第52話 愚痴
「というわけで、疲れましたよ……」
翌々日の日曜日。俺はエルマノスの皆さんに愚痴を吐いていた。
「まあまあ、あのペドロさんが感心するくらいだ。そりゃあそうなるだろう」
「いやセベ兄ィ、違ェって。マジでクッセェんだって。寮に帰ってきた時のロドリゴ、みんな避けてたんだからな」
「ポンシオ、お前らはまだいいぜ。俺なんか下のベッドがロドリゴだからな!」
いや、いつの間にか俺の愚痴になってた。プリニオとポンシオのツッコミは、もはや悪口の領域。早朝から夕方までいっぱい働いた後なのに、散々な言われようだ。まあ臭かったのは認めるがな。
「だけどよ。そんなに臭いのに美味いとか、逆に興味あんな」
「しかも骨を煮るだけで作れるんでしょ? すごくない?」
「ねえロドリゴ。今から登録するレシピをここで漏らして大丈夫なのかい?」
「いや、骨を煮るだけって言っても、逆に手間と光熱費が半端ないんで」
あと香味野菜とか地味に痛いんだよな。こっちはハウス栽培とかないから、季節が合わないものは手に入らなかったり、べらぼうに高かったりする。
「なるほど。材料が安くても、庶民には手に負えなさそうだな」
「冬の間、暖炉に火を入れている間ならワンチャン炊けるかもですが」
「うーん、いくら美味くても孤児院中が臭くなるのは勘弁だなァ」
そう。豚骨でスープを取れば美味いなんてこと、前世の日本では誰でも知っていることだが、誰も家でやろうとしない。素人にはいろんな面でハードルが高いのだ。
木曜日の夕方、大旦那様に呼び出され、金曜日にペドロさんの店に派遣され。そこでペドロさんが豚骨にハマり、弟子たちが手のひらを返し、後から来た給仕のティモテオさんの人格が豹変した。来週また試作に来るっつってんのに、「未完で帰るなんて殺生な」としがみ付かれ、危うく監禁の上徹夜させられそうになった。夕方から豚骨を仕入れてもう一回作れとか、どういう発想だよ。チキン派のパコさんとチャーシュー至上主義のパキトのお陰で、辛うじて脱出成功した。
しかし彼らはあの後、夜営業しながら鶏ガラとチャーシュー改良に再挑戦するって言ってた。徹夜自体はなんともないんだ。飲食業のブラックさを改めて思い知る。
なお、土曜日は夜営業が忙しいので、次の派遣は月曜日と決まった。この世界、週休一日で日曜日はどこもお休み。したがって、華金じゃなくて華土なのだ。
一方、次回の試作会を明日に控え、俺は憂鬱極まりない。一週間で一番楽しみにしているはずの冒険者見習いタイムが、まるで日曜日の夕方のアニメのようだ。
「それでロドリゴ。なにがそんなに憂鬱なんだ? 料理人たちも、ロドリゴのレシピの良さを理解したわけだろう。あとは何度か味の調整をしたら終わりなんじゃないのか?」
「そう言われれば、そうなんですけどね……」
確かにセベリノさんが整理してくれると、そんなに大変な仕事ではない気がする。もう大まかなチャーシューメンの概念は伝わったと思うし、あとはペドロさんたちにブラッシュアップしてもらえばいい。それでは、なにが俺の気を重くさせているかというと。
『ここここんな素晴らしいスープがまだ未完とはッ!! これをこのままにしておくのは世界の損失だッ!! しかもチャーシュメンだけでにとどまらず、さらにこの上ゴマミソタンタンだとッ?! ショウユ、ミソ、サンショウ、ええいギルドは一体なにをモタモタしているッッッ!!』
『て、ティモテオさん落ち着いて……』
『落ち着いていられるお前たちの方がどうかしているッ!!』
あのあと豹変したティモテオさんが非常に面倒臭かった。彼だけじゃない、豚骨の美味さに手のひらを返しつつ、まだ微妙にディスってくるお弟子さんたち。そしてちょっと言葉のチョイスを誤るとダンゴムシに退化するオーナー。
面倒臭い。こと料理に関わるメンバー全員が、非常に面倒臭いのだ。そういえば、俺に出向を指示した大旦那様もめちゃくちゃ面倒臭かった。
「仕事の悩みって九割は人間関係って、本当なんですね……」
「いや、話の発端はすべてロドリゴだと思うけどね」
くそっ、ペピトめ。自分に火の粉が降りかからないとたかを括って、適当なツッコミを入れやがって。
「へへっ、任せろよスサ兄ィ! ゴマミソォ、タンタン!」
「俺もやるぜ! そりゃっ、ゴマミソタンターン!」
「くそっ、やるなお前ら! ゴマミソォ、タンタァン!」
ザクザクザクッ!
「まあっ、三人ともやるじゃない!」
胡麻味噌坦々の掛け声で二連撃を覚えたプリニオとポンシオは、それぞれナイフで果敢にツノウサギを仕留める。もちろん威力としては、本職のサバスさんには遠く及ばないが、弱い魔物を討伐するには十分な火力だ。
そして更に。
「じゃあ、僕も一匹もらおうかな。ゴマミソ、タンタン」
ザクザクッ!
「うん、ちゃんと出来ているな。これなら君も、初級冒険者を名乗っていいだろう」
「ありがとうございます」
ちょっと待って。ペピトも二連撃をマスターとか聞いてねぇ。
「あっじゃあ、次は私が」
「ロドリゴはダメよぉ。まだ剣術の基礎も踏んでないんだから」
「うぇっ?」
「動きだけ真似したってダメだ。ちゃんと足腰を鍛えて、基本的な身のこなしを得てからでなければな」
「だって一つ上のポンシオはもうやってるじゃないですか」
「ポンシオは孤児院時代から俺たちの後をついて回ってたからな。お前はこないだナイフを持ったばっかだろォ?」
「なにごとも基礎が大事よぉ? 遠回りに見えて、地道なのが一番の早道なのよ?」
くそっ。なんで俺だけ蚊帳の外。




