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第17話

 柔らかなマットレスに身が沈む。

 痛くないはずなのに、頭の後ろに手が添えられる。

 壊れ物を扱うように。

 腹部をなぞる指先がこそばゆい。次第に、それが熱へと変わっていく。


 自分でも分かるほど、甘い息を吐いている。

 前髪の隙間から見える真望さんの顔。あの時と同じような、恍惚とした表情。


 お腹の奥がひくりと揺れた。


 指が前髪を払う。


 「これじゃあ、顔が見えないね」


 妖艶な瞳で見つめられる。

 薄着なのに、熱いくらいに体が火照る。


 「……可愛い」


 頬に手が寄せられる。


 「雛乃ちゃん……」


 手を掴みそうになるのを、なんとか抑えた。


 「悪い子……だね」


 向かいあう瞳の奥に映る私は、ひどいくらいに蕩けていた。口角は上がっているのに、頬が赤い。

 なのに、僅かに瞳だけは理性を湛えていた。


 本当にこのまま流されてもいいの?


 真望さんの瞳に映る私が、訴えかけてくる。


 思考のモヤが晴れかけた時――


 両耳を塞がれた。


 もともと、防音性に優れていて、何も聞こえない。シェルターのような空間。

 今、聞こえるのは真望さんが生み出す、ざわめくような音だけ。


 頭の中がくすんでいき、体がぴくりと震える。左耳に、かすかな息。

 指がわずかに緩む。


 「他のこと、考えてる?」


 囁きが、直接落ちてくる。


 「お姉さんだけに、集中して」


 真望さんの瞳からは、すっかり私が消え去った。そして、瞼は閉ざされた。


 ゆっくりと顔が近づいてくる。それを受け入れるように、私も瞼を閉じた。

 何も聞こえない、見えない。


 視界は完全に黒く染まる。

 このまま、全て真望さんに任せればいい。

 辛いことなんてせず。

 どこまでも溺れるように……


 「「今でも……好きです」」


 不意に、声が割り込んだ。

 体の火照りが、すっと引いていく。


 なんで!? あともう少しで……


 「「あなと同じ道を歩みたいんです」」


 また、聞こえる。


 掴まれたみたいに、ぎゅっと胸が締まる。


 やめて、もういいから。

 ……疲れちゃったよ。


 何も考えたくない。これで、楽になるんだから。


 「「どんなことがあっても」」


 闇に覆われていた視界に、光が差し込む。


 なんで……月成から道を閉ざしたのに……


 無理だよ。

 待てば終わる。もう少しで……もう少しなのに。

 なんでこんなに、胸が痛いの。


 甘い香りが鼻先をかすめる。


 「きゃっ!」


 気付いた時には、押していた。

 幸いにも、ダブルベッドだったため、床に落ちることはなかった。


 わけも分からず、自分の手を見下ろす。


 「私が……やったの……?」


 真望さんが上体を起こす。クセづいてるのか、口角は上がっている。なのに、私を射るような視線。

 眉がつり上がっていて、こめかみにはしわが寄っていた。


 「雛乃って、いつもそうだよね」


 無意識に背筋が伸びた。


 いつもの真望さんの面影はない。腹の底に響き、地の底に引きずり込むような声。

 呼び捨てされたことすら、気づかなかった。


 「自分がやったことに責任がない。

 私を拒んだあの日から、一切、成長してないよね!!」


 激昂したように私の肩に掴みかかる。


 逃げないと。


 だけど、体が動かない。動いてよ! お願いだから……

 縮こまるばかりで、体は全く動かない。


 シーツが、じわりと濡れていく。


 「ふふ」


 口元が歪む。


 「まさか、乳幼児から成長してないなんて。こんな子、私ぐらいしか拾わないよ?」


 どうしたらいいの。この人に捨てられる?

 だけど、拾われるのも怖い。


 頭の中が軋む。耐えきれず、体が折れる。

 真望さんが何か言っているが、聞いている余裕もない。


 朦朧とする意識の中で、さっきの言葉が浮かぶ。


 どんなことがあっても……傍にいてくれるの。本当に?


 もう、その言葉に縋るしかなかった。


 無理やり体を起こし、転びそうになりながら駆け出す。玄関付近に掛けてあった制服を取り、部屋を出る。

 前が見えない。視界はぐちゃぐちゃで、かろうじて人がいるか分かる程度。


 建物から出ても、走り続ける。

 足裏が冷たい。痛い。照明を反射した水溜りに、赤色が滲む。


 未だ、降りしきる雨。

 濡れた服が肌に張り付き、気持ち悪い。それに、寒い。

 だんだんと、呼吸が荒くなっていく。


 おかしいな、これぐらいじゃ疲れないはずなのに。


 一層、雨が強くなる。


 走る足を止めた。地面を踏みしめるように、歩き出す。


 なんで、こんな私を月成が拾ってくれると思っているんだろう。

 自分勝手に人を頼って……簡単に流されて……人の前で、あんな……


 自嘲するように、空を仰ぐ。


 どこから間違ったんだろう。記憶をたどる。だけど、行き着く先は既に消去されてしまっていた。

 それもそうか。覚えているわけもない。


 気づけば、完全に足が止まっていた。


 目的地を失った足が、震え出す。


 どうしたらいいんだろう。


 そういえば、完全解とか言ってたっけ。私は何を言ってるんだろう。最悪も最悪な選択しかしてないのに。


 大粒の雨が地面を襲う。定められた運命に、抗うこともせず。

 そんな雨粒に、目を奪われる。


 運命が決まってるなら、逆らわなくてもいいんだ……


 度々ニュースになる名所。

 高層ビルへと、足が動く――


 その刹那。


 雨音を裂くように、声が響いた。

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