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レッドゲート

目の前に真紅の渦が蠢いている。それはただのゲートではない——命を吸い込む深紅の穴だ。俺は深く息を吸い込み、甲冑の締め具合を確認する。ミスリルとフェンリルの毛が織りなす黒い当世具足が、微かに聖魔法の輝きを帯びている。


「覚悟はいかがですか?」


背後でシエラが声をかけてくる。振り返ると、彼女の顔には心配の色が濃く浮かんでいた。普段は冷静沈着なギルド長がこんな表情を見せるのは珍しい。


「心配するな。これでもレッドゲートは何度も踏破してきた。だかな、シエラ」


俺はゲートに向き直りながら言った。


「女神様方が俺に『願い』を叶えさせようとしてるってのは、どうにも腑に落ちねぇ。東京をこのゲート一つで魔物から解放するなんて、そんな都合のいい話があるか?」


「…女神様の思し召しは、私には計り知れません」


「そりゃそうだ。でもな」俺は腰の刀に手をやる。「あの連中、何か隠してる気がするぜ」


真っ赤な渦がゆっくりと回転し、まるで生き物のように呼吸している。近づくにつれ、肌にまとわりつくような重いマナを感じる。SランクかAランクの変異種しか現れないゲート——普通の冒険者ならここで足がすくむところだろう。


だが、俺は違う。


異世界で数え切れぬほどの死線をくぐり、魔王どころか、魔神や邪神を倒してきた。この地球に戻ってきてからは平和に暮らそうと思っていたが、どうやら運命は俺を放っておかないらしい。


「行ってくる」


そう言い残し、俺は一歩、深紅の渦へと踏み込んだ。


***


瞬間、世界が歪んだ。


ゲートをくぐった感触は、いつものダンジョンとは明らかに違う。まるで水ではなく、血の海に飛び込んだような——重く、粘り気のある何かが全身を包み込む。視界が真っ赤に染まり、耳元で無数の囁きが響く。


そして、着地。


「…っ」


俺は即座に身構えた。周囲は薄暗い洞窟のような空間だが、壁が生きた肉のように脈打ち、天井からは不気味な発光苔が垂れ下がっている。空気は鉄臭く、腐敗臭が混じり合っている。


『時間の流れが10倍』


外の世界で1時間経てば、ここでは10時間。つまり冒険者達が閉じ込められてからすでに30時間近くが経過している計算だ。閉じ込められた冒険者たちは、極限状態に追い込まれているはず。


慎重に前進を始める。足元はぬるぬるとした粘液で覆われており、歩くたびに不気味な音を立てる。数メートル進んだところで、最初の敵が現れた。


「来たか」


それは人間の上半身と蜘蛛の下半身が融合したような魔物——アラクネの変異種だ。通常のアラクネはCランクだが、こいつは明らかに違う。八つの目が不揃いに光り、口からは毒の滴が垂れている。ランクは少なくともA。いや、Sの可能性もある。


「ぎゃああああっ!」


魔物が鋭い叫び声を上げ、糸を吐きながら襲いかかってくる。俺は軽く身をかわし、刀を抜く。


「遅い」


一閃。黒い刀身が赤く輝き、魔物の胴体を両断する。切断面からは黒い血が噴き出し、異臭が立ち込める。俺はさっと後退し、返り血を浴びないようにする。


「一つ」


呟きながら、魔物の死骸を見下ろす。通常のダンジョンなら、これで周囲の魔物が警戒して近づかなくなるものだが、ここでは違う。むしろ、血の臭いに誘われたのか、遠くから複数の気配が近づいてくる。


「面倒だな」


俺は溜息をつき、戦闘態勢を整える。甲冑の聖魔法が強く輝き始める。次の瞬間、三体の魔物が同時に襲いかかってきた。


一つは岩のような皮膚を持つゴーレム系。もう一つは影から現れたアサシンタイプ。最後は炎をまとった鳥型の魔物。いずれもランクはA以上——通常なら一つのコロニーを滅ぼすのに十分な戦力だ。


