第6話 魔法の授業
今日の勉強部屋は満室だ。なんせ俺たち奉公人だけじゃなく、若手の店員も加わっている。
「さて、前回のおさらいからです。ポルフィリオさん、まずはお手本を」
「は。では……自由を愛する風の女神よ、捧げしマナと引き換えに我が願いを聞き入れ給え。ささやかな盾をもち我らを護れ。ミニマムウィンドウォール」
指名された店員さんがペンを振るうと、俺たちの前髪がかすかにそよいだ。
「お見事です。これが我ら商人にとって必須であり基本であるミニマムウィンドウォール、触ってごらんなさい」
促されるまま顔の前に指を伸ばすと、そこに見えない空気の膜があるのがわかる。
「いいですか。我ら商人は風の女神の加護を持ちます。風の加護とはすなわち、音を操ること。我ら風の子の戦いは戦場ではなく、商いの場なのです」
なるほど。魔法の授業と聞いて、なんで勉強部屋なのか、座学だけなのかと思っていたが、俺たち商人が扱う魔法は応接室専用らしい。このミニマムウィンドウォールは、主に諜報対策。いわゆる防音魔法である。
突然だが、この世界には魔法があり、魔法には属性がある。基本属性は火、土、風、水。どの属性かは、七回目の誕生日――つまり六歳を超えて、神殿で洗礼を受けた時に判明し、それぞれ火の女神の加護とか土の女神の加護とか言われる。そしてこの世界の職業は、この属性によって決まると言っても過言ではない。
まず火属性。これは火の女神の加護により、力が伸びやすい。つまり、騎士や傭兵などの軍人に向いているということだ。彼らのほとんどは赤髪赤目で、街で武装している人といえば大体火属性。
次に土属性。茶髪茶目、土の加護により器用さが突出している。職人をやってるのは大体彼ら。俺の父親や兄も土属性だった。
それから水属性。彼らは水の女神の加護で、知力が伸びやすい。大体青髪青目、神殿や治療院で働く人は水属性だ。母と姉がそうで、姉は今、修道院で治癒師として修行中。
そして最後に風属性。俺たちは緑髪に緑目、素早さに特化している。風を操り、足音を消したり聞き耳を立てたり、情報収集に長けた属性だ。大体は商人。冒険者なら弓術師や斥候。よく盗賊に向いた属性と貶されるが、否定できない。
剣と魔法のこの世界、子供が生まれたらまずは髪色を見る。赤か青なら当たりだ。常に魔物の脅威に晒されているため、軍人は稼ぎ頭。そしてヒーラーは食いっぱぐれがない。
逆に不遇とされるのは、茶色か緑。中でもどっちが不遇かと言われると、土属性を挙げられることが多い。なぜなら、土属性の魔法なんて聞いたことないから。子供の好きな絵本にも、土属性が活躍するシーンなど一切登場しない。
しかし、土属性の本当の強みはその頑強な肉体にある。彼らは往々にして前衛職につき、タンクや剣士などで地味に活躍するのだ。しかも手先が器用で、職人にとっては最高の適性。日常生活において、もっともツブシが効いて堅実なのが土属性なのだ。
では、残る風属性はというと。
まず一般的に、風属性はペラい。冒険者の中に緑髪を見つけたら、彼らは大体軽装だ。身軽な特性上、筋肉が付きにくいらしい。また特性を活かすためには、身軽でなければならない。で、ゲームでも盗賊キャラってすぐ死ぬじゃん。それはこっちでも同じだ。冒険譚では、大体真っ先に斥候が死ぬ。
結論、風属性が最も不遇だと俺は思う。商人に向いていると言われても、逆に言えば商人くらいしか特性が活かせなさそうだから。さっきポルフィリオさんが張ったミニマムウィンドウォールだって、風属性がこの世界を生き抜くため、知恵を絞ってなけなしのリソースを強みに変えた結果なのだ。防音魔法は確かに便利だが、なくても別に商談はできるのだから。
だがしかし、出来ると出来ないでは商取引の信用度が変わってくる。先生はさっき、基本であり必須であると言ったが、どうやら今日の受講生に限って言えば、ちゃんと使えるのは全体の1/3くらい。ベテランでも苦手な人がいるようだ。
「商談にはどうしても時間がかかります。魔力の消費を極限まで抑え、必要最低限の範囲をカバーする精密なコントロール、そしてそれらを維持しながら商談を優位に進める思考力と判断力を保たねばなりません」
パスクワラ先生はしれっと言うが、それってなかなか難しいんじゃないだろうか。




