69話 攻城戦
張遼。それはかつて、呂布の配下として兵を率い、後の合肥の戦いでは、僅か八百の兵で十万の孫権軍を破った猛将。
三国志における最強の武将は誰かと聞けば、間違いなく「張遼」だと多くの人が答えるだろう。
その、最強の猛将が今まさに、夏口の城に迫りつつあった。
郭嘉は数が多いことを良いことに主戦場を分散させ、こちらに注力する隙を与えないつもりなのだ。
対策を講じる時間は、無い。
「雷豊殿、戻っていてくれ。何としてでも城を守らねばならん。すまないが、負傷兵をそちらへ運ぶと思う。医者を貸してくれ」
糜芳は鬼気迫る表情でそう言い、部屋を出ようとする。
「お待ちくださいっ。たかが一介の商人なれど、私にもこの城を守らせていただきたいのです。麋竺様、糜芳様には、多くの恩が御座います」
「これは軍人の役目。申し出は有り難いが──」
「──この夜に襄陽から兵が出たという事は、恐らく烏林の戦も今まさに行われているものと。つまり、今夜、今夜だけ凌げばいいのです」
頭を下げる僕を、糜芳さんは難しげに見つめる。
「根拠はあるのか」
「推測です。ですが、曹操本軍が動いてこそ、于禁軍、張遼軍の動きは真価を発揮します。そして、大軍と寡兵の戦。烏林の勝敗はいずれにせよ長くはかかりません」
「今夜だけで、良いんだな?」
「はい。劉備様の戦、烏林での戦、いずれかが敗れれば、すぐに城を脱さなければいけません。なので、戦うのは今夜のみ」
「……おい! 誰か! 雷豊殿に城の全体図を渡すのだ! 一時的に、この戦における軍師の権限を彼に与える!!」
☆
城内は慌ただしくなり、城壁に多くの兵士が布陣を始めている。
そして麋竺さん、糜芳さんがそれぞれ直々に兵の指揮を取っていた。
糜芳さんは文官でこそあれど、武芸の腕については非常に優れているとか。
それも、軍人顔負けなほどに弓馬を操るらしい。
ただ、守備兵は千人。対する相手は、一万。十倍の兵力だ。
城攻めの際、守備側が圧倒的な有利であるとされるが、十倍の兵力差があれば城攻めは可能と言われる。
それに恐らく、敵は精兵。こちらの主力は、調練もまだあまり済んでいない荊州兵であった。
「こちらが、城内の地図です」
護衛兵が、地図を大きく机に広げた。
細かいところまでよく分かる、精巧な地図だ。
「恐らく敵は速戦即決が狙い。下手に小細工はせず、正面突破あるのみだと思う。だとすればやはり、北門と東門」
城は河に沿った地に築かれており、天然の要害だと言える。
西と南は河が流れており、船を用いなければまず攻めてかかることは出来ない。
だから一応、城内の船を使えば逃げることは難しくない。
この城はそういう、何とも小賢しい造りをしている。決して、死守が目的の城ではなかった。
「軍師殿、曹操軍は官渡の戦いの際、霹靂車と呼ばれる投石機を用いていたとされますが、この戦においては」
「大丈夫です。張遼の進軍は異様に速い。そんなものを運ぶ余裕も、組み立てる時間もありません。戦いは、正面からの強行しかありえない」
とにかく、集めれるだけの岩を手配し、煮えた湯や油も用意させる。
いずれも登ってくる敵兵を落とす為に必要な武器だ。
「蝉!」
「はい!」
「雷華にすぐ伝えてくれ。雷氏の商品をすべて使っても良いから、負傷兵を受け入れて治療に当たらせる環境を作ってくれと。現場は、雷華に任せる」
「承知しました」
とにかく、用意できるものは、用意した。
ただ、一つだけ圧倒的に心許ないものがある。
それが「士気」だ。
籠城戦において最も重要なのは兵力でも兵糧でもなく、士気だとされている。
士気が高ければ寡兵でも大軍に抗えるし、逆であればいくら兵や物資があろうと一瞬で城は落ちる。
「すいません、一つ質問なのですが、民を徴兵することは可能ですか?」
「城内の民を、ですか。今は非常時です。志願兵という形でなら、七百から八百は集められると思います」
「雷氏の金銭を投じれば、増えますか? それに、集まるのなら女子供を問いません」
「なっ……お、恐らく」
民兵は、自らの生活の危機を脅かされる為、調練こそ出来ないが、異様に高い士気で戦うことが出来る。
籠城戦において、これほど心強い味方はいない。
そして金を投じるのは、民兵より、今の荊州兵達の士気を上げるためだ。
兵にとってみれば、戦とは言わば「仕事」だ。
高い報酬を見せれば、短期間での士気の向上に大いに役立つ。
「今、我らが保有している雷氏の家財を全て、勝利後の褒賞として兵士の皆様にお支払いします。戦死した場合は、遺族の方に必ず」
「ど、どうしてそのような。商家は、命よりも、金を重んじる人だとばかり」
「確かに金は大事ですが、私は今は軍師です。使える物は全て使います。ここに証文を書きましょう。それを全兵に伝えてください」
「あ、ありがとう御座います!!」
本音を言えば、投資だ。
この戦に勝てば、いくらでも回収出来る。
劉備にとってこの防衛戦は、それほどの価値があると見た。
さらには、負けてしまえばこの金銭はどうせ役に立たなくなる。
没収されるか、それとも僕が殺されるか。
だからこそ、いくら支払ったって痛くもかゆくもない。
足りなければ、麋竺さんの金も全部投じよう。
元は資産家だ。こういう道理もきっと分かってくれるだろう。
「あとは……あの人の力が、必要だ」
これだけでもやはり、心許ない。
相手はあの「張遼」なのだ。
「劉琦様の下へ、案内していただけますか?」
今から、僕は酷な進言をしに行く。きっと、聞き入れてくれるはずだ。
ただ、それが故にきっと、彼の寿命を削ってしまうことになるだろう。
「分かりました。どうぞこちらへ」
兵士に促され、僕は席を立った。
合肥の戦いって、ほんとに、漫画にしても出来過ぎなくらい意味わかんない戦いしてますよね。
同じ人間だって言われても、信じることが出来ないっすよ(笑)
そりゃあ「遼来遼来」って言われるわ。
次回は、劉琦と士徽が対面。領主としての気構えとは何か。
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それではまた次回。




