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辺境の流刑地で平和に暮らしたいだけなのに ~三国志の片隅で天下に金を投じる~  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
三章 赤壁の風

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70話 選択の意味


 地に轟く、一万を超える兵の足音。

 ようやく標的である城が目の前に見えてくる。


「四千を東に回せ。同時に攻めかかるぞ」


 張遼が短く指示を出すと軍は一瞬にして分割され、夏口の城を囲み始める。


 城壁の上には既に兵が配備されていたが、情報通り、数は少なく兵装もまばら。

 慌てて準備をしたという様子がありありと見て取れる。


「盾兵前へ、土嚢で堀を埋めろ。弓兵は構えよ」


 一夜でカタをつける。


 主君の率いる二十万が負けるとは思わないが、自分は軍人だ。

 戦うこと以外の事を考えるべきではない。


 とにかく目の間の城を奪えばいいのだ。


「一瞬で終わらせる」


 戦の火蓋は、切って落とされた。





 外はやけに騒がしい。

 恐らく、戦が始まったのだ。


 手の震えが止まらない。

 これほど全身が怒号や叫びに包まれた事などなかったからだ。


 しかも、敵は精兵。郭嘉の策、張遼の武。

 よく考えれば分かる。この戦はどうしたって勝てない。

 僕の小細工でどうこう出来るわけがなかった。


 今から帰って、僕らだけでも逃げた方が良いんじゃないか?

 どうして残って戦うことを僕は選んだんだろうか。



「こちらが、劉琦様の居室になります」


「あ、あぁ……ありがとう御座います」


 扉を開くと、そこには寝所に腰を掛け、腕を組んだ細身の青年が座っていた。

 キン兄上と同じくらいの年だろうか。

 顔には精気がなく青白いが、その瞳は燃え上がり、まるで軍人の様な活力が漲っている。


「お前が、雷豊か。商人と聞いた」


「左様です。現在、曹操軍の一万が押し寄せております。この防衛戦でのみ、一時的に軍師の役職を頂いております」


「軍略も分かるのか。珍しい商人だ」


 これが病床に伏せる人の声なのか。

 そう思う程にキレが良く、ハキハキとした物言いだった。


 僕の想像する劉琦という存在は、もっと弱々しく、劉備を頼るしかないような、そんな人だった。

 しかし、逆だ。弱々しさはなく、その堂々たる気概は立派な群雄のそれだった。


 自分こそが、この荊州の主なのだと。劉表の後継なのだと。


 ただ、悲しいかな。

 その気概こそが、劉琦の生涯を苦しいものとしてしまっていた。


師父りゅうび殿は今、襄陽からの軍を抑える水路に駐屯しているのか」


「はい。ただ、さらに陸兵で奇を突いてくるとは予想外でした」


「ここが落とされればどうなる」


「周瑜軍は背後を突かれ、劉備様は戦線の維持に意味がなくなり敗走。つまり、全体の敗北に繋がります」


「そうか……お前は正直で良いな」


 子供の様に劉琦は笑う。

 そして、言葉をつづけた。


「私を気遣って、皆、戦など起きてないという。調練だという。ここは、荊州は、私の土地だ。なのに、私は今起きていることも把握できていなかった」


 この人がもし、ハンデを抱えずに生きることが出来ていれば、荊州はどうなったんだろう。

 それは、分からない。現実を見る事しか今は出来ないからだ。


 ただ、民を守り、土地を守る。この人はそういう意味では、立派な領主であった。

 僕がもし同じ立場に置かれたら、この人のように強く在れるだろうか。


「それで、私の元を訪れたという事は、何か用があるのだろう? 言ってみよ」


「恐れ多くも、申し上げます。この戦、敗色があまりに濃い戦です。敵は歴戦の勇士、その総攻撃を受ければ兵士の士気が折れてしまいます」


「だろうな。張遼と言えば、天下に聞こえる名将だ」


「劉琦様に、この戦の指揮を執っていただきたいのです。どの兵士よりも前に立ち、敵を斬ってほしいのです。大将の奮戦は、兵の士気をこれ以上に無く上げるでしょう」


「ほぅ……私は、戦場に立っていいのか?」


 意外な反応だった。

 なんというか、別に何もしてないけどお小遣いをもらった子供みたいな。


「と、申しますと」


「いや、戦場とは縁遠い人生であった。それに私が前線に立つだけで、兵は本当に士気が奮うのか?」


「勿論です。軍の実権こそ劉備様にありますが、民が劉備様に従うのは、その上に劉琦様が居られるから。その大将が剣を振るうのです、兵も死に物狂いになりましょう」


「そうか、そうか……私が、大将か。これほど嬉しいことはない。民の、兵の為に戦う。これほど、私は自分の人生に喜びを感じたことはない」


 劉琦は笑い、そして泣く。

 僕はそれを見ることが出来ず、ただ、下を向いていた。


「雷豊」


「ハッ」


「お前は良い軍師になる。良い将になる」


「滅相も御座いません。私は、ただの商人です」


「これほどまでに、人を嬉々として死地に赴かせる策を編み出せるのだ。これは嫌味ではない。乱世において、何よりも大切なことだと思う」


「……申し訳ありません」


「謝るな。それは死地へ向かう人間への侮辱だ。胸を張れ。自分を誇れ。それが戦だ」


「はい」


 劉琦はその細い足で立ち上がり、鎧を持てと命を下す。

 鎧は、僕が用意させたものだった。


 まさに、人の上に立つ者にふさわしい、派手で高貴な鎧である。


「ハハハッ! 流石だ、雷豊! 最高の舞台に、最高の衣装。これで引き下がれば、男が廃るというものよ!!」


 嬉々として戦場へと進み、部屋を出る。

 居室には僕が一人、頭を下げていた。



 そうか、どうして僕が戦うことを選んだのか、ようやく分かった。


 僕もまた、この時代に生まれた男なのだという気概が、どこかにあったんだ。

 そして糜芳さんや、劉琦さんを始めとした、多くの将兵と触れあって、彼らの志を知った。


 どうにかして、彼らを勝たせなくてはならない。

 傲慢だが、真剣だった。

 頑張っている人達を、応援したい。僕の行動原理は結局、全てそこに行きつくのだ。


 ようやく、その意味に少しだけ、触れることが出来たのかもしれない。



スリキンの劉琦って、マジで死にそうな顔色してるからちょっと見てて痛々しかった。

誰かこの感覚分かってくれないかしらん(笑)


次回は、糜芳VS張遼。



面白いと思って頂けましたら、ブクマ・評価・コメントよろしくお願いします!

誤字報告も本当に助かっています!


それではまた次回。

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― 新着の感想 ―
[一言] 劉琦出ちゃう?すると皇族だったよね?これは公孫瓉の二の舞への道が出てくるわけですね。あくまでも漢の臣下ですから 続き楽しみにまってます!
[一言] 劉琦としてもお飾りのまま何も知らないでいるよりは、総大将として戦えるほうが本望でしょうね。
[一言] 一言。 大変面白いし、わくわくして続きが気になって仕方ありません。
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