「かかってこい」


俺は笑みを浮かべた。長いこと本気を出していなかった。異世界から戻ってからは、周囲に合わせて魔力をセーブしていた。だが、ここではその必要はない。


「まずはお前から」


ゴーレムの巨腕が振り下ろされる。俺は踏み込み、刀を上段に構える。


「破!」


ミスリルの刀身がゴーレムの腕を切り裂き、そのまま胴体へと突き刺さる。岩のような皮膚も聖魔法を込めた一撃には耐えられない。ゴーレムが崩れ落ちる間に、俺はすでに次の敵に向かっていた。


影のアサシンが背後から襲いかかる。だが、その動きは俺には遅すぎる。


「後ろだな」


振り返りざまの蹴りがアサシンの腹部を捉える。魔物が吹き飛ぶ間に、刀を投げる。黒い閃光が炎の鳥を貫き、壁に釘付けにする。


「…はあ」


一息つき、周囲を見渡す。三体の魔物はすべて消滅し、わずかな魔石と素材を残すのみだ。俺はそれらをアイテムボックスに収め、刀を拾い、再び前進を始める。


洞窟は次第に広くなり、やがて巨大な空洞へと続いていた。天井は数十メートルもあり、そこから無数の鍾乳石が剣のように垂れ下がっている。空洞の中央には、不自然に整えられた空間があり——そこに人影が見えた。


「生き残りか」


近づくと、五人ほどの冒険者グループが必死に防戦していた。彼らを囲むのは、鎧をまとった骸骨の騎士たち——デスナイトの群れだ。通常のデスナイトはBランクだが、こいつらは鎧の輝きや動きからして、明らかに上位種だ。


「もう…だめだ…」


若い女魔術師が泣き声を上げる。彼女のマナは尽きかけ、杖の先の光もかすんでいる。戦士たちも傷だらけで、もう限界に近い。


「諦めるな!」


リーダー格の女性が叫ぶが、その声にも疲労がにじんでいる。デスナイトの一騎が槍を構え、とどめを刺そうとする——


その瞬間、黒い閃光が走った。


「何…?」


冒険者たちが目を見張る。デスナイトの槍が空中で止まり、その胴体に一本の線が走った。次の瞬間、鎧もろとも真っ二つに割れ、黒い塵となって散っていく。


「え…?」


俺はゆっくりとグループの前に立ちはだかる。残るデスナイトたちが一斉にこちらに向き直った。


「五人か。手際が悪いな」


「悟様…?」よく見ればそれはシン・ティエルだった。彼女だけは疲労の色は見えるものの無傷だった。シルフィは疲れて眠ってしまっているようだ。


「事情は後で話す。今は戦闘に集中しろ」


そう言うと、俺はデスナイトの群れへと突進した。刀が弧を描き、一騎、また一騎と骸骨の騎士を切り倒していく。甲冑の聖魔法が不死系の魔物に特に効果を発揮し、一撃ごとに敵を塵に帰す。


「す、すごい…」


背後から感嘆の声が上がる。俺は無視して戦いを続ける。十数騎のデスナイトは、あっという間に半数以下に減った。


だが、その時だった。


空洞の奥から、重い足音が響いてくる。それはこれまでの魔物とは明らかに違う——地響きを立て、空気さえ震わせるような重圧感だ。


「しまった…あれがいるとはな…」


闇の中から現れたのは、漆黒の鎧に身を包み、両手に巨大な斧を持つ騎士だった。その姿はデスナイトに似ているが、大きさは三倍以上。鎧の隙間からは赤い光が漏れ、不気味なオーラを放っている。


