守るべきもの ②
朝一にティエラ侯爵家から手紙が届いたのでコラーダに読んでもらう。ティエラ卿ことグルナードの兄は発心も収まりつつあり、食欲も出始めたこと、またグルナード自身が発心も起きず先生からの診断で明日から登城を許可されたとの方向だった。
「昨日のハービス卿の急な押しかけは個人の判断だったようで陣営からも妃殿下派からも反対意見が相次いで見られるようです」
「コラーダ、ちょっとここに紙を貼るから名前と役職か爵位を書いて関係性を細かく教えてほしい。オランジュの勉強にもなるから皆の名前はオランジュが書いてみて」
「はい!」
午前中いっぱいかかった相関図にコラーダは「こうやってまとめて貰えると私もわかりやすいですわ」と感心してちょこちょこと書き込んでいく。
「こういう役目はミリヤが得意なのですが、あの子も今、実家に下がらせておりますので」
「…え、まさか?」
「私がおりますので今は城にいない方がいいとの判断です」
「ミリヤ?」
「ミリヤ・ロダンは、オランジュ様の母君のご親戚です。他意無き事を示すためにと当主の一人娘をこちらに置いております。侍女で唯一メガネをかけているのでオランジュ様も何度かお会いになっていると思いますよ」
キリッとしたメガネさんが浮かぶ。あの人かと望実も頷きながらメガネさんはミリヤさんと記憶する。
そういえばコラーダもファミリネームか夫人と呼んだ方が良いのだろうか?
こいいう細かいところとかトリップではどうやって学んだんだろう。だいたい拾われるところからだから状況が違うかとただただ重い立場から目をそらす。あと召喚する人がいっぱいいる中に落ちてきたり。
そもそも理由は置いておくとして、いったい誰が私を召喚したんだろう?
ベタなところだと、神様、国の魔術師、誰かの強い願い、辺りだけれど、どれも今のところ望実の前には現れていない。周期的にランダムが一番近い感じかなと答えを出して話を戻す。
「その場合は婿養子でもとるのかしら?」
「結婚より今の仕事が楽しいといっているのでそこはロダン卿次第でしょうか?私は父が決めた相手の中から選ばせて頂きましたが、ロダン卿はどちらでもいいと今のところおっしゃっているようですよ」
「コラーダはお見合い結婚なの?」
「そうですわ」
毎日息子を連れてくる旦那さんと楽しそうに話しているので恋愛結婚かと思っていた。望実もきっとポメロとしてこの世界にいるとすると政略結婚になると思う。オランジュの役に立つとこに行ければいいかとも思うが、やっぱり一回ぐらい恋愛してみたい。
「デートとかどうやってするの?どこへいくの?」
「姫様」
「…はい。デートはどのようになさいましたの?どこへ出掛けられたのかしら?」
望実は只今絶賛、言葉遣い矯正中である。次にハービス卿が押しかけてきたら撃退したいと言ったらまずは立ち振舞いそして言葉遣いと言われてしまった。自分でいっていて痒くなるのだが我慢だ。見かけだけでも王妃として振る舞わないとオランジュを連れていかれてしまうかもしれない。
「そうですね、基本的には何度かお茶をし、馬車や馬で遠出する事もございます。湖にピクニックへいったり、公共の公園がありますのでそちらへいったり、若い方はお忍びで街のカフェや劇場等にいっていると聞いております」
「うわーっ。いきたい!」
「姫様」
「私も行ってみたいですわ」
「しどろもどろにならずはきはきとお話しください」
コラーダは最初から貴族なので慣れているかもしれないが、こちとら下町娘のようなものだ。どうも自分が言っていると思うと鳥肌がたつ。お芝居している。ポメロの役を演じているのだと言い聞かせてなんとか会話をしているのだ。
「これでは、だめね。グルナードやネビルを驚かせるぐらいにはなりたかったのだけど」
「姫様、違いますよ。ダメではなくあと少しです。胸を貼って猫背にならず、前をしっかり見て会話するんです。相手の話をそのまま返すだけでも構いません。妃殿下がきちんと話を聞いて理解しようとしている態度を見せることが一番です」
「まずは誠意ね」
「その通りです。分からなければ姫様にはグルナード様がいらっしゃいます。あの方は神童と呼ばれ十歳で学園を卒業し学者や賢人を驚かせた逸話を持っておられるほどの知恵者。姫様の疑問には必ずお答えくださるでしょう」
「へえ、本当にグルナードは天才なのね」
そういう設定だったような気がすると顔をあげる。なんとかコルセットで動けるようにはなってきたと思う。ダンスは無理だけどまっすぐに前を向いて歩くぐらいならなんとか行けそうだ。
「そういえばネビルやグルナードには婚約者はいないの?」
オランジュと一緒に読み聞かせしてもらっている絵本の中に出てくる貴族はほとんどが許嫁がいる。ネビルは明るいし会話もテンポよくすすむのできっともてるんだろうなと思うけれど、グルナードに関しては想像ができない。
「ネビルは長男ではありませんし、いないのでは?グルナード様はそういえば聞きませんね。こちらも兄君に後継者もいらっしゃいますし特に決まっていないと思いますが。ネビルは時折侍女達の話題にも上るので何度か恋人がいたときはあったと思います。グルナード様に関しては、おもてはなると思いますが…」
「楽しい会話はできそうにないものね」
美形はもてるが、コミュ強ももてる。どっちも備えている男がもてるのはよくわかる。グルナードなんて笑顔でお茶を楽しむとかあるんだろうか?
