第17章
爆発事件後の展開は、雪崩のような勢いだった。ただでさえ評判の悪い連中に五人(ポールも含めれば)も殺されたため、事態が一気に動いたのだ。
「信じられないことが起こりました。馬車が突然爆発したのです」
「亡くなった警察官の遺族は、相応の措置を求めています」
その死者に警察官がいる分、尚更だった。名目は十分過ぎる。
「政府は警察に出動を命じました」
爆弾男の行動が、ビセートル王国にさらなる試練をもたらした。もはや男の逮捕で済む問題ではなかった。
王国の終焉だ。波が届かなくなった嬉しさなど、すぐさま消え失せた。爆弾男の達成感も。
義憤や使命感に満ちた警察の特殊部隊が、王国へ踏みこんでいく。当初の名目は爆弾男の逮捕と捜査だったが、自然と王国全体への強制捜査に変わる。何十台もの警察車両が街道を突っ走った。大人の事情を知らない子供たちが、彼らに驚いたのは言うまでもない。
王国が終わる運命を悟った大人たちは、泣き崩れたり怒りを示したりした。抵抗する者もいたわけだが、ピッチフォーク程度では無理がある。ただちに発砲され、次々倒れていく……。爆弾男も抵抗の末、射殺された。祖国のために戦い死んだというわけで、本人たちはさぞ満足だろう。
あまりの悲劇に、自殺する者が続出した。ルイの両親は、息子の死を人伝いに知るなり、自宅兼鍛冶屋に火を放った。消防車は無論来ず、両親は焼け落ちた屋根の下敷きに……。
はたして両親は、息子ルイとあの世で再会できただろうか。
「どうしようかね」
自宅にて、ロザリーの母親が独り呟く。彼女は娘が残したメッセージ付き布切れを見つめた。“さようなら かえる”の文字が虚しい。ロザリーは自分の元へ帰ってこない。再会したいなら警察に投降し、王国を去らねばならない。
彼女は十五年前、死ぬまでこの国の民だと誓った身だ。もはやその拘束力は無いも同然だが、彼女は割り切れない。王国に背き、元の文化的な生活に戻ることなど、精神面が許さなかったのだ。
……そこで、彼女も自殺を決断する。ビセートル王国の民として死ぬのだと決めた。娘との再会は潔く諦めていた。
窓から黒煙(保険金目当ての火事じゃない)がいくつも見えたが、大切な自宅に火をつけるのはできなかった。そこで彼女は、鶏小屋で首を吊ることにした。家を出ていった娘への当てつけだ。鶏の世話は元々娘の役目で、残された彼女はそれを押し付けられた形だから。
そして、彼女は実行する。踏みこんだ警察は鶏小屋で、死に絶えた彼女を発見する。朝晩の冷えこみはあったものの、死体は腐り始めており、一番乗りの警官は嘔吐した。
彼女に集るハエを、鶏がエサにしていた。バタつく羽の音がうるさい中、彼女は吊り縄から降ろされた。
ロザリーの母親が降ろされる頃、王城からは国旗が降ろされた。代わりの旗が揚がるのは、少し先の話となる。
その旗は警察の手で簡単に引きずり下ろせたわけじゃない。当然、女王デュクロが激しく抗ったのだ。
警察はあらかじめ、デュクロや王城を守る騎士たちの抵抗を予想していた。防刃チョッキをまとい、ピストルまで用意していた。ところが、抵抗は予想以上のもので、ピストルで狙いをつける前に、斬られたり刺される警官が続出してしまう。初動で城内に入った特殊部隊員二人が死んだ。不幸中の幸いで、その二人が落とした銃は悪用されずに済む。斬殺した騎士は王国出身で、銃の使い方など知らなかった。
デュクロは城の守りを固め、徹底抗戦を決める。王国の終焉は確定路線だったが、せめて勇ましく死んでやる腹づもりだった。「窮鼠猫を噛む」のことわざを、警察および女性大統領にぶつけてやる気持ちでいる。
人質はいなかったが、警察は苦戦を覚悟した。地の利もあり、さらなる犠牲はできるだけ避けたい。突入ですでに二人死んでいる。遺族を訪問し、「あなたのお子さん(あるいは親など)は、おかしな連中に殺されました」と伝える仕事はこれ以上ゴメンだった。
