第六章 ヴォラク 2
2 抵抗運動種族の状況
(1)技術種族ラジエル
「ラジエルは大気密度が高き惑星において浮遊生活を営む、水母類似の生物から進化せし種族なり。体表面を覆う長く美しき白銀色の触手群は、各々が独立して繊細なる作業を可能とし、集合すれば強力なる翼や手足の如き膂力を発揮せり。また、その柔軟なる身体は頭脳の発達を容易ならしめ、その生活は重力制御環境下の宇宙生活と似たるが故に、宇宙進出後に大いなる発展を遂げ、超光速航法を中心とする宇宙工学上の功績によりて、中枢種族の一員となりき。彼女は〝外周星域戦争〟……旧称・第一次帝国内戦……において、極低温種族ストラスを被検体兼演算装置として、種族融合化技術の開発にも成功せり。旧帝国の戦勝に貢献せる彼女は、自らの種族融合も達成したる後、科学省の長官に就任せり。然しまた他方において、彼女は〝大戦〟勃発の一因ともなりたる軍事偏重・人道軽視の技術開発政策や、中枢種族による先進技術独占政策の責任者として、多くの種族から非難されし種族なり」
「然しながら、綿密なる調査の結果、彼女はやはり統治種族というよりは技術種族であり、他の中枢種族の如き私的権益の獲得よりも、技術政策による帝国種族全体の福利向上を求めたる事実が判明せり」
「ゴモリーは、ラジエルがストラスに科学省長官の地位を譲りたる際、彼女に対し次の如く発言せし旨を証言せり。即ち、『銀河系における未開発領域の消滅に伴いて、今後は上級種族間における大規模紛争の危険が増大せん。然し、技術種族たる我が、汝を長とする私兵団のみを以てこれを阻止せんと試みることは自殺行為なり。故に我は、帝国が新たなる状況に適応する時間を稼ぐべく、今後は枢密顧問官としての政治活動を通じ、中枢種族間の勢力均衡による紛争の抑止を図らん』」
「『ストラスは良識的な種族なれども、現在の帝国においては軍事的な技術や投資の民間転用による成果還元は期待し得ず、非酸素・炭素系種族の彼女にとりては科学省内部の統制さえ困難ならん。故に我は、彼女がその善良さ故に滅ぶことのなきよう、軽率なる活動を戒めると共に、我が職能を通じ彼女への政治的負担を軽減せん』」
「『また我は次回の枢密院会議において、外周種族に対する技術流出の阻止を口実として、先進種族による争奪戦を制限する〝開発途上星域〟の設立を提言する予定なり。また、産業・技術種族の発展に対する牽制を表向きの理由として、危険なる軍事技術の拡散を防止するための、先進技術独占政策の採用を提唱せん。さらに、我が目下開発中の超空間駆動が実用化せる暁には、銀河系外への進出によりて現在の状況を打開することも可能とならん』と。以上の内容は、我が姉妹ストラス等、他の関係種族から得られたる証言・証拠とも一致せり」
「ラジエルは、帝国の将来を憂える他の良識的種族に対しても、陰ながら保護を提供せり。我及びアミーが融合体の複製実験によりて双子姉妹となる以前の、前身種族ウォフマナフは、かつて公式の会議において『銀河系統一の成就にも関わらず、帝国内に侵略戦争や代理戦争が絶えざるは、軍事関連の産業・技術種族による過剰供給の結果なりや、あるいは軍事種族のための社会福祉政策なりや?』と発言せり。その直後、彼女はゴモリーより反逆罪による告発の警告を受領せり。また彼女を被験体とせる種族複製実験の直前には、破壊工作を警告する匿名の通報が発信されたるが、これにより複製後の我等は重大なる損傷を免れたり」
「〝アンドロメダ蜂起〟の際に交わされし新帝国とラジエルの通信において、これらの威嚇や警告もまた、ラジエルがウォフマナフの安全を案じ、ゴモリーに命じて行わしめたることが判明せり。かかる事実は、個々の種族の内面的な思想や人格は、必ずしも外面的な属性や言動とは一致せざることを、改めて考えしむるものなり」
(2)逃亡政権の欺瞞
