第29話 十一月の深淵からの訪問者
これから一人暮らしをする人にアドバイスをするならば、予定のない訪問は大抵ろくでもない、ということである。
休日の昼下がり、やることもないので家でゴロゴロとユーチューブを眺めていたら、チャイムが鳴らされた。
ネット通販もしていないし、友人なんて皆無なので訪問予定はないはずなのだが、親がたまに祖父母の田舎で採れた野菜などを送ってくれるので、それかと思って出てみると隣人の女子大生が立っていた。
「やぁ、こんにちは」
「……こんにちは」
「今日も天気が良くていい感じの一日だね。ところで今暇? 暇だよね。少しばかり話を聞いてほしいんだけど」
正直、この人は苦手だ。
小さく可愛らしい見た目に反して言動は屑そのもので度々お金をせびられている。
名前は確かなんとかきらら。
同じ大学の先輩でタバコやお酒を嗜んでいることから二十歳は超えているのだろうに、年齢は今のところ不明だ。つうか興味はない。
「実はお願いがあって来たんだ」
返事をせずにドアを閉めようとしたら、ガッと隙間に手を入れられた。
「お金がないんだ」
またかよぉ。
「……俺にどうしろと」
先輩は相変わらずの濁った瞳で続けた。
「貸してほしいんだ」
「いくらです?」
「いくら貸せる?」
「貸すつもりはないです。お帰りください」
力を込めて扉を閉めようとしたがそれを上回る力で止められた。
「そこを何とか頼むよ。このままじゃ僕は死んじゃうよ。救える命が目の前にあるのにキミは何もしないの?」
「そもそも何でお金なくなったんですか?」
「話せば長くなるんだけど、昨日の晩、始めて麻雀やったんだ」
「ギャンブル狂いに貸すお金はありません」
「僕だって最初はやる気なかったんだよ。でも、やられっぱなしじゃムカつくっなって……ほらことわざにもあるだろう。狂気の沙汰ほど面白いって」
「ねぇよ。そんなことわざ」
俺はドアに差し込まれた手を振りほどこうと先輩の手をつかんだ。
「待って待って待って。ごめんごめんごめん。わかった、じゃあ、お金じゃなくて、食べ物を分けておくれよ」
「うちもギリギリなんで、すみません」
一人暮らしする前は、お隣のちょっとエッチな女子大生が「カレー作りすぎちゃった」とか言って持ってくる妄想をよくしたが、こんな逆パターンは望んでいない。
「食べられるものならなんでもいいんだ。そうだ。卵ないかな? 卵ならベストなんだけど。……あったらちょうだい」
ファニゲームの冒頭かな?
「なんで卵なんか……」
「実はね、さっき久々に自炊しようと思って、オムライスを作ろうと思ったんだけど、卵がないことに途中で気がついたんだ。買うお金もないし……」
「チキンライスで食ってろ」
「もう口がオムライスなんだよ! ねぇ、頼むよ、卵分けてくれたらキミの分も作ってあげるから」
「はあ? 先輩が他人に施そうとするなんて珍しいっすね」
「いやなぁに、お世話になってるからね。たまには恩を売っておかないと。こう見えて僕は義理堅いんだ」
正直食費が浮くのはありがたいが、銀千代になにも言わずに他人の作ったものを食べたとなると、どうなるかわからない。外食するたびに調理人の情報を聞き出そうとしてくるので、自炊してばかりなのだ。この間なんて松屋の店員の情報を聞き出そうとして来たほどだ。
俺はしばし考えてその旨を先輩に伝えのだが、先輩はニッコリと微笑んで
「その辺に関しては大丈夫。実は今朝キミの家を訪れる前に金守銀千代の家にも行ったんだ」
「はあ?」
よく生きてたな、この人。
「同じお願いをしたらケチャップと鶏肉とご飯をくれたんだよ。金守銀千代は寛大だね! 素晴らしい人だよ。優しさが五臓六腑に染み渡るよ」
「食材がほとんど他人からの施しじゃねぇか!」
いや、まて、オカシイのはそこだけじゃないぞ。
あの銀千代がメリットも無いのに他人を助けるとは思えない。
