帰還、そして5年後の世界
家の扉に手を伸ばした時、私は違和感を覚えた。鍵がかかっている。いつもなら母が「おかえり、悟」と笑顔で迎えてくれるはずなのに。
「仕方ないか」
私は呪文を唱え、魔法の光が鍵穴に流れ込む。微かな音と共に鍵が開き、重い扉が軋みながら内側へと開いた。
「ただいま」
呼びかける私の声は、空っぽの玄関に吸い込まれて消えた。靴を脱ぎ、廊下を進む。家中が不自然なほど整頓され、埃ひとつない。まるで誰かが留守を預かっているかのようだ。
リビングの扉を開けた時、私は思わず身構えた。なにかいる…それも相当な手練が
そこには、銀色の鎧に身を包んだ戦闘メイドが立っていた。彼女は私を見るなり、深々と頭を下げた。
「悟様。お帰りなさいませ」
「俺のことを知っているようだが?お前に見覚えはないのだが?」
「私は女神様方から悟様のご自宅を管理する任を与えられております。」
「説明してくれ」
私はソファに腰を下ろし、彼女の報告に耳を傾けた。
五年前、私が命を落とした直後、あの糞絶対神がこの世界に「ダンジョン」を出現させた。無数の魔物が湧き出し、都市は蹂躙され、人類は滅亡の危機に瀕した。
しかし、二柱の女神が人類に手を差し伸べた。法の神テミス、そして平和と秩序の神パクス。彼女たちは人類に魔法とスキルを授け、魔物に対抗する力を与えた。
各国ではギルドが結成され、ダンジョン制覇を競い合う新たな社会システムが生まれた。冒険者たちが魔物と戦い、ダンジョンの深層へと挑む時代になったのだ。
「あなたのご両親について」
戦闘メイドの声が少しだけ柔らかくなった。
「最初のダンジョン発生時、魔物の襲撃に遭われました。しかし、純潔を守る春の神フローラ様が、あなたがかつて彼女の世界を救った恩に報いるため、ご両親を蘇らせてくださったのです」
胸が締め付けられるような感覚。両親が死んだ。いや、死にかけた。そして蘇った。
「今は?」
「近くのコロニーで暮らしておられます。コロニーとは軍によって防衛された生活拠点です。ご両親はそこで雑貨店を営んでいらっしゃいます」
私は立ち上がり、窓の外を見た。かつての街並みは変わっていた。遠くに高い壁が見え、所々に魔法の光が灯っている。
「そこそこ実力のありそうな奴らの気配を感じるが?」
「この世界には、覚醒者と呼ばれる過去の英雄たちが次々と目覚めています。おそらく、さらなる危機が迫っているのでしょう」
戦闘メイドが一歩前に進み出た。
「私は法の神テミス様に仕える戦闘メイド、シエラと申します。あなたのガイドとご自宅の管理に派遣されました」
私は深呼吸した。死んで、五年が経ち、世界は魔法とダンジョンの時代になっていた。両親は生きているが、全く別の生活を送っている。
「両親に会いたい」
「では、コロニーへご案内いたします」
シエラが軽く会釈すると、リビングの壁に魔法陣が浮かび上がった。転送魔法だ。
「覚悟はよろしいですか、悟様?」
私はうなずき、最後にもう一度家の中を見回した。この家には、もう私の居場所はないのかもしれない。でも、生き返った両親が待っている場所がある。
「行こう」
魔法陣が光に包まれ、私たちの姿はリビングから消えた。古い家は再び静寂に戻り、ただ時だけが、変わってしまった世界の中でゆっくりと流れていった。
新しい生活が始まる。魔法とダンジョン、そして蘇った両親が待つ世界で。私はもう、五年前の少年ではない。いくつもの世界を救済し、数え切れないほどの危機を乗り越えてきた。
だが、俺はこの世界でも戦わなければいけないのかもしれない。