「然し、ラジエルの努力は、その全てが報われるものとはならざりき。中枢種族は自らの覇権拡大と他銀河への侵略のため、国家計画の悪用を謀れり。即ち、科学省が担当せる種族融合体の複製計画を転用し、あるいは文明開発省が所管せる途上種族への支援計画に干渉することによりて、軍事種族の育成と増殖を画策せり。前者はストラスの配慮によりて失敗せるも、サタンの中止請願による後者の発覚は、その責任の所在を巡る〝大戦〟の勃発と、高位種族の逃亡を兼ねたるアンドロメダ銀河侵略の早期決行を招来せり。一銀河内における平和的共存すら為し得ざりし好戦的な種族群が、超新星兵器という大量破壊手段、及び超空間航法という銀河外脱出手段を同時に入手せしことは、真に不幸な巡り合わせなるべし」
「アンドロメダ銀河は広大なるが故に未統一であり、種族融合や超空間航行の技術も未開発なりしが故に、逃亡政権はその中核領域を迅速に制圧せり。中枢種族は反抗的なる有力種族を超新星兵器……即ち、惑星規模の反物質爆弾に超光速駆動機関を装備せる、恒星破壊用誘導弾……によりて次々と〝浄化〟せり。傘下の系列種族もまた、これに倣いて自らの所領を確保すべく、有人惑星への小惑星投下攻撃など、数々の非人道的作戦を実行せり。ラジエル及び関係種族はその担当職能から、それらの犯罪行為への直接的な関与を免れたるも、ゴモリーは後に、『我はこの時、我等をかくも不名誉なる蛮行の共犯者と為せし逃亡政権を憎み、旧帝国からの離脱を切望せり』と述懐せり」
「逃亡政権は事実上、四大中枢種族によりて運営せられたり。彼女達は先帝に習いて支配種族の権威を示すべく、別名によりて呼称せられたり。〝剣の王〟は、最大の宇宙艦隊を有する親衛軍総司令官なりしが、アンドロメダ銀河においては機動艦隊の運用に加え、摂政を名乗りて行政活動を統括せり。〝炎の王〟は、兵器生産を司る軍需省の長官なりしが、移住後は特に、超新星兵器の生産及び供給を所管せり。〝啓示の王〟は、上級種族の政治的な監視及び指導を担当する情報省長官にして、指導的な先住種族の統制及び教化をも実施せり。〝慈愛の王〟は、産業・技術種族の大部分を含む下級種族の監督を行う民需省長官にして、新たに従属的な先住種族からの兵力動員をも任務とせり」
「〝銀河系襲撃〟は、中核領域の征服直後から、小艦隊による散発的奇襲の形態で実行せられたり。然し、この攻撃は所期の戦果を達成すること能わざりき。銀河系への長距離超空間跳躍は〝大戦〟における恒星破壊の影響もありて精度に乏しく、襲撃艦隊は通常空間復帰後の目標再捜索と、別途搭載せる亜空間駆動機関による再移動を要せり。彼女達は〝皇帝領の戦い〟におけるザフィエル艦隊以上に、動力・攻撃兵装のため防御兵装が犠牲となり、頼みの機動力も発揮すること叶わざりき。彼女達はバールゼブルの早期警戒用アバドンに発見され、アモンの恒星動力砲衛星及びベールの対宇宙誘導弾部隊に迎撃され、最終的にはアスタロトの機動艦隊の追撃を受けて敗走せり」
「また新帝国の復興と技術進歩に伴いて、襲撃戦力の増強にも関わらず、脱走・亡命を含む部隊の未帰還率は上昇の一途を辿りたり。逃亡政権は超空間駆動を装備せる超新星兵器、即ち〝銀河間誘導弾〟までをも投入せるが、当初は主要惑星の避難や通信封鎖、後には限定的ながらも超空間技術を使用せる探知・迎撃手段によりて殆どの攻撃が失敗に終わり、より高度なる超空間駆動艦艇の実用化に伴う反撃の開始も時間の問題と思われるに至れり。かかる状況のもとでラジエルは、逃亡政権の正当性及び勝利の可能性につき、徐々に深刻なる疑念を抱き行きたり」