「とにかくうちに来てオムライス作ってよ。金守銀千代は仕事でこっちにいないんだろ?」
「……なんで俺がオムライス作ることになってんだよ」
「食材提供するのは僕なんだからそれぐらいやってくれなきゃ」
「さっきと言ってることが逆じゃねぇか。卵あげたらあんたがオムライスを作ってくれるって話だったんじゃなかったのか?」
「めんどくさい男だね、キミは」
先輩は浅くため息をついた。
「いいからさっさとうちに来てオムライスを作ってよ。そしたら全部丸く収まるんだから」
「するわけねぇだろ。なんか変だぞあんた」
変なのはいつものことだけど。
銀千代が絡んでるとなると慎重に事を進めなくてはならない。
「正直に隠してること全部言ってください。そしたら卵分けてあげるから」
「むぅ」
先輩はおちょぼ口になって静々と口を開いた。
「実は金守銀千代に頼まれたんだ」
「なにを?」
「キミを一定時間家から連れ出してほしいって」
「なんで?」
「さぁ。理由までは知らないけど、そうしないと家賃上げられちゃうんだよ」
「家賃? なんでそんな話に」
「あれ、知らないの。大家が最近変わって金守銀千代になったんだよ」
「はぁー?」
先輩からのわけの分からない報告に俺は思わず呆けてしまった。
「僕も詳しくは知らないんだけどね。前の大家さんと金守銀千代が仲良くてこのアパートの運営権を金守銀千代に譲渡したんだって。ハガキが入ってたと思うけど」
「知らんぞ、そんなハガキ」
あいつ……無駄にお金があるからってそんな事してたのか。
つうか、普通そこまでするか?
……あいつ普通じゃなかったわ。
「まあ、ともかく基本的には家賃とかは前の契約のまんまなんだけど、金守銀千代が僕と個人的にした取り決めで、今日キミをこの部屋から一定時間留守にできたら家賃が三千円減額されるんだ。失敗したら三千円増額」
「俺でわけのわからねぇギャンブルしてんじゃねぇよ!」
「そりゃあ、さぁ。毎月三千円増額されたら僕もきついからさすがに最初は断ったんだよ。だけど、あの人、僕の背中を見て言うんだよ。死ねば助かるのに、って」
「最近アカギ読んだのかな?」
「そこまで言われたら僕だってやらざるを得ないよね! というわけで正直に話したから少しの間留守にしてくれないかな!」
俺は無言でドアを閉めた。
「あー!!!」
先輩がドアを挟んで叫んでいる。
素早く鍵をかける。
この動作に関して俺の右に出るものはいない。
「ちょっとちょっと話聞いてた!? なんでドア閉めるの!?」
「銀千代には俺から言って、ノーゲームにしておくからお帰りください」
「それじゃあ、僕の負けになっちゃうじゃないか! 開けてくれないとキミが洗濯物干してるときにベランダでタバコ吸ってやるぞ!」
最悪な嫌がらせだ。
というか現在進行系で最悪だ。ガンガンガンとドアをノックされてガチャガチャとドアノブを回されている。
俺はため息をついて、冷蔵庫から卵を2個取り出し、少しだけ扉を開けた。
「これあげるから二度とうちに来ないでください」
隙間から卵を渡す。
卵を受け取った先輩は上目遣いで俺のことを見つめ、
「ありがとう。あとついでにタマネギとコショウと油もく」
ドアを閉めて鍵をかける。
塩ならあんだけどな。
さて、
銀千代が何を企んでいるのかはしらないが、ようやく平穏を取り戻した俺はそのままベッドに腹ばいで倒れ込んで再びユーチューブを眺めることにした。
サブスクとか入らなくても、映画が無料で公開とかされてて、ユーチューブだけで事足りるのだ。ありがたい限りである。広告はうざいけど。
十分ほど経ったときである。
ガチャリと玄関ドアが開けられる音がした。しまった。チェーンをかけ忘れたと小さく頭を抱えていたら、鼻歌混じりの銀千代がリビングに入ってきた。
「あ」
目が合う。
