揺れる矜持—板挟みの少年
◆ 王都・グランディール公爵邸
冷たい冬風が吹き込む広間。
リヒャルト・フォン・グランディールは大きな椅子に腰かけ、息子を鋭く睨んでいた。
「ユリウス。――アマネという娘を監視せよ」
低く重い声が響く。
「……以前も申し上げましたが、彼女はただの庶民にすぎません」
「ならば確認してこい。王妃が庇護するなど、裏があるに決まっておろう」
父の言葉は命令だった。
反論すれば「家の恥」とされる。
ユリウスは唇を噛み、ただ「……承知しました」と答えるしかなかった。
◆ 学園・講義棟
翌日。
魔導学教授イザークが壇上に立ち、わざとらしく声を張る。
「本日の模範演習を務めるのは――ラインハルト・フォン・グランツ君だ」
ざわめきが走る。
前に進み出たラインハルトは余裕の笑みを浮かべ、魔力を剣にまとわせた。
一閃。
標的の魔導人形が粉砕されると、場内から歓声が湧いた。
「見事だ!」
「やはり彼こそ勇者候補だ」
イザークが満足げに頷き、生徒たちを扇動する。
「努力を怠らず、常に家の務めを果たす。まさに模範的な貴族の姿だ」
それは、アルトやアマネへの当てつけのようにも聞こえた。
アルトは拳を握りしめ、アマネは小さく唇を噛む。
◆ ユリウスの視点
(……くだらない)
心の奥でつぶやく。
だが、表情は変えない。
ラインハルトを褒めそやす声の中、ユリウスはクラリスやアマネの方へと目を向けた。
中庭で笑い合う奏の会の仲間たち。
アマネは庶民子供と同じ目線で遊び、クラリスはその姿を誇らしげに見守っている。
――あのときの言葉が胸を刺した。
「いつかきっと、あなた自身の矜持を聞かせて」
父の命令か。
仲間との誓いか。
ユリウスは両手を膝の上で強く握りしめた。
(……俺は、どちらの“矜持”を選ぶ?)
◆ 闇の予感
その夜、宰相派の教師陣は密かに杯を交わしていた。
「ラインハルト様を“英雄”として推す。それが学園を掌握する第一歩だ」
「王妃派の芽は早めに摘むべきだろう」
杯が鳴り合い、笑い声が響く。
だが、その陰でひとり、ユリウスは窓辺に立ち尽くしていた。
――父の命令と、仲間の誓いの間で。
その苦悩の姿は、誰も知らない闇の中にあった。
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