「ラジエルを離反せしめたる決定的な契機は、逃亡政権下における二つの偽計の発覚なりき。第一の偽計とは、先住種族に対する偽計なり。彼女達は自らが逃亡中の戦争犯罪種族なることを秘匿し、アンドロメダ銀河の〝文明化〟のために到来せる、銀河系の支配種族と詐称せり。自らの下級系列種族や〝銀河系襲撃〟から帰還せる徴用先住種族による秘密の漏洩を知りたる時、彼女達は口の軽き者達を根拠なき罪状を以て〝処刑〟し、あるいは戦場への送還前に〝戦死〟せしめたり。然し、かかる行為は却って〝支配種族〟の正体に関する認識を、中核領域の全体へと静かに拡散・浸透せしめたり」
「第二の偽計とは、銀河系種族に対する偽計なり。四大中枢種族が激烈なる絶滅戦争の後、停戦が決定されるや直ちに、移住と侵略のために協力を開始せし事実に疑問を抱きたるラジエルは、極秘調査の結果、恐るべき真相に到達せり。四大種族は自らを悪しき手本とし、さらにはその威光を借りて下級種族から収奪を図るしか能のなき存在に堕せる、〝寄生種族〟を淘汰し、また、将来自らの競争相手となり得べき、有能なる〝危険種族〟を除去すべく、戦争を利用したるなり」
「その恐るべき目的を達成すべく、彼女達は特定の系列種族間における大量破壊兵器の使用を命令・誘導あるいは黙認せり。かかる謀略は、超空間航法の開発失敗に備えて以前より準備せられしものなるが、特に恐るべき実例は〝輻射増大兵器〟技術の意図的流出なり。この兵器は、遠隔素粒子操作によりて恒星の輻射を一時的・爆発的に増大せしめるものにして、超新星兵器ほどには近隣の星系に影響を与えざるが故に、恒星の密集する中心星域において、波及被害を恐れる多数の種族が密かにこれを保有するに至れり。大戦においてこの兵器を使用せる種族の多くは、その時初めて相手方も同様の技術を〝偶然〟あるいは〝情報活動の成果として〟所有せることを発見し、かくして四大種族にとりては取得・再生の容易なる〝死の星系〟が、大量に生産せられたり」
「かかる〝慎重〟派種族の滅亡による恐怖と勢力変動が、他の種族間における超新星兵器の全面使用を誘発し、最終的には制御不能の混乱状態を招きたることは、新帝国の成立と並び、四大種族にも予想外の事態なりき。然し同時にこの混乱は、新帝国の弱体化を期待しつつ、一部の選ばれし種族のみにて他銀河への逃亡と征服を図る、格好の機会と口実をも提供せり」
(3)ラジエル達の離反と滅亡
「ラジエルは、帝国を強化するものとして許容あるいは奨励されし、手段を選ばざる権力闘争の結果を知りて戦慄せり。然し、下級種族間の抗争を利用して版図の拡大を図り、途上種族間の戦争を煽りて軍事種族を育成するが如き、中枢種族の倫理道徳の退廃を考えれば、かかる所業もまた必然の帰結ならん。戦後の再調査によりてこの事実が確認されし時、それまで被害種族の心情を慮りて沈黙を守りたる多くの種族からは、怒りと悲しみと共に、『やはり……』あるいは『さもありなん』との声が挙がりたり」
「彼女は、銀河系における敗北の一因となりし超空間航法の改良の失敗から、自らにもかような〝蛸の身喰い〟の如き粛清が及ぶことを恐れ、同様に第一の偽計発覚の責任を問われたる文明開発長官レミエル、及び親衛軍の提督ラグエルと共に対策を検討せり。特にラグエルは情報活動に長け、かつては旧帝国の非人道的活動にも関与せる親衛軍種族なれど、銀河系への襲撃や中核領域での粛清に動員されし後、多数の超新星兵器と共に逃亡政権への批判的見解をも有するに至りしものなり」
「協議の結果、彼女達はかつてのサタンと同様の公開請願によりて、国力の回復を目的とせる専制支配の緩和、及び新帝国との休戦を要請せり。然しラジエルらは、四大中枢種族の権力への妄執や謀略の才能を過小評価せり。逃亡政権は彼女達の行為を反乱と見做し、追討命令を発せり。中枢種族は当初、〝旧皇帝領の悲劇〟やラグエルの超新星兵器が抑止力となりしが如く、下級種族のみを追撃に動員せり。ラジエルは新帝国に対し、救援要請と共に超空間航法の完成に必要なる技術情報を送信せり。新帝国はこれを受け、アスタロトを総司令官とする大規模遠征作戦の実施を決定し、まずは彼女が率いる機動艦隊の一部に他の理事種族の艦艇を加え、これらに急ぎ改造を施したる先遣艦隊を派遣せり」
