第3章:啓示
濃い闇の霧の中から、そのシルエットはゆっくりと形を成していった。
最初に現れたのは、夜の闇に浮かぶ残り火のように強烈で鋭い光を放つ一対の赤い瞳。やがて煙が凝縮し、光さえも吸い込むような漆黒の乱れ髪を持つ男の姿を露わにした。その身長は7フィートにも及ぶ。彼の表情は、静寂と反抗が入り混じった不穏なものであり、その口元に浮かぶ非対称な笑みは慈悲の欠片も感じさせなかった。
体にぴったりと沿った銀の装飾が施された濃い灰色のコートを纏い、腰からは白いマントが風になびいている。その佇まいは、彼に威厳と神秘的な雰囲気を与えていた。
その存在は力を誇示するよう叫ぶのではなく、無視できない重みを持って囁きかけてくるようだった。
「お会いできて光栄だ、アリス……。マルクスと呼んでくれ」
そう告げると、彼は首を左右に鳴らし、獣人へと跳躍した。
アリスは、霧がうねりながら目の前で形を成すのを見つめていた。空気の圧力が変わり、濃密で、息苦しいほどになる。その存在の顕現に、彼女は一瞬息を呑んだ。心臓が高鳴る……だがそれは恐怖からではなく、当惑と奇妙な安らぎによるものだった。
その名前が、彼女の心に響いた。
「マルクス……」
彼女は、自分でも気づかないうちに囁いていた。
だが、その瞬間は野蛮な咆哮によって破られた。
「貴様、一体何者だ!?」
ビョルンは叫び、一歩後ずさった。巨大な手の中で斧が震えている。獣人は困惑した様子で大気の匂いを嗅いだが、その笑みはすぐに軽蔑に歪んだ。
「どうでもいい! どのみちその首を引きちぎってやる!」
まだ肩で息をしているアリスは、杖を強く握りしめた。宝石の光が明滅する中、彼女は呼吸を整えようと努める。
「甘く見ない方がいいわよ、ビョルン……」彼女は前進するシルエットから目を離さずに呟いた。「少しでも本能が残っているなら、逃げなさい」
しかし、獣人は地面に唾を吐き捨てただけだった。
「指図するな、魔女が!」
彼は闇のエネルギーを纏った斧を振り上げ、野獣のように吠えながらマルクスへと投げつけた。
アリスはゆっくりと背筋を伸ばした。あばら骨が痛んだが、その声は鋭く空気を切り裂いた。
「それがあなたの最後の間違いになるわ」
大悪魔は、地下室に響き渡る不吉な高笑いを上げた。
「物理攻撃か?……哀れだな」
傲慢の長子は右手に黒い炎を呼び出した。そこから放射された熱は、接触した瞬間に斧を消滅させた。
一秒後、マルクスはその悪魔の爪で獣人の胸を貫き、10フィートの高さまで持ち上げた。彼の深紅の瞳が輝く。
「ほぼ一世紀ぶりの食事だ……ようやく手が届く……」
黒髪の男の顔に、邪悪な笑みが浮かんだ。
ビョルンは爪が胸を貫いた瞬間、苦痛と怒りの絶叫を上げた。彼は空中で足をばたつかせ、巨大な手でその怪物的な拘束を解こうと無駄な抵抗を続けた。
「貴様ッ!」彼は唸ったが、血がその厚い毛皮を染めるにつれて声は詰まり始めた。
アリスは一瞬、金縛りにあったように見つめていた。呼吸が止まり、背筋を悪寒が走る。マルクスのオーラは濃密な潮のように彼女を包み込み、息苦しさを感じさせたが……そこには何か別のものがあった。何か、懐かしいものが。彼女を後退させるのではなく、理解したいと思わせる何かが。
空中に吊るされたまま、ビョルンはアリスへと顔を向けた。その目は憎悪と懇願が入り混じり、飛び出しそうだった。
「魔女……!」彼は血を吐いた。「離せと言え! 俺は……俺はただ命令に従っただけだ!」
アリスはゆっくりと杖を下ろした。その声は柔らかく震えていたが、そこには冷徹な憐れみが含まれていた。
「罪なき人々に武器を向ける力があったのなら……自分の行いの重みを、今こそ受け入れなさい」
ビョルンは最期の絶望的な咆哮を上げ、空中で体を痙攣させた。マルクスの影が彼を包み込み、避けられない結末へと引きずり込んでいく。
「その通りだ……もし全てが命令に従うだけの問題なら……私はただ、全てをこう結論づけられる……」
彼の不気味な笑みは、今や耳まで裂けんばかりに広がっていた。
「お前は私の獲物だと……アリス、少し目を閉じていろ」
数瞬後、マルクスは獣の戦士の首に牙を突き立て、その魂を吸収した。
アリスは唇を強く結んだ。マルクスの声が部屋に響く。柔らかくも残酷で、血を凍らせるような力を帯びていた。恐怖を感じながらも、彼女は従った。目を閉じたが、音を聞くことまでは避けられなかった。
