71話 将の器
「糜芳将軍! 新たに百名の民兵の編成が終わりました!」
「東門へ急がせよ!」
「し、しかし敵兵の数は、ここ、北門の方が多いです! 北門へ戦力を集中させた方が」
「ここは俺が居る! しかし東は兄上が指揮官だ! 兄上はあまり戦の指揮の経験が無い。兵力でそれを補わねば。急げ!」
「御意!」
張遼軍の猛攻は圧倒的であった。
その勢いは大波が押し寄せるようであり、実に整然とし、的確にこちらの隙間へ剣を突き刺してくる鋭さがある。
自分と、張遼という将の器の違い。それを見せつけられているかのようであった。
まずはあっという間に、堀が土嚢で埋め尽くされた。
そして雲梯が城壁にかかり、雨の様な弓矢が降り注ぐ。
岩を落とそうにも城壁から顔を出した兵はことごとく矢の的となり、上手く防衛をさせてもらえない。
これも、兵の練度の違いだろうか。
まるで連携が機能しない。
戦の呼吸を完全に、敵に握られてしまっている。
「将軍! 左翼の防衛に穴が! 敵兵が徐々に侵入を!!」
「中央の兵を二百送れ! 空いた穴は、私の部隊で埋める!」
「ハッ!」
雷豊が上手くやっているのか、予想以上に新規の民兵が続々参戦し、圧倒的な不利にも関わらず士気も高い。
これは思わぬ収穫だったのかもしれない。戦を損得の目線で測ることの出来る人間は貴重だ。
しかし、だからこそ不甲斐なかった。
兵力や、士気の問題ではなく、完全に自分と相手の将の器が、この結果である。
夜明けまではまだ、かなりの時間がかかるであろうというのに、ほとんど決壊寸前。押し返す力が無いのだ。
「敵の死骸も投げ落とせ! この際、落とせる物は全て使え!」
槍を構え、上下へ叩く様に前進。
城の下に落とせばいいのだ。盾を構えて守る敵兵を押し返し、下へ蹴り飛ばす。
そして再び味方の兵士で穴を埋め、岩を落とさせる。
これでここはまだしばらくもつだろう。
「将軍! 東門の勢い止まず、既に決壊寸前! 応援を!!」
「これ以上割ける兵などっ……新規の民兵を全て、加えて私の部隊も送る。これで、何とかしてもらうしかないっ!」
分かっている。これ以上主力を割けば、北門も危うい。
糜芳も自ら前線に立って槍を振るい、指示も飛ばす。
しかし、何故か急に、敵の勢いが強くなるのを感じる。
悪い予感。背筋が凍る。
「まさか、張遼は北門の防備が手薄になる様に、調整を……」
明らかに動きが変わった。
今までの怒涛の攻めも軽く感じる様な、圧倒的な勢い。
全て、自分の行動も、防衛も読まれていた。
むしろ操られていたとさえ言っても良い。
張遼は最初から北の突破を視野に入れ、東の攻めを強くし、北が手薄になるのを待っていたのだ。
どうしてこちらの行動が、呼吸が全て分かるのだろうか。
これが、曹操軍随一の名将、張遼。
未だ底知れない恐ろしさに、糜芳は体を震わせる。
「右翼、崩壊寸前です!」
「左翼、敵兵が城壁に到達! 指示を!!」
矢継ぎ早の報告が、糜芳の頭を埋め尽くす。
そして目の前にもまた、城壁を乗り越えてくる敵兵の数々。抑えきれない。押し込まれる。
そんなときであった。
「──まだだ! 押し返せ! 荊州の地を、曹賊に荒らされてはならん! 劉琦が応援に駆け付けたぞ!!」
城壁に高く掲げられる「劉」の旗。
闇夜の中、煌々とした篝火に照らされる、空の色をした旗。
あれは、劉表の旗である。
そして、劉琦の旗でもある。
轟く歓声と共に、新しい民兵が捨て身の突進で、我が身諸共、敵兵を押し返していく。
劉琦もまたその民兵達と共に敵陣へ突っ込み、剣を振るう。
金色の鎧が朱に染まる。一気に、味方の兵の士気が爆発した。
「り、劉琦様だ!」
「御病気ではなかったのか!?」
「それでも駆けつけてくれたのだ!」
「よく聞け! 今宵、今宵だけ侵攻を食い止めよ! さすれば外の劉備軍が、曹賊を討ち果たす! それまで、共に命を捨ててくれ!」
糜芳は慌てて劉琦の側に駆け寄った。
あれほど病弱で顔色の悪かった劉琦が、今だけはとても機嫌よく笑っている。
「り、劉琦様、何故っ。お体の方は、大丈夫なのですか」
「我が身より、荊州だ。この劉琦こそが、荊州の後継なのだ。その荊州が危うい今、この身の心配などしておれん」
「し、しかし」
「糜芳。指揮を取れ。お前がこの戦の大将だろう。不安な顔をするな。張遼と、お前の戦なのだぞ」
そうであった。まだ、戦は終わっていない。
勢いを盛り返したと言えどそれは一時的なもの。
敵にはまだ、第二第三の波が用意してあるのだ。
「あの軍師はよく分かってるな。私の命と、この戦の結果を天秤にかけおった。案ずるな、あの軍師は賢い。この戦、負けることはない」
「承知しました。なれば、全力を尽くします」
「私はこれより、東門に赴く。旗は預けるぞ」
「お守りいたします」
敵の第二波が来る。それを、肌で感じた。
気づけば、民兵には子供や老人の姿も多い。
ここまでしなければ、やはり、あの張遼には抗し得ないのだろう。
「声を上げよ! 負傷兵にも皆、声を上げさせよ! 退けば、家族が、故郷が、血に染まるものと心得よ!!」
再び、大きな波が押し寄せた。
月はまだ、頭上で輝いている。
次回、赤壁の戦い。
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それではまた次回。