「この〝アンドロメダ蜂起〟において、緒戦は反乱軍優位に展開し、その間に先住種族を中心とする多数の種族からも支持が表明せられたり。ラジエルらの後任の地位を約束されし追討艦隊の指導種族は、奮戦も虚しく遂に壊滅し、逃亡政権は反乱軍との停戦交渉の開始を承諾せり」
「然し反乱軍の主力艦隊は、これに応じて会合宙域へと向かう途上、奇襲を被りたり。彼女達は大規模な超新星兵器の使用を伴う、親衛軍の主力艦隊による総攻撃を受けて全滅せり。四大種族は辛辣にも、反乱軍自身をも淘汰の道具となし、平和を希求する同胞及び先住種族の訴えに対し、容赦なき殲滅を以て圧殺の意思を宣告せり。反乱軍の生残戦力は、主として直前に散開して偵察・警戒任務を命じられしゴモリー及びマルコシアスの艦艇のみにして、その存続は両種族の行動如何に委ねられたり」
(4)気高き種族と謎多き種族
「ゴモリーはラジエルと同様に大気の濃密なる惑星において、猛禽類から進化せる種族なり。比重の高き大気は、彼女を含む飛行生物の大型化を可能とせり。また彼女は地球人類と同様に、樹上から地上生活への移行後に文明を獲得せり。故に彼女は限定的な飛行能力を有するも、鳥類には珍しき屈強にして見事なる体格を保有せり。これは渡り鳥種族として移動生活への適応能力を見込まれ、先進種族から技術支援を得て、軽量優雅な形態のままで高度な宇宙航行文明を建設せる、アスタロトとは対照的な進化なり」
「ゴモリーは、かつて好戦的な軍事種族なりき。然しラジエルは、先進技術を求める他の中枢種族の保護も受け得たるが故に、その私兵軍に加入せるゴモリーの戦闘機会は激減せり。彼女はその攻撃性を、自己抑制と自己研鑽、上級種族の補佐や下級種族の育成等の組織貢献活動へと昇華することにより、司令官にまで昇進せり」
「またラジエルは技術種族として、他の中枢種族と交流しつつも、圧政や謀略を共有すること皆無なりき。故にゴモリーもまた、政治に対し理想は求めざるも、専横や腐敗からは距離を置き、一種独特の哲学的かつ美学的なる思想と文化を有するに至れり」
「加えて、ゴモリーの敵は専ら、ラジエルの技術や製品の略奪を企む海賊的種族なりき。故に彼女は、種族の存亡を賭する仮借なき殺戮戦術よりも主君の安全と名誉を守る効率的な威嚇戦略、現実的な殺傷能力よりも心理的な抑止力、単純な攻撃能力よりも選択肢を増加せしめる警戒・機動・防御及び情報分析能力を重視せり」
「さらに、彼女の敵は専ら技術や製品の略奪を企む海賊的種族なりしが故に、種族の存亡を賭する仮借なき殺戮戦術よりも主君の安全と名誉を守る効率的な威嚇戦略、現実的な殺傷能力よりも心理的な抑止力、単純な攻撃能力よりも選択肢を増加せしめる警戒・機動・防御及び情報分析能力を重視せり」
「マルコシアスは、狼に酷似せる社会性肉食動物を祖先とする、個体群種族なりき。彼女はその顕著なる生物学・遺伝学的強靭性を以て知られ、驚異的な環境適応能力の故に、多数の有力種族が割拠せる中核領域の全域に渡り分散して居住せり。また、その個体群の多くは行政・産業上の監督あるいは役務労働に従事せるも、それ以外には技術的にも文化的にも特長のなき種族と思われたり。然し、逃亡政権の文明開発長官として先住種族を詳細に調査せしレミエルは、彼女に三点の不可解なる事実を見出したり」
「第一の謎は、その卓越せる社会性なり。彼女は自身が属する集団さらには種族の境界をも越えて、星間社会全体の利益を達成せんとする、本能の如き性質を保有せり。専門知識を有せざるとも、他者の社会的主張とその根拠・周辺事実や他の言動との整合性から、内容の当否や真意を察知する鋭敏なる感受性を有し、善意の主張に対しては密かに実現や改善に要する支援を提供し、さに非ざるものに対しては支持を拒みたり。例を挙げれば、ある宙域の有力種族が他宙域の侵略を図りしが如き場合、その情報が周辺宙域に流出すると共に当該宙域の社会的役務効率が著しく低下して、侵攻計画が頓挫する事例が多数発見され、そのいずれにおいても彼女の関与が強く推認せられたり。また、彼女は優秀な労働者なるが故に、彼女に対する弾圧や追放もまた同様の結果を招きたり。さらに、かかる事例は宙域の経済・治安・環境や災害対策の分野に関しても数多く存在せり。即ち、彼女は常に自集団の短期的・部分的な損失を顧みず、かつ最も健全なる判断能力を以て問題の解決を図ることにより、長期的には自身を含む全宙域、さらには全中核領域に及ぶ文明の存続と発展に貢献し続けたることが判明せり。驚くべきことに彼女は、中核領域を事実上〝管理〟あるいは〝運営〟する種族なりき」
「第二の謎は、その極度の慎重さなり。自らの大いなる事実上の影響力にも関わらず、彼女は政治的・経済的な支配権を欲せず、より高度な文明段階に非ざれば銀河規模の統治は不可能なることを知るが如く、各有力種族の統治下において社会運営を支援せり。またその極めて低き突然変異率にも関わらず、遺伝子工学の利用には消極的であり、既に有する優秀な身体能力の強化手段としては、様々な環境下での必要に応じ、外部的な機械工学または体内における極微機械工学の採用を選択せり。遺伝子自体の改変は文明発展への対応に必要なる最小限度の使用に留め、その成果は直ちに他星域の同胞にも通知して、頑なまでに種族としての同一性を保ちたり」
「第三の謎は、その種族的な伝承説話なり。彼女の居住せる星系群には、古の時代にとある宙域を全種族の幸福のため統一せんと図りたるも、類縁種族の裏切りにより志半ばにして滅亡せる、英雄的種族の伝説が存在せり。この物語は多数の惑星において、永年に渡り詩や小説、音楽、演劇、映画など様々な形式に翻案されつつも、その気高き理想への賞賛や哀悼の念、そして復活への希望等の基本的内容は、変わることなく語り継がれたり。レミエルは、伝説の内容及び彼女の遺伝的特性、居住圏の分布等から、かつて中核領域にはその統一を試み得るまでに強力なる種族が存在し、彼女はこの種族によりて、各宙域の間接統治や均質的発展等の目的を以て人為的に生成または改良され、植民されし人工種族なるとの仮説を構築せり。然し、当時の中核領域は戦時体制下に置かれしが故に、かかる学説を検証するための調査を行う余裕は存せざりき」
「開発長官レミエルは、ラジエルの後進たる技術種族なりしが故に、彼女に依頼してその私兵軍司令官ゴモリーに、自らの軍事部門副長官を兼務せしめたり。また、民政部門には融合体の副長官を置かず、各宙域に分散せるマルコシアスを組織化して、途上種族の管理・運営に当たらしめたり。逃亡政権においては、先住種族に対する軍事・政治・経済的な支配及び動員の実権は四大中枢種族が独占し、開発省は専らその基礎となる民生向上の支援業務を担当せり。故に、彼女達はここでも戦争犯罪への直接的関与を免れたり。ゴモリーはマルコシアスの星間社会全体に対する貢献を賞賛し、マルコシアスもまたゴモリーの先進文明に相応しき能力と徳性に憧憬を抱きたり。両種族は出身銀河間の懸隔を越えて、最も親密なる友好の絆を結びたり」
(5)二種族の選択
「反乱軍の上級種族が壊滅したる際、ゴモリーの採り得る最も有望な生存戦略は、超空間航法を用いての銀河外脱出であり、同航法を持たざるマルコシアスのそれは、銀河内各所への潜伏なりき。これにより逃亡政権は、反乱軍の解体は確実と予測せり。また彼女達は悪質なる情報操作を用いて、従来は中核領域の状況に無関心なりし外縁領域の非酸素・炭素系種族の動員にも成功せり。ゆえに逃亡政権は反乱軍の掃討を主として外縁種族に委ね、自らは来たるべき新帝国の遠征艦隊に対する迎撃準備を開始せり。然し彼女達もまた、ゴモリー及びマルコシアスの資質と友好関係、そして他種族による支援の効果を過小評価せり」
「ゴモリーは開発省の副長官に着任したる際、その全力を以て先住種族の文明発展を支援する旨を誓約せり。情誼に厚き彼女にとりてはそれ故に、かかる危機的状況なればこそ、最も勤勉にして愛すべき先住種族マルコシアスを見捨てるべき理由は、些かも見当たらざりき。一方マルコシアスも、ゴモリーと共に業務を遂行する過程において、権威主義的な他の〝支配種族〟にはなき彼女の自律性や責任感を貴きものと認め、〝英雄種族〟の再来の如く敬愛するに至れり。故に彼女もまた、この外来者と共に故郷の銀河を守るべく、抵抗運動を継続することを決定せり。両種族は、力を合わせてこの悲劇的な事態に立ち向かい、新帝国種族との協力のもとにアンドロメダ銀河を中枢種族の圧制から解放して、両銀河の種族が共に繁栄する輝かしき未来を建設することを、改めて誓約せり」
「然し当初の状況は、優秀な軍事種族のゴモリーにとりてさえ困難なものなりき。ラジエルは最後の命令の直前、逃亡政権による騙し討ちをも想定し、自らの先進技術と逃亡政権の内情に関する情報を可能な限り自らの分離体に与え、彼女の艦隊に同行せしめたり。ゴモリーはラジエル艦隊の全滅後にこの事実を知り、かかる可能性を予測し得ず、指導種族を救い得ざりし悲しみに沈みたり。彼女は新帝国の増援到着までの避難先選定にさえ難渋し、抵抗運動組織をなるべく多数の種族混成集団に分割のうえ、中核・中間領域あるいは直近の銀河外領域に、分散して潜伏することを検討せり。然しこの方式は、発見・捕捉までの時間稼ぎを主目的とし、組織的な反撃能力を犠牲とする、生残性の不十分なものなりき」
「最終的に彼女達を救いしものは、各種族の相互協力なり。マルコシアスは、かつて有力種族のもとで中間領域の探査を行いし経験から、この領域での戦力回復を提案せり。彼女は同領域の詳細な地理情報を保有せるばかりか、当時からの友好関係を基礎として、同地に居住せる多数の発展途上種族から、物資・情報さらには作戦拠点や兵員の支援までをも獲得せり。また、アスタロトの分離体を中心とする新帝国先遣艦隊は、その先進的な分析・工作機器を活用して旧帝国の超空間航行技術に改良を施し、機動性及び非探知性を向上せる小型・着脱型の駆動機関を量産せり。これらの機関はゴモリー以外の抵抗運動種族の艦艇にも、短距離ながら高速度の超空間航行能力を付与せり。ゴモリーはこれらの支援によりて、襲い来る外縁種族と逃亡政権艦隊の撃退に十分なる戦力を確保せり」
「彼女達はまた新帝国に自らの窮状を通報し、遠征艦隊の増強及び早期派遣を要請せり。然し、戦況の悪化によりて新帝国艦隊への危険は増大したるが故に、その編成と派遣時期につきては議論の発生が予想せられたり」
「先遣艦隊内部の見解は、抵抗運動種族のものと一致せり。アモンは本国への報告において、無用の犠牲を避けるべく交渉の機会は残しつつも、必要なる作戦は迅速に遂行し、かつての自身と同様に朋友同士が相争う悲劇を、一刻も早く終結せしむべき旨を訴えたり。またゴモリーは、自らが戦犯訴追を受けるとも、マルコシアス等罪なき先住種族への救援が遅れざるよう請願せり。アドラメレクの分離体は戦後の外交政策にも配慮し、かつての外周星域における業務経験を参考に〝妖精計画〟と称する広報映像の作成企画を立案せり。これは、さながら神界と魔界の如く和解不能と思われたる両陣営の区分を相対化して、抵抗運動種族への感情移入を促進し、親近感を醸成する内容なりき。この映像においてマルコシアスは、彼女達先住種族もまた、ゴモリーの如く誠意ある銀河系種族に対しては遺恨を有さず、戦争終結後には実りある友好関係の樹立を希望する旨を表明せり」