湿った、不快な音……何かが砕ける音に続き、押し殺された呻き声が聞こえた。ビョルンの体が空中で最後に一度だけ強張る。彼の爪が何かを、どんなものでもいいから掴もうとする間、闇のエネルギーが周囲で弾けた。
アリスは部屋の魔力の圧力が増していくのを感じた。触れられることなく、旋風に包まれているかのような感覚。ビョルンの本質そのものが引き剥がされていく。静寂が唐突に訪れ……冷気が部屋を駆け抜けた。
彼女が目を開けると、獣の戦士の動かなくなった体が鈍い音を立てて床に落ちた。虚ろで、生気のない……魂の抜け殻。
アリスは唾を飲み込み、震える手で杖を握りしめたまま、マルクスを見上げた。まだ言葉を発する勇気が出ない。
大悪魔は牙を舐めると、右の手のひらを開いた。
同じ地獄の炎が手のひらから噴き出し、その抜け殻を包み込むと、わずか二秒で灰へと変えた。
「終わった、これでいい……見ての通りだ……この存在はもう邪魔にはならない」
彼は振り返ることなく続けた。
「脇腹の傷は……どうだ?」
アリスは、獣の戦士の灰を貪る炎を無言で見つめていた。跡形もなく消えていく。地獄の炎の圧迫するような熱気は現れた時と同じ速さで消え去り、あとには灰と鉄の苦い匂いだけが残った。
再び沈黙を破ったマルクスの声は低く、しかし穏やかで……初めて脅威を感じさせないものだった。アリスは少し混乱して瞬きをし、その時になってようやく脇腹の焼けるような痛みを思い出した。
震える手を左脇腹に当てる。指の下に生温かい湿り気を感じた。布は破れ、乾いた血で皮膚に張り付いていた。
「耐えられないほどじゃないわ……」彼女は荒い息で呟いた。「もっと酷いのも経験したし」
彼女は彼を見上げた。心臓はまだ早鐘を打っている。
「ありがとう……助けてくれて。でも……どうしてこんなことをしたのか分からないわ」
「耐えられるからといって、無事というわけではない……ここを出るのが最善だ……お前を探していた連中も、すぐに何が起きたか調べに来るだろう」
彼は彼女の方を向き、その深紅の瞳を若き魔女の空色の瞳に固定した。
「先ほど言った通り、私の名はマルクス……マルクス・スタインホファーだ。お会いできて光栄だ」
彼は全身を使って、彼女に向かい恭しく一礼した。
アリスはその視線を受け止め、その深紅の瞳に宿る厳粛さに驚いた。以前は彼女を圧倒していた存在感が、今は奇妙に……安定しているように感じられた。力強いが、抑制されている。解き放たれるべき時を静かに待つ嵐のように。
その礼儀正しさに、彼女は完全に不意を突かれた。誰も、ましてやこれほど圧倒的な存在が、彼女にこのような敬意を示したことはなかったのだ。
彼女は痛む胸に手を当てながらも、返礼として軽く頭を下げた。
「アリス……アリス・ダルクスよ」
彼女の声は柔らかく、地下聖堂の反響の中で辛うじて聞こえるほどの囁きだった。
「こちらこそ……光栄よ、たぶん」
疲労と不信感の間で、彼女は唇の端をわずかに持ち上げた。
「それで、あなた……一体何者なの、マルクス・スタインホファー? ただの悪魔じゃないことは明らかだけど」
「どんな質問にも後で答えよう……約束する。だが今は、アリス、君の無事を確保することが重要だ」
黒髪の男は、部屋の出口に向かって歩き始めた。
「望むならついてくるといい。君が入ってきた道には気配がない……」
『こんなに大きくなって……幼少期の残りの成長を見守れなくて……すまなかった、アリス』
彼は心の中でそう思った。微笑みが浮かび、そしてため息のようにすぐに消えた。それは痛みと慰めを同時に伴う、記憶の重みを帯びていた。
アリスは無言で彼を見つめていた。彼の言葉が奇妙な余韻を残して心に響く。彼の口調、彼女の名前の呼び方……そこには隠された親密さがあり、彼女を不安にさせると同時に、安らぎも感じさせた。
彼女はバランスを崩さないよう杖で支えながら、懸命に体を起こした。脇腹の傷が脈打ったが、圧迫感は和らいでいた。一歩、また一歩と、彼女は彼の後を追い始めた。
彼の背中を追いながら、静寂を破った彼女の声は柔らかかったが、純粋な好奇心に満ちていた。
「あなたが本当は誰なのか分からないけど……」彼女は彼にと言うよりは自分自身に言い聞かせるように囁いた。「でも何故か……あなたを信じられる気がする」
自分の言葉の響きに驚き、彼女は一瞬視線を落としたが、すぐに決意を込めて顔を上げた。
「行きましょう……マルクス。案内して」
胸の奥底で、未知の熱が灯り始めていた。それは彼女が知らない、けれど奇妙に懐かしい感情の火花だった……時の彼方に失われたはずの。




