3-33.面会
三日ぶりに訪れた王城は、物々しい雰囲気に包まれていた。
危険や不安を感じるような物々しさというよりは、忙しさでひりついているようなそんな感覚がする。
兵士の数が多かったり、文官が走り回っている姿に事後処理が大変だというのが分かる。
ヨハンさんとは城に入ってすぐにお別れとなった。
ここからはエストラーダの文官が案内してくれるらしい。
大きく手を振って去っていくヨハンさんを見送ったら、何だか胃が痛くなってしまった。
きりきりと痛む胃を手で押さえながら、深い息を吐く。
「大丈夫か?」
「ん……なんだか緊張しちゃって。ノアは平気なの?」
「まぁな。俺は王族とも関わる事が多いし」
「羨ましい……ううん、羨ましくはないわ。それはそれで毎日緊張してしまうもの」
「はは。でも大丈夫だって。マスターだって居てくれるだろ」
「そうよね……うん、そう願ってる……」
ああ、やっぱり胃が痛い。
お会いしたくないわけじゃないし、とても光栄な事なのだけど……緊張するのは仕方がないと思う。無作法も大目に見ていただけるといいんだけど。
そんな事を思いながらとぼとぼ歩くわたしの手を、ノアがそっと握ってくれた。励ますように揺らされた手に、わたしからも力を込める。伝わる温もりでも緊張が解けるわけじゃないけれど、でもきっと大丈夫だと……そう思えた。
案内されたのは、マスターの執務室がある区域だった。
廊下に飾られている美術品も趣きが違うように見えるのは、ここはどちらかというと私的な空間なのかもしれない。
壁に掛けられている絵画に見覚えがある気がするのだけど……。初めて見る絵なのに、最近似たようなモチーフの絵をどこかでみたような気がするのだ。
隅に記されたサインを確認して、納得した。今日のカフェに飾られていた絵の作者らしい。
思わぬ共通点を見つけられた事に内心で嬉しくなっているうちに、あっという間に部屋の前に着いてしまった。
扉前には兵士が二人。文官が案内を告げると、兵士の一人が扉を薄く開けて室内と何かやり取りをする。小さな頷きがあったかと思えば、扉が大きく開かれた。
扉のすぐ側にはマスターが立っている。
わたし達が部屋に入ると、ほっとしたように笑いながら「よく来てくれたな」と言ってくれた。
ソファーに座っているのは王妃様。その隣に座る、少し顔色の悪い男性が国王陛下だろう。マスターと同じ銀色の髪で、夕陽みたいなオレンジ色の瞳が優しく細められている。
マスターよりも線が細いように見えるけど、よく似ていると思った。
ソファーへ近付いたわたし達は、胸に手を当て膝を折った。
「国王陛下にご挨拶申し上げます。ルガリザンド王宮騎士団に所属しております、ジョエル・ノア・アインハルトと申します」
「妻のアリシア・アインハルトと申します」
「顔を上げて楽にしてくれ」
低く落ち着いた声に促され、わたし達は体を起こした。
マスターが座るようにと案内してくれるから、それに甘えてソファーに腰を下ろした。
テーブルを挟んだ向かい側に国王陛下と王妃様がいらっしゃるのだ。緊張してしまって落ち着かない。ドキドキと胸が騒がしくて、何もしていないのに顔に熱が集まっていくのが自分でも分かる。
ちらりと隣に座るノアを見ると、平然とした表情をしているのが羨ましくなってしまう。
騎士の時ほどかっちりとしているわけじゃないけれど、髪をうしろに撫でつけている。黒縁眼鏡の奥では夕星の瞳が静かに輝いていた。
わたし達の近くにある一人掛けのソファーにマスターが座る。
それを合図としたように国王陛下が口を開いた。
「君達がリガスの友人だね。話は聞いているよ」
時々掠れてしまうけれど、優しい声だった。
リラックスしているようにも見えるし、隣の王妃様もにこやかに微笑んでいる。
「君達が城を訪ねてくれたおかげで、リガスが外部と連絡を取る事が出来た。リガスだけでなく王妃の手紙なども外に出る事はなかったようでね。城内が混乱していたとはいえ、ちょっといいようにやられすぎたな」
口を挟む事も出来ず、ただ曖昧に微笑む事しか出来なかった。
国王陛下は気を悪くした様子もなく、話を続けて下さっている。
「エマさんにも心配をかけた事だろう。リガス、帰れると手紙は書いたか?」
「書いたよ。この後、二人に託すつもりだ」
「それなら良かった。ジョエル君、アリシアさん。本当にありがとう。君達のおかげでこの件を早く片付ける事が出来たと思っているよ」
