舞踏会—芽生える想い②
華やかな舞踏会の夜も、ひときわ落ち着いた空気が流れる時間帯へと移っていった。
ひとしきり賑わった後、音楽はゆるやかなテンポのワルツへと移り変わる。
人々が次々と相手を替えて踊る中――。
「……リュシア」
声をかけてきたのはカイルだった。
銀髪が燭火に照らされ、瞳に微かな揺らめきが映る。
「形式上、こういう場で一曲は踊るものだ。……君さえよければ」
言葉は理屈に寄せている。
けれど、その声音には隠しきれぬ緊張が滲んでいた。
「……はい」
リュシアはわずかに頬を染め、そっと手を差し出す。
二人の手が重なり、音楽に合わせて一歩。
リュシアの裾が舞い、カイルは真剣な面持ちでリードを取る。
「やはり……舞踏は形式だ。貴族にとって必要な……」
自分に言い聞かせるように呟くカイル。
だが、その声を遮るようにリュシアが小さく笑った。
「私も……勇者の伴侶としてではなく、ただの私として、あなたと踊りたいです」
「――っ」
カイルの足が一瞬止まりそうになり、慌てて軌道を戻す。
頬が熱くなるのを隠せない。
「リュシア、それは……」
「いけませんか?」
少し伏し目がちに、けれど真っ直ぐな想いを込めて。
カイルは答えられなかった。
理屈の鎧が音を立てて崩れていく。
曲が終盤に差しかかる。
旋律に包まれながら、二人の呼吸は不思議と重なっていた。
最後のステップを踏み終えたとき、カイルがそっと囁く。
「……形式ではなく、僕の願いとして。君とまた、話がしたい」
リュシアは一瞬、呆けたように彼を見つめ――次の瞬間、顔を真っ赤に染めた。
「……はい」
その小さな返事は、誰の耳にも届かない。
けれど、二人にとっては確かな約束となった。
煌めく舞踏会の只中で。
新しい想いの芽が、静かに息吹いた。
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