?
「必ずだよ!?」
僕は手を強く握りさらに強く追い打ちをかける。
「わ、分かってるから!」
佐藤さんは僕の手を振り払う。夕日のせいか耳まで真っ赤に見えた。
「み、見るから!だから今日はさよなら!」
そう言って佐藤さんは背中を向けて駆け出していく。
「見てくれるかな……」
角田の心配はその一点にに集中していたのだった。
_____________________
「はあ、はあ」
私は早鐘のように打つ心臓を落ち着かそうと深呼吸をするが鼓動は早くなるばかりだった。
「ありえない……少し髪切って顔が好みだったからって……」
初めこそ気持ち悪かった。しかし、角田の目が見えてその目が真剣に好きだと言ってるのが伝わってきた。
※勘違いです。角田は純真な童貞なだけです。
(あんなまっすぐな目は初めてだ……)
角田の純粋?な心は奇跡的に彼女の心を少しずつ動かしていたのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。
気に入っていただけたら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです。