「私達に出来た事は少ないものです。リガス殿下、王妃殿下、皆様方のご尽力があっての事。私達には勿体ないお言葉です」
ノアの声は騎士の時のように固い。緊張した様子もなく受け答えする姿が頼もしかった。
「そうだな、皆がよくやってくれた。だが君達も間違いなくその一員ではあるんだ。それで……君達に褒賞を送りたいんだが、何が欲しい?」
「いえ、私達には過分すぎるものです」
「これは私の気持ちだから受け取って欲しいんだが……リガス、二人は何が好きだ?」
ソファーの背凭れに預けていた体を起こし、膝に両肘をついた陛下がマスターに問いかける。肩に掛けていたショールが落ちて、それを王妃様が直していた。
「二人は酒と美味いものが好きだから、兄上の秘蔵のワインを何本か融通してくれ」
「なんだ、そんなものでいいのか。二人は構わないか?」
「有難いお話ですが、私達も城内で騒ぎを起こした身です。褒賞など畏れ多く……」
「あれのおかげで、スカビオサやその娘を捕えるきっかけになったからな。騒ぎに関しては君達に非はないよ。じゃあワインを数本贈らせてもらおう。美味いものはリガスがどうにかするだろう?」
「そのつもりだ。だから俺を早く帰して欲しいんだが」
「あと数日の辛抱だから、もう少しだけ付き合ってくれ」
顔を見合わせて笑う陛下とマスターはよく似ていた。
ふと王妃様の方へ視線を向けると、その目尻にはうっすらと涙が光っているように見える。
微笑を浮かべ、二人の事を嬉しそうに見つめながらの涙に──王妃様の気持ちがなんだか分かるような気がした。
夫が毒を盛られて倒れたのだ。不安で堪らなかった事だろう。
命に別状はないと言われてもだ。悲しみと不安と、それでも国を守るという重責をその身に受けていたのだ。
だから、いまこうして国王陛下が言葉を交わしている事が嬉しいのだろうと思う。
それを想像しただけで、胸の奥がぎゅっと苦しくなってしまった。
王妃様がわたしの視線に気付いたのか、こちらを向く。
不躾な視線を向けてしまって恥ずかしくなってしまったけれど、王妃様はわたしを咎める事はなかった。ただ美しく微笑んで下さった。
国王陛下との面談はそれから少しの世間話をして終わりとなった。
緊張していたわたしに話せる事は少なかったのだけど、わたしが図書館司書として勤めている話を聞いて下さって、とても優しい時間だった。
応接室を後にしたわたし達と一緒にマスターが歩いている。
「この手紙をエマに渡して欲しい。あと数日で帰れる予定だが、それも伝えておきたくてな」
「分かったわ。マスターが帰ってくるのを、わたし達も楽しみにしてる」
「落ち着いたら招待するから、店に来てくれ。お礼にご馳走する」
「ありがとう。俺達は二人とも、マスターの料理が恋しいんだ」
「それは嬉しいな。腕を揮うよ」
マスターの表情も、今までより柔らかなものに見える。
一件落着とはいかないけれど、目途が立って安心しているのかもしれない。
マスターの執務室近くまで歩くと、扉横の壁に寄り掛かっている姿が見えた。
アンハイムの制服に、大きな丸眼鏡──ヨハンさんだ。
「お疲れ様です。アリシアさん、だいぶ緊張した顔してますねぇ」
「まだそんな顔をしてる? 緊張したのは間違いないんだけど」
「あはは、王様とお話するってあんまりない経験ですしね」
「もう二度とないと思うわ」
いい経験を積んだ、なんて言える事はないだろうけれど。
「ここから先は僕がご案内します。リガス殿下、よろしいですか?」
「ああ。ノア、アリシア、またな。本当にありがとう」
「どういたしまして。マスターも気を付けて帰ってきてくれな」
ノアの言葉に頷いたマスターが執務室の中に入っていく。
それを見送ったわたし達に、ヨハンさんはにっこり笑った。
「ヨハン、ジェイド殿下とカミラ殿下に改めてお礼を伝えたいんだが……」
「了解です。お二人ならそう言うかなぁと思いまして、ジェイド様とカミラ様の時間は確保してあります。これからでも大丈夫みたいなんで、行きましょうか」
また日を改めてとお約束をと思ったのだけど、急展開すぎる。
でも国王陛下との面会を急に告げられるよりマシかと思うほどに、わたしも少しはヨハンさんに慣れてきたのかもしれない。
ノアと顔を見合わせて、二人で少し笑ってしまった。