「デスロード…!?どうしてSSランクの魔物がここに…」


「ふん」


俺は刀を構え直す。ようやく面白くなってきた。


漆黒の騎士——デスロードがゆっくりと斧を振り上げる。その動きは重そうに見えるが、実際の速度は驚異的だ。斧が振り下ろされるやいなや、俺は間一髪で回避した。


轟音が空洞に響き渡る。斧の一撃で岩盤が割れ、無数の亀裂が走る。


「デカいうえに速いか。確かに手強い相手だが、そうでなければつまらん」


俺は笑みを浮かべ、反撃に移る。刀を水平に構え、聖魔法を最大限に込める。


「行くぞ」


デスロードの懐に転移し、刀を突き立てる。が、鎧が分厚すぎる。刃先がわずかに刺さっただけで、深くは届かない。


「こうまで硬いか!」


デスロードの反撃が来る。左腕の斧で殴打してきたのだ。俺は間一髪で受け流すが、その衝撃で数メートル後方へ吹き飛ばされる。


「くっ…」


地面を滑りながら体制を立て直す。腕が多少痺れている。久しぶりに手ごたえのある敵だ。


「面白い。レッドゲートはそうでなくては」


俺は本気で笑った。異世界にいた頃を思い出す。毎日が生死をかけた戦いで、一分一秒が緊張の連続だったあの日々を。


デスロードが再び突進してくる。今回は二本の斧をぶん回し、無数の斬撃を浴びせてくる。俺はそれらをすべてかわし、時折反撃の機会をうかがう。


「ここだ!」


一瞬の隙を見逃さず、刀をデスロードの脚部に叩き込む。鎧が割れ、中から黒い煙のようなものが漏れ出す。デスロードが苦悶の叫びを上げる。


「効いたな」


だが、油断は禁物だ。傷ついた魔物はより危険になる。デスロードの動きがさらに速くなり、斧の軌道も複雑化してきた。


「…そろそろ終いにするか」


俺は深く息を吸い込む。体内のマナを最大限に活性化させ、刀に集中させる。刀身が真っ白に輝き始め、周囲の空気さえ震える。


「これで終わりだ」


デスロードが最後の突進をかけてくる。二本の斧が十字に交差し、俺のすべての逃避経路を封じる。


だが、俺は逃げない。


「聖剣技・天叢雲」


刀を振り下ろす。白い光の奔流がデスロードを飲み込み、漆黒の鎧を粉々に砕いていく。光の中から最後の断末魔が響き、やがて静寂が訪れた。


光が消え、そこにはデスロードの残骸もなく、ただ微かに輝く魔石と漆黒の魔剣が転がっているのみだった。


「はあ…はあ…」


久しぶりの本気の戦闘で、さすがに息が上がる。俺は魔石と魔剣を拾い上げ、アイテムボックスにしまう。


「あ、あの…」


背後から声がする。振り返ると、冒険者たちが怯えながらも感謝の表情でこちらを見つめていた。


「助かりました…本当に…」


シン・ティエルが深々と頭を下げる。他のメンバーも続く。俺は彼女の肩に手をかけ、風魔法を彼女のなかに眠るシルフィに注ぎこむ。


「うきゃ〜」


「元気になったようだな。」


「ありがとうなのですよ!」


「礼はいい。彼女達を守ってやってくれ。」


「はいっなのです!」


「それで君らは無事か??」


「なんとか…」


「ギリギリで間に合ったみたいだな。とりあえず、お前たちを外に連れ出す。ついて来い」


俺は空洞の出口に向かって歩き出す。冒険者たちが慌てて後を追う。


「でも、入口は封鎖されているはず…」


「レッドゲートの出口は一つじゃない。少なくとも三つはある。俺が来た入口は使えない——あれは一方通行だ。だから別の出口を探す」


「そんなこと、どうしてわかるんですか?」


「経験だ」


短く答えると、俺は洞窟の壁を注意深く観察し始める。レッドゲートには必ず隠し通路や裏口がある。女神様たちが完全な死の罠を作るはずがない——少なくとも、俺を罠にかけるようなことはしないだろう。


それもここは俺への褒美として作ったと考えられる。ならば…


「ここだ」


ある壁面を手で撫でると、微かに魔法の反応を感じる。俺は掌にマナを集中させ、壁に押し当てる。


壁が光り、次第に透明になっていく。向こう側には別の通路が見える。このまま進めば外に出られるだろう。


「早く行け。この通路は長くは開いていない」


冒険者たちが次々と通路をくぐる。最後の一人が通り過ぎた時、俺も後に続こうとした——


その瞬間、背後から声がした。


「待ちなさい」


冷たく、美しい声。振り返ると、そこには光の粒子が集まり、一人の女性の姿が浮かび上がっていた。長い銀髪、透き通るような肌、そして深い碧の瞳。その姿はまさに女神そのものだった。