それでも、女性大統領を除く上層部の連中は、実力行使による解決を急いだ。警察に重武装を求め、テレビ映りの良いシーンを願った。警察は仕方なく、頑丈な城門をバーナーで焼き切り、催涙弾を打ちこむことを決める。装甲を施したブルドーザーも用意した。鉄球で城門を突破する案まで出ていた。
――警察は城門を突破した。飛んできた矢で警官や作業員に死者は出たものの、なかなか白熱したシーンがテレビで流れた。視聴者はしばし映画鑑賞を楽しめたはずだ。
城内で繰り広げられた騎士と警察の戦いは、スプラッター映画相当だったが、これらはテレビで流れなかった。あるテレビクルーは焼き切られた城門からの撮影を敢行しかけたものの、現場の警官(怒り狂ってる)に排除される。
「てぇい!」
「やめろ!」
「オラオラ!」
「抵抗するな!」
安っぽいセリフの応酬は聞こえてきた。暴力団事務所の家宅捜索と違う点は、時代の違いを感じられるところだ。騎士たちの言葉は中世ヨーロッパ物そのもので、警察は現代の警察そのものだから。両者は違和感を覚えながらも死闘をしばらく続けた。
……しかし、銃の強さは剣のそれに勝る。銃声が鳴り始めると、現場の喧騒は鎮まっていく。騎士の多くは銃の存在も真実も知らない身だ。撃たれた瞬間、自らは時代遅れだと悟った者もいるかもしれない。
やがて、城内で抵抗する者は一人もいなくなる。女王デュクロでさえも。なにしろ彼女もその頃、息子フランソワと共に死んでいたのだ。夫ピエールは違ったが。
デュクロは城門が突破されたことを知ると、家族と共に自殺することを決めたのだ。今さら珍しいことじゃない。民の何割(ロザリーやルイの親も含む)かは自殺しており、彼女もその内の一人に過ぎない。とはいえ、息子を巻き添えにした点はやるせない。
城中から集めた獣脂や食用油を部屋に撒き、蝋燭の火を引火させる贅沢なやり方だった。炎や一酸化炭素が部屋中をたちまち埋め尽くし、彼女と息子を包みこんだ。熱さと息苦しさを覚えつつ、名誉ある死を選べた自分を祝った。隣国の大衆の前に引きずり出され、注目の的になる事態は避けられたのだ。
女王デュクロを逮捕できず、警察は大いに悔しがる。苦労を知らない上層部や大衆からは文句の嵐だ。やるせない気持ちから、特殊部隊の一人は謁見室のシャンデリアを撃った。
魔法の鏡は警察が私室へ踏みこんだ時に、高熱で破裂した。女王と女性大統領は和解できなかった。
こうして、ビセートル王国は終わる。今やルイやロザリーだけでなく、王国すべての民が新生活を迎えるのだ。否応がなく。
ただそんな中、夫ピエールは妻と共に死ぬことを拒絶し、ギリギリ逃げ出す。彼は窓から鎖を大急ぎで外すと、壁伝いに隣の窓へ移ったのだ。以前のように波が訪れていれば、彼はきっと振り落とされたに違いない。その場合、飛び降り自殺として処理されただろう。そうはならず、彼は警察に保護(何らかの罪で逮捕)された。
代わりの因果応報というべきか、ピエールの扱いは嘲笑の的となる。彼が隣りの窓へ移る一部始終は、前述のテレビクルーにより撮影され、「家族を見捨てた薄情旦那」の扱いを受けた。支配者側だったとして、例のNGOも見捨てた。
警察に詰問され、大衆に嘲笑えた末、ピエールは精神病院に入院する羽目に……。すっかり狂った彼は生涯、自分は女王の伴侶であると放言していた。
ヴァレリーのほうは、ピエールと比べれば少々マシと言える。彼の祖父、つまり村長は自殺も抵抗もせずに生き残れた。しかし、立派な家の見事な居間で村長は、支配者側の一人として逮捕された。
その事がよほどショックだったようで、ボケてしまった。罪に対してとぼけたわけではなく、本当におかしくなったのだ。すぐ目の前で、自分の子供や嫁が射殺されもしたのだから……。
その場に立ち会えなかったことを、ヴァレリー本人が悔やんだのは言うまでもない。ボケた祖父の口からは、王国や家族の最期をろくに聞けないのだから。