ないなと望実は手を振る。頭に浮かぶとしたら書類の間違いを直しながらネチネチと嫌みをいいながら渡している時ぐらいだ。
「姫様とは楽しそうになさっていらっしゃいましたけど。なかなかの好条件ですよ」
幾つになって人の恋愛話は楽しいとは本当らしい。お隣のおばあちゃんも芸能人の結婚と離婚については誰よりも知っていた。
「私は、王様がいるからいいの」
「…姫様」
ポメロならそう答えるんじゃないだろうかとなんとなく思った。一番いい場所に掛けられている絵も、特別な洋服やアクセサリーも大事にしていたのが分かるものは全部王様がくれたものばかりだ。
「まだお若いのですからそのうち素敵な出会いもきっとあります」
「そうかもね」
出来ればヒロイン達の攻略対象並びにその身内は避けておきたいところだ。先生は権力争いから離れていそうだし、身内の攻略対象もバッドエンドのみなのでヒロインにあまりおすすめできないと言う点では結構ポイントが高い。しかしたしか推定百以上だし、女性扱いどころかペット扱いしてもらえたら良い方だろう。
とりあえず今のところは王様を思って結婚など考えられないいたいけな幼妻を演じていればなんとかなると思う。コラーダですら突っ込んでは来ないので効果は大だ。
「次は議会での席順と立ち位置をお願い。昼寝から起きてるかオランジュを見てくるから」
よし。ヒールで立ち上がってもなんとかふらつかなくなった。若さゆえの学習能力に期待しよう。
望実はオランジュと共に議会についての制度を聞きながら何度も意識が遠退くを感じた。なぜってつまらないから。授業だって政治関係は興味持てなかった。ちょっとでも勉強しておけば役に立ったかもしれないのにとオランジュが自分の位置に花丸をつけているのを見て隣に丸をつける。
なかなか賢いオランジュは朝作った関係図をきちんと覚えているようで席の人物の名前をコラーダが読むたびに誰々が息子とか婿とか教えてくれる。
「オランジュは天才ね。素晴らしいわ」
「へへ」
こういうとき彼の母親だったらすべすべの頬にキスしたり、抱き上げたりできたのだろうか?
頭を撫でて一緒に椅子に戻り膝にのせる。
「議会の開会の合図は必ず王族が行います。今は病に倒れているかたが多いので開かれておりませんが、宰相殿もお戻りになりますし来月には始まるかと」
「オランジュ頑張るのよ!」
「姫様」
「スピーチなんて無理。オランジュが可愛く『はじめましゅ』って感じでいったらきっと眉間の皺が谷底みたいに深いおじ様方もほっこり笑顔になって議題もスムーズに進むんじゃないの?」
国会中継の様子が頭に浮かんで思わず望実はオランジュを前に出して早口で説明する。
「オランジュ様は是か否か分別がつくご年齢ではありません。双方異なる意見をまとめた議長に是か否か意見を出し議会を進めることこそ王族のつとめです」
ディベートだって苦手でなんとなくチームのみんなに任せていた私がそんな高度な。頭痛がする。オランジュの背中に頭を押し付けてグリグリするとくすぐったいのかキャッキャと可愛らしい声が響いた。
「でも、派閥とかどうしても通したい法案もあるでしょう?私はそこまで法律を知らないし、今の国の様子もここにいるだけではわからない。そんな小娘に是か否か求めるなんて正気じゃないわ」
「その通りです。ですので形式上の物です。王族が見ているというパフォーマンスが必要で、基本的には議会が始まる前にはグルナード様が立案や優先順位、案はよくても提案者が悪い場合なども教えてくださるでしょう」
では王とはなんなのだろう?
実際、王様はこの国に不在だ。けれど国民は普通に暮らしているし、危機的状況とはいえ貴族社会だって動いている。そんな王様の人形でもできそうな事をやればこの国の人達やオランジュは幸せになれるんだろうか?
「私が意見をいった場合どの程度聞かれるのかしら?」
「妃殿下の意見でしたら喜んで……と言いたいところですがなかなか難しいでしょうね。議会はほとんどが男性ですし、妃殿下は最年少です。余程のことでない限り時間を潰したとか揚げ足を取られる材料になりかねません」
今すぐには無理なんだろうなと望実は頷く。オランジュと一緒に学べる環境というのは改めてありがたい。これからも絶対に離れず一緒に成長していきましょうと一方的に約束し閉会の挨拶をコラーダの後に続いて繰り返してみる。
「この国を見守る十二の女神、そして門を与えたもうた我らが父ザンザールに感謝を。ここに神々の叡知と加護を受け議会を閉廷する」
芝居がかかっていてなかなかにかっこいい。そうか、日本人だからついつい疎いがこの国の国教とか宗教関係も学ばないといけないんじゃないかと望実はふと思う。
よくわからないが王族だから儀式に参加とかあるんだろうか?
お祭りとか、雨ごい的な。思い出した。雨ごいと言えばペッシュと兄が育ったのは教会でペッシュは雨が振る日が分かるから地方で聖女と言われ、ポメロの要請で城まで連れてこられるのだ。
ペッシュを早めに見つけて兄と一緒に引き取るのも良いかもしれない。オランジュの良い遊び相手にもなるだろう。
グルナードに相談することが増えたから一覧しておこうと紙をだしてとりあえず日本語で書いておく。
「オランジュの快気祝いもしなればね」
「はい」
「さあ、やることいっぱいだ。頑張らないと」
午後の続きはリアンの歴史を少しだけ絵本で読んでもらい門について学んだ。
王族の一番の勤めは門を守ること。
門とはいったいなんなのだろう?