銀千代の眉間にシワが寄った。先輩のミッション失敗を悟ったらしい。
「お前何勝手に人んちに入ってきてんの?」
「ゆーくん、実はね、この建物はすでに銀千代の持ち物なんだよ。だから勝手というわけではなくて」
「ああ、その話なら聞いたよ。でも借主にもプライバシーを守る権利はあるよな」
「んぐぅ」
不法行為に手を染めまくる銀千代だが、契約という言葉には弱いのだ。
「つうかなんでアパートの大家になんてなってんだ」
「不動産投資も始めたかったし、こっちのほうがいろいろと都合がいいからね。とりあえず今はアパート名を『ゆーくんと銀千代の愛の巣荘』にしようと手続きすすめてるところだよ」
「そんなことしたら絶対引っ越すからな」
銀千代は俺の冷ややかな視線に少しだけ肩を落とした。
「そんで、なんだその手に持った段ボールは」
銀千代の手には大きな段ボールが抱えられていた。
「あ、これはね。今日のパーティのサプライズグッズだよ」
そっと床にそれを置いてから銀千代は微笑んだ。
「パーティ? なんの?」
「今日はゆーくんが銀千代にプロポーズしてから一年記念日なんだよ」
プロポーズなんてしたことねぇよ。
「本当はゆーくんが留守のうちにおうちの飾り付けとか終わらせたかったんだけど、ゆーくんったらずっと家にいるんだもん。仕方ないから、隣の女を使ってちょっと外出してもらおうと思ったんだけど、……さすがゆーくんのほうが一枚上手だったね!」
ペロリと舌を出される。
「内緒でサプライズパーティの準備を進めたかったけど二人でやるのも楽しそうだからゆーくん手伝ってよ。楽しい一日にしようね!」
「嫌に決まってんじゃん」
「まあまあそう言わずに」
銀千代は段ボールを開けると風船やら花束やらを取り出した。
「じゃあ、ゆーくんは壁の飾り付けお願いね!」
「人の話聞けよおい」
と俺が突っ込んだ時、再びチャイムが鳴らされた。
先輩がまたお金をせびりに来たのかと思いながら出てみると、今度はちゃんとした配達員が二人立っていた。二人、ってのは珍しいな。
「伝票にハンコかサインをお願いします」
「は、はぁ」
無表情の配達員に気圧され、俺は受け取ったボールペンでサインをする。
「はい、ありがとうございます。じゃあこれ」
「はあ……」
アパートの廊下にとてつもなく長い円筒状の段ボールが放置されていた。
「な、なんですか、それ」
「知りませんよ。それじゃ」
苛立ちを隠さず配達員は去っていった。
そりゃそうだろう。こんな大荷物を運ばされたら誰だって不機嫌になる。
「あんまり態度がよろしくないね」
ひょっこりと銀千代が顔を出す。
「クレーム入れとく?」
「入れねーよ。なんだこの荷物」
「ああ、これはねオベリスクだよ」
「オベリスク!?」
何言ってんのか分からなかったが、発送人がこの女ということは理解した。
「うん。せっかく銀千代がアパートの大家さんになったんだからね。早速入り口にゆーくんを称えるオベリスクを設置しようと思ったんだ」
「ちょ、ちょっとまて。何を言っているのか全然わからん。オベリスクって何だ!? 巨神兵か?」
「違うよ、ゆーくん。オベリスクはね。古代エジプトとかで神殿の入り口に建てられた記念碑のことだよ。側面にファラオを称える碑文が彫られてたんだって。だからね、銀千代とゆーくんの歴史を未来に残すためにヒエログリフで掘ってあるんだ。これをアパートの入り口に設置して、かーんせい!」
「ふざけんな!」
廊下に放置された段ボールを指さして怒鳴りつける。開けたくもなかった。
「今すぐ片付けろ!」
「ええー、高かったんだよ。せっかくだから見てからどうするか判断してよ!」
銀千代はスキップしそうな足取りで廊下に出て、嬉々として段ボールのガムテープを剥がし始めた。
俺は即刻ドアを閉めて鍵を閉め、心の中で、
「光創世!!」
と唱えた。
消え失せろ。




