幕間:買い出しの午後—笑顔と胸の鼓動
陽は少し傾き始め、石畳の大通りに橙色の光が差し込んでいた。市場はまだ賑わいを保ち、香辛料の匂い、焼き立てのパンの香り、果実を並べる商人の声が重なっている。
「じゃーん! 今日は豪勢にいくよっ!」
胸を張るのはミナだ。肩から下げた買い物かごが、すでに半分ほど膨らんでいる。
「……まだ何も買ってませんよね?」カイルが呆れたように指摘する。
「いいの! こういうのは気合だから!」
「あのなぁ……」
ジークは笑って首を振った。
アルトは少し後ろからその光景を見守っていた。喧騒の中、ふと横に並んだアマネが、ふわりと笑った。
「なんだか……こうして歩くだけで楽しいですね」
夕陽に照らされて、アマネの笑顔はやけに鮮やかだった。
その瞬間、アルトの胸の奥が、不意に跳ねた。――ドキッ、と。
「……っ」
言葉が喉に引っかかる。胸の鼓動を誤魔化すように視線を逸らしたが、耳の奥でまだリズムが速い。
(何だ、今のは……?)
彼は自問するが、答えは出ない。ただ、アマネの自然体の笑顔に、何か抗えないものを感じていた。
「ほら見て見て! このトマト! 赤くて丸くて――おっちゃん、これ安くして!」
ミナは早速、八百屋の店主と値切り合戦を始めていた。
「嬢ちゃん、これ以上安くしたらワシが泣くわ!」
「じゃあ泣いて! 私が勝つ!」
「お前は勝ち負けで食材を買うな……」ジークが額を押さえる。
アマネは苦笑しながらも、そっと手を伸ばした。
「あの、これください」
差し出したのは適正価格の硬貨。店主は破顔し、「お嬢ちゃんは話が分かるな!」と笑顔を見せた。
「……ミナさん、勢いも大事ですけど」
「むむむ、アマネが正しいのは分かってるけどー!」
そのやり取りを見ていたリュシアが、小さく問いかける。
「……なぜ、あえて高いまま払うのですか?」
「えっ?」アマネが瞬きをする。
「だって……きっと、作るのに時間も苦労もかかってるから。適正な分は渡したいなって」
リュシアの瞳が揺れた。――“値段”より“人の苦労”を考える。
王城で育った彼女には、当たり前ではなかった発想だ。
「……なるほど。価値は数字だけではない、のですね」
「はい。私もまだ分からないこと多いけど……」アマネは恥ずかしそうに笑った。
その横顔を見つめて、リュシアは心に何か小さな種を受け取ったような気がした。
「お、おい! ミナ! 食うな!」
ジークの叫び。振り返ると、ミナがリンゴをかじっていた。
「ちゃんと払ったもん! 味見よ味見!」
「味見はひとかじりまでだ!」
「えー? じゃあ半分はジークにあげる!」
突然差し出されたリンゴに、ジークは赤面し、カイルは頭を抱える。
「……仲が良いのですね」リュシアがぽつりと漏らす。
「え? いや、仲が良いとかそういうんじゃ――」ジークは慌てて否定するが、周囲は笑い声で包まれていた。
アルトも、その輪に自然と笑みを浮かべていた。先ほどの胸の鼓動はまだ残っていたが、今はただ、この時間を壊したくなかった。
日が傾き、最後の買い物袋を手分けして持ったころ。
リュシアは腕に提げた野菜の袋を見つめて、小さく呟いた。
「……こうして、自分で選んで、支払って。人とやり取りすることが、こんなに……温かいものだったとは」
「リュシア?」アマネが首をかしげる。
「いえ。ただ、少し……心に新しい感触が、灯った気がして」
そう言って、リュシアはほんの少しだけ笑った。
その笑みを見て、アルトも胸の奥で思う。
(……これが、“並んで歩く”ってこと、なのかもしれない)
袋いっぱいの食材を抱え、六人は寮へと歩き出す。
夕暮れの石畳に伸びた影は、笑い声とともに長く連なっていった。
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