予想外の再会
俺は重厚な暗紅色の扉を押し開けた。不気味な紋様が刻まれたその扉の向こうには、巨大なホールが広がっていた。
「最悪だな」
ボスの領域がホールということは、出てくる敵のタイプも自ずと決まってくる。広い空間を活かした大型モンスターか、集団戦か──。
「儂の眠りを妨げる愚か者は貴様か…」
低く響く声とともに現れたのは、漆黒の鱗に覆われた大型の黒竜だった。翼を広げればホールの幅いっぱいになるほどの巨体。しかし…なんだろう。すごく見覚えがある。魔力の流れも、どこかで感じたことがある。
俺は顎を右手の親指と人差し指で撫でながら考える。もちろん、黒竜の言葉は完全に無視している。
「貴様ぁ…この古代竜であるタラスク様を無視しようとは命が惜しくないようだな」
タラスク…?
ああ、思い出した。泣き虫タラスクか。
確かに俺はこいつのことを知っている。というより、こいつの父親を知っている。
ヴァランと呼ばれていた暗黒竜がこいつの親父だ。最後の世界で人類から恐れられていた古代竜で、今に近い能力値だった私が深手を負うことになった相手。間違いなく、俺が戦ったドラゴン種の中で最強と言える存在だった。
まあ…追い詰めたことで仲良くなり、邪神との最終決戦では味方についてくれた。別れ際にはこいつの父親と契約を結んだ。
相互五分契約──互いを同格だと認め、召喚を任意で断ることのできる特殊な契約だ。なにせ今のあいつは向こうの世界の守護竜なんだから。
とはいえ…
「うるせぇ!!」
俺は先ほどからギャアギャアと古代語で喚いている奴の言葉を遮り、右手の拳に闇の魔力を最大限に集めた。
龍拳──こいつの父親から習った、古代竜に伝わる伝承魔法だ。
闇の魔力が暗黒竜のような形を成し、奴の左顔面に直撃した。衝撃でタラスクはホールの端まで吹き飛ばされ、壁に激突する鈍い音が響いた。
「ぐぅ…」
痛みでうめく声が聞こえる。俺はゆっくりと歩み寄り、奴の顔の前にしゃがみ込んだ。
「お前、泣き虫タラスクだろ?ヴァランの息子の。こんなところで何してんだ」
「うぅ…誰じゃ、この儂のことを泣き虫呼ばわりする奴は…」
奴の瞳の焦点が私に合わさった瞬間──
「い…ぎぃゃゃぁぁぁーーー!!」
さっきまで痛みでうめいていたのに、タラスクは反対の端までものすごい速さで逃げると、まるで土下座をしているかのように頭を下げて蹲った。
「ど…どうしてここに幼少期の講師が…や…辞めてくれ!俺の悪夢が…どうして…帰ったはずなのに」
ああ、そういえば思い出した。ヴァランに頼まれて、こいつの礼儀作法の指導係をやったことがあった。超がつくほどの問題児だった奴を徹底的に痛めつけて、無理やり教え込んだ。そのせいか、俺が帰るまでこいつは俺に怯えるようになってしまったんだった。
私はその場で大声を張り上げた。
「それで!?俺の生まれ故郷の世界のダンジョンにお前がいる理由を教えてもらおうか…?」
脅すために愛刀を抜き払う。抜き払うだけで、鋭い斬撃が空気を切り裂く。
「ち…ちょちょちょちょっっっっと!待て!」
「待て?」
「いえ!待ってください。お願い致します。どうか私の話を聞いてください!」
必死だなぁ…こいつ。仮にも古代竜だろ、お前。
私はアイテムボックスから、ヴァランからもらった丸テーブルと椅子を2脚取り出した。どちらも竜の鱗でできた特別な品だ。そして愛刀もしまう。
「とりあえず、人型になってこっちに来い」
「な…殴りませんか?」
「わかった。殴らんからさっさと来い」
「はい…」
スルスルと身体が縮み、鱗が肌へと変化していく。別れてからそれほど時間が経っていないとはいえ、竜族の成長は遅いな。見た目15歳くらいの美少年が現れた。銀色の髪に、竜のような縦長の瞳──父親にそっくりな顔立ちだ。
怒られた子供のようにそろそろとこちらに近づくと、大人しく椅子に座った。
「で?説明してもらおうか」
こいつの長々とした話を簡単にまとめると、こうだ。
女神たちに頼まれたヴァランが面倒臭がって、こいつをよこしたらしい。このダンジョンに異変が起きているのを調査するように、と。
「お前が来いよ、って話だろ普通は」
私はヴァランの逆鱗で作ったブレスレット型の連絡媒体を取り出すと、魔力を流して起動させた。
「おい…ヴィラン。お前の泣き虫小僧が俺の前でしょぼくれてるんだが、どうするつもりだ?」
少し間があって、ヴァランの声が響いた。
「お!元気そうだな、悟!」
「元気そうだな…じゃねぇ」
「悪かったとは思ってるわい。だがのぉ…お前とやり合うのは疲れるしのぉ」
「そんな理由なら他にやり方あっただろ?タラスクなんて龍拳一発でのされちまったんだぞ?」
「…ったく。だらしねぇ」
ヴァランのため息が伝わってくる。その時、ふと気配を感じた。私たちの会話を盗み聞くように佇む、かすかな気配。これは明らかに…
「先生…後ろに」
タラスクが小声で言った。
「お前…俺がこんなわかりやすい気配に気づいていないとでも?」
「いえ!そんなつもりはありません!」
私は神域で使っていた特別な椅子をもう一脚用意し、振り返った。
「そちらにいらっしゃるのはわかってますので、こちらにお越しください。パクス様」
そこには、申し訳なさそうに、そして気まずそうな表情をした女神がモジモジと立っていた。淡い光を放つドレスに、金色の髪──平和と調和を司る女神、パクス様だ。
「あ、あの…ごめんなさい。様子を見に来ただけなので…」
パクスは恥ずかしそうにうつむきながら、用意された椅子に腰かけた。
「あなたが無事なのはわかっていたけど、タラスクさんが殺されてはいないかと確認を…」パクスが申し訳なさげに言いかけると、ヴァランの声が再びブレスレットから響いた。
「おい、パクスまでいるのか?だったら最初から説明しろよ。俺の息子をこき使うんじゃねぇ」
こいつは本当にすごいよな。暗黒竜教とかいう宗教組織もあるぐらいで、こいつも何げに今じゃ神竜なんだよな。それでも女神達の方が格上のはずなんだけど…立場上は
「ヴァランさん、それは…」
「いいから早く説明しろ。悟の時間を無駄にするな」
俺はため息をつき、三人(と一匹)の奇妙な会話が始まった。