「久しぶりだな、悟」


女神が微笑む。その笑顔には、どこか悲しみがにじんでいる。


「そちらは落ち着きましたか?平和と秩序の神 パクス様」


「ああ。親父は母上にこっぴどく叱られて、新しい世界の創世神として激務に追われてるわ。」


「ざまぁ…ないな。だが、今は時間がない。今度でもいいか?」


「わかっている。でも、聞いてほしい。このゲートはそもそも人間に課した試練ではない。」


女神の表情が曇る。


「これは…お詫びだ」


「お詫び?」


「親父は間違っていた。交通事故に遭ったあなたを無理やり異世界に召喚し、世界の救済の任を押し付けたこと。そして、当初の約束を破り、多くの世界に強制的に送ったこと。」


パクス様は本当に申し訳なさそうに語っていた。別にあなた様のせいじゃないけどな。


「あなたは私達姉妹の世界を救ってくれた英雄なのに、何の報酬も与えず、送り出してしまった。」


「ステータスと記憶、経験、アイテムボックスを持ってこれたことでチャラだと思うがな。」


「あなたはそうでも、私たちは後悔してた。」


「だから、このレッドゲートを作ったっていうのか?」


「あぁ。でも、ただのお詫びではない。シエラにも伝えたがこのゲートを踏破すれば、東京から魔物を一掃できる——それは本当だ。でも、それ以上に…」


女神が一歩近づく。


「このゲートの最深部には、私たちからの本当の贈り物がある。あなたが本当に望むもの——『平凡な日常』を取り戻すための鍵が」


「…どういう意味だ?」


「あなたは気づいていないかもしれないけど、神域はそう簡単にあなたを手放さない。こればかりは私達ではどうにもできない。あなたはこれからもずっと戦い続ける運命から逃れられない」


女神の言葉に、俺はハッとする。確かに——異世界から戻ってからも、なぜか落ち着かない。毎日魔物を討伐している。それが自分の意志だと思っていたが…


「このレッドゲートの最深部にあるものは、あなたに本当の安寧をもたらすもの。そして同時にあなたの願いも叶えられるもの。ただし、手に入れるには代償が必要——このゲートを完全に踏破すること」


「…わかった」


俺は深く頷く。


「でも、まずはあの連中を外に出さないと。約束する——最深部で」


「ええ。では、また最深部で」


女神の姿が光の粒子となって散っていく。俺は一呼吸置くと、隠し通路へと歩み入った。


通路の先は外の世界——コロニーの郊外に出た。冒険者たちはそこに倒れ込み、必死に外の空気を吸い込んでいる。


「あ、あの…悟さん…?」


ティエルが俺を見上げる。


「私たちはここで大丈夫です。場所はわかるので、このまま戻ります。でも、あなたは…?」


「俺は戻る」


「えっ?でも、レッドゲートにまた入るなんて…」


「用事が残っている。お前たちは早くコロニーに戻れ。シエラに会ったら、俺からもうしばらくゲートを探索してから帰還すると伝えてくれ」


そう言い残すと、俺は再び隠し通路へと向かう。背後から止める声がしたが、無視する。


女神の言葉が頭を離れない。『本当の安寧』——確かにそんなものがあるのならば欲しいものだ。俺だって好き好んで戦ってるわけではないからな


「…どうでもいい」


呟きながら、再びレッドゲートの重い空気の中へと足を踏み入れる。


「今やるべきことは一つだけだ。このゲートを踏破する。それだけだ」


刀を握りしめ、暗闇の奥へと進んでいく。


最深部で何が待っているのか——女神の言う『贈り物』が何なのか。


それらすべての答えは、この先にある。


「さあ、行くか」


俺の足取りには、もう迷いはなかった。

長くなりすぎてしまい、申し訳ありませんでした。次回からは普通に戻ります。


因みにレッドゲート内でも、実力を抑えて戦っています。全力でやるとゲートどころかダンジョンごと消し飛ばしてしまうので…